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2012-02-01up
時々お散歩日記(鈴木耕)
80原発は「在るべきか、在らざるべきか」
ご存知シェークスピアの悲劇『ハムレット』の名セリフ「to be, or not to be, that is the question」は、人間の懊悩・苦悩を表現する一節として有名だ。けれど、それを和訳するのに、先人は知恵と思想を総動員しなければならなかった。
現在では「生きるべきか、死すべきか、それが問題だ」という訳でほぼ定着しているが、かつて坪内逍遥は「世にある、世にあらぬ、それが疑問じゃ」と訳したという。僕は、なんとなく坪内訳に惹かれる。原発について考えていたからだろう。
「在るべきか、在らざるべきか、それが問題なのだ」
まさしく、原発そのものではないか。むろん、僕は「在らざるべき」と考える側だ。
このところまた、かなり大きな地震が続いている。山梨県富士五湖周辺では、1月28日29日と連続して震度5弱~4の強い揺れが観測された。東京も揺れた。28日午前7時過ぎの揺れでは、僕も驚いてベッドの上に起き上がったほどだ。
さまざまな研究がなされている。3・11大地震の後、巨大なプレートのひずみが各地で観測され、大地震の可能性は飛躍的に高まっているという。すでに大きな話題になったので知れ渡ったが、東京大学地震研究所の1月23日の発表によれば、首都直下型大地震が4年以内に起きる可能性は実に70%に達しているという。発表直後には、「1月25日に東京を大地震が襲う」という噂がツイッターなどで流れ、一部ではパニック的な騒ぎも起きた(注・この件に関しては、毎日新聞1月30日のコラム「風知草」で山田孝男記者が、報道とはかなり異なる内情を書いているので、それも参考にしてほしい)。
また、地震については河北新報(宮城県を中心にした地方紙)が、1月31日に以下のような配信をしている。
東日本大震災の地震により、東北地方に沈み込んでいる太平洋プレート(岩板)の内部で力のかかり方が変化したことを、海洋研究開発機構などのチームが観測で発見し31日、米科学誌に発表した。東北沖の太平洋遠方で起きる地震は、マグニチュード(M)7級と考えられていたが、余震として起きる地震がM8級になる可能性も出てきたという。
遠方の地震が実際に起こる確率は不明だが、チームの尾鼻浩一郎主任研究員は「1933年の昭和三陸地震(M8.1)と似たタイプ。断言はできないが、発生しやすくなっているとも考えられる(略)
さまざまな研究が地震の可能性を指摘している。それによって、人々の地震に対する恐れは、また高まっている。その恐れの背後に「原発事故」があることは間違いない。「もしもう一度大地震が来て、福島原発と同様の事故が、他の原発で起きてしまったら…」。そのことが人々の脳裏から消えないのだ。日本は終わる…。
それでもなお、原発再稼動を主張する人たちがいる。
福島事故の徹底的検証が終わり、事故の原因が確定され、その原因が完全に除去できることが確認された後なら、まだ再稼動論も分からぬではない。だが事故原因の検証どころか、事故そのものの収束さえ見通しが立っていないではないか。そんな時期に原発再稼動を言う人たちの肝っ玉の太さ(?)に、僕はほとほと感心してしまう。
野田佳彦首相は1月28日、スイスのダボスで開かれていた「世界経済フォーラム年次総会(いわゆるダボス会議)」にテレビ会議で参加し、自身のメッセージを送った。
おおよその内容は、「日本は大震災から立ち直りつつある。福島原発事故も冷温停止状態を維持しており、収束した。日本への海外からの投資は全くリスクがない状態にまで復興した。ぜひ、投資をお願いしたい。日本はエネルギー分野での新たな技術革新で世界をリードしていく決意であり、原発事故の教訓を国際社会と共有していく」というものだった。
ここでも原子炉の“冷温停止状態”を強調し、原発事故は収束した、と強調している。だが、それは事実か。
野田首相は読んではいないだろうが、こんな記事があった(毎日新聞1月28日夕刊)。もし読んでいたなら、首相、恥ずかしくて泥の中に潜り込んだかもしれない。いや、“恥”をもう忘れたか…
フランス放射線防護・原子力安全研究所(IRSN)のジャック・ルプサール所長は27日、パリの同研究所で一部の日本メディアとのインタビューに応じ、東京電力福島第1原発事故後の野田佳彦首相による「冷温停止状態」宣言(昨年12月16日)について、「政治的ジェスチャーであり、技術的に正しい表現ではない」と語った。
ルプサール所長は、「(野田首相は)日本人を安心させるため、重要な進捗があったと伝えたかったのだろう」と述べたうえ、「正しい表現ではない。専門家はわかっている」とした。「冷温停止状態」とは言えない理由について、原子炉が破壊されたままで通常の冷温装置も利用できていないことをあげ、「問題は残ったままだ」とした。(略)
同研究所は、フランス政府が設立した公的機関。したがって、同所長の発言はフランス政府の公式見解にかなり近いと思われる。原発最先進国のフランスの公的機関がこのような見方をしているのだが、実は日本の“原子力ムラ”の学者たちの中にさえ、この野田首相の発言を肯定している者はほとんどいないと言われる。同所長の言うように野田発言が「日本人を安心させるため」の「政治的ジェスチャー」であることは、少しでも原子力を学んだ者には分かりきったことなのだ。
きつい言葉でいえば、野田首相はウソをついたのである。ただしそのウソは「日本人を安心させる」ことによって「原発の再稼動を狙ったため」だと、僕には思える。
もし野田首相がウソをついたのではなく、事故収束を本気で信じているとするのなら、彼は“無知”だとしか言いようがない。無知な首相は国民にとっての大災厄だ。
だが原発再稼動を目論むのは、野田首相だけではない。内閣ナンバー2の岡田副総理もまた、こんなことを言っている(東京新聞1月26日)。
野田改造内閣で副総理(社会保障・税一体改革担当相)に就任した岡田克也氏が二十五日、本紙などのインタビューに応じた。
——「脱原発」についての考えは。
「野田佳彦首相とまったく同じだ。原発の安全が非常に大事なことは、東京電力福島第一原発の状況を見て、誰もが分かる。一方で、エネルギーが不足したら国民生活も困るということも誰もが分かる。二つのバランスをどう取るかであり、二者択一の問題ではない」(略)
——原発輸出にはどう対応するのか。
「輸出するかどうかは民間企業が決める。原発を造りたい国が日本の技術を見込んで『輸出してくれ』という時、政府に『駄目だ』という根拠はない」(略)
どうしようもない。総理も総理なら、副総理も副総理である。原発再稼動論者が必ず持ち出してくる論理を、岡田氏も見事なほど踏襲している。エネルギー不足、ベスト・バランス、二者択一の否定、の3点セット。しかし、原発停止=エネルギー不足、という論拠はすでに崩壊しているではないか。
政府内でも、枝野幸男経産相ははっきりと「今夏は原発ゼロでも乗り切れる。その想定での対応策を近く公表する」と語っている(1月27日、朝日新聞インタビューほか)。
岡田副総理と枝野経産相、どちらがどれだけのデータを持っているのか分からないが、言うことがほとんど正反対ではないか。けれど、極端な寒さに襲われているこの冬の日本で、電力不足も計画停電もなんとか起こさずに済んでいるという状況を見れば、枝野経産相の見通しのほうが正しいようだ。つまり、岡田副総理の論拠は、枝野経産相によってすでに否定されている。
岡田氏は「二者択一の問題ではない」とも言う。しかし、「原発問題は止めるか動かすかの二者択一でしかない」と僕は思う。「二者択一の問題ではない」とは、再稼動を狙う言い逃れだ。曖昧な表現で、結局は原発を動かす方向へ誘導する。「二者択一でない」とすれば、どんなやり方が考えられるというのか。ハムレットではないけれど「在るべきか、在らざるべきか」のどちらかしか、答えはない。
動かした結果が福島事故なのだから、まずその事故原因の徹底検証が何よりも優先されなければならない。事故原因が確認され、その防御方法が完璧に確定されて初めて「二者択一論」が有効になる。それができぬうちに「再稼動」を主張するのは、どう考えても間違っている。
「原発輸出」については、反論する気にもなれない。こんな粗雑な論理で輸出肯定を主張するのが政治家なら、もはや政治家など要らない。これほど世界に影響を与えた事故を引き起こした原発の輸出を「民間企業が決める」とは何事か。もし、輸出先で重大事故が起きたとき、日本政府は「あれは民間企業の問題なので、政府は関知しない」と開き直るとでも言うつもりなのか。
この総理と副総理のいる政府に、少なくとも「原子力政策」だけは、絶対に任せておけないと、僕は強く思う。
1月31日の毎日新聞が一面で大きく報じた記事。これもまた、原発運転への否定的事象だ。
六ヶ所村 核燃再処理工場 試験再開めど立たず
溶融炉不具合 作業を中断
青森県六ヶ所村の使用済み核燃料再処理工場で、高レベル放射性廃液とガラスを混ぜて溶かす溶融炉に不具合が生じ、稼働試験の準備作業が中断していることが30日分かった。(略)試験は相次ぐトラブルで08年12月に中断。種々の対策を講じ、今月24日に試験再開に向けた炉の確認作業に着手したばかりだった。原因不明で復旧のめどは立っていない。国の核燃料サイクル政策見直しの動きに影響しかねない事態となっている。
核廃棄物をガラスに固めて封じ込めるという、いわゆる「ガラス固化体」が、使用済み核廃棄物処理の中心技術なのだが、それができない。つまり、各原発から出てきて増え続ける核廃棄物をどうすることもできない、ということ。現在は原発敷地内に貯蔵されているが、それもほぼ限界。災害地の瓦礫どころか、超危険な毒物を持っていく場所もない。
誰ひとり正解を見い出せない問題を棚上げにして、それでもとにかく再稼働か。
繰り返すが、野田総理と岡田副総理に、この国の原子力政策を任せておくわけにはいかない。
*
鈴木耕さんプロフィール
すずき こう1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)など。マガジン9では「お散歩日記」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。
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