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2011-08-31up
時々お散歩日記(鈴木耕)
59「個人」だけではなく、
人間という「種」を傷つける原発
僕は秋田の生まれ。秋田と言えば酒どころ、美味しい日本酒の宝庫(と多少お国自慢をする)。で、僕も日本酒が好き。友人たちと居酒屋などへ繰り出しても、やはり僕は“とりあえずビール”のあとは日本酒。
そこで、友人たちとひと悶着がある。
「原発のある県の日本酒は飲まない!」と、のっけに僕が宣言してしまうからだ。「は? なんだ?」と友人たち。
むろん、バカげた言い草だし、造り酒屋さんには何の罪もない。それどころか、たとえば新潟県巻町(現新潟市西蒲区)での巻原発建設阻止の原動力になったのは、巻町で造り酒屋を経営する笹口孝明さん(その後巻町町長)たちだったことも知っている(その経緯は『「原発」国民投票』(今井一、集英社新書)に詳しい)。
だから、「原発県産日本酒拒否」がまるでお門違いの八つ当たりなのは、僕自身が十分に承知している。でも、敢えて僕は宣言しちゃう。僕の原発に対する象徴的な意思表示を、ジョークの形で表明しているということなのだ。それを言うことによって、誰にでも「えっ、なにそれ?」と立ち止まってほしいからだ。
「だからさ、原発って危険でしょ?」
「んなバカな。原発と酒は関係ないじゃん」
むろん、時と場所くらいは僕も心得ているから、ヤバイところでは宣言などしないけれど、時折、場にふーっと冷気が漂うこともある。ま、そのときは知らん顔してそっぽを向く、というのがこれまでだった。仲間たちの呆れ顔が目に浮かぶ。
だが最近は、それを言うのはためらわれる。震災地を思うと、ちょっと口にはできない。特に福島の酒は美味しかったし、新潟(柏崎刈羽原発がある)と言えば、秋田と並ぶ(と、ここでも微妙なお国自慢)日本酒の産地だ。こんな時期に、さすがの僕も「原発県産日本酒拒否」は言い出しにくい。ジョークではすまなくなってしまった。
でも、最近は日本酒にかこつけなくても、居酒屋での話題は「原発と放射能」が主流だ。僕が「この日本酒は新潟県産だな。新潟には原発が7基もあって…」などと知ったかぶりの講釈を述べなくても、誰かが必ず「この海草サラダの放射能は大丈夫かね」とか「このところの放射線量はちょっと高めだな。雨が続いたせいかな」などと言い出す。そしてそこから、話は原発へと移るのだ。
もはや、我々日本人の頭の中から「原発と放射能」が“除染”されることはないだろう。少なくとも、しばらくは…。
ところが、そんなことほとんど頭に浮かんでこない種族がいるらしい。政治家という“異人たち”だ。
民主党の党首選。テレビも新聞も、大騒ぎしていたけれど、僕はまるで興味が湧かない。どの顔見たって一緒じゃないか。
彼らは、「親小沢・反小沢」という今回の震災や原発事故には何の関係もない事柄で“脳内汚染”されている。党員資格停止中にもかかわらず、小沢一郎氏の力は絶大だ。だから候補者たちはみんな、小沢氏の顔色をうかがわなければならない。だがその肝心の小沢氏は、原発についてはほとんど明確な発言をしていない。
8月29日午後、ようやく「次期総理大臣」が決まった。野田佳彦氏。「あ、そう…」。昭和天皇の真似をするわけじゃないけれど、僕の感想はそれだけだ。ほかに言葉が見つからない。だから、ここは東京新聞のコラム「筆洗」(8月30日)に代弁してもらおう。僕の感想とほとんど同じだから。
(略)▼なんとも奇っ怪な代表選だった。国民が最も関心を持っている原発問題やエネルギー政策の議論は深まらず、陰の主役である小沢氏との距離感ばかりが測られる(略)▼震災復興と原発事故対策の真っただ中、ここまで内向きの抗争に没頭できる民主党の議員心理を不思議に思う▼かつて民主党が自民党を批判していた「たらい回し」の結果、首相になるのは財務省の「組織内候補」ともやゆされる野田さんだ。野田さんは持論の増税路線を突っ走り、停止中の原発の再稼動もあっさり容認するのだろうか(略)
早くも経団連の米倉会長は「期待できる方が総理大臣になられる。喜ばしい」と、手放しの褒めようだ。財務省だけでなく財界からも期待される首相。それが、あの「政権交代」で生まれた民主党の首相なのだ。
なんだか、ますます我々からは遠ざかっていく。
もうひとつだけ、記事を引いておく。朝日新聞のオピニオン(8月30日)で、竹森俊平慶応大学教授が次のように述べている。
今回の代表候補はみな、長期的には原子力に依存しない、だが短期的には動かしていいと言っている。本当に安全ならどれだけ長期間動かしても安全だし、安全でないなら短期間だろうと安全ではない。最終的には地元の首長が判断するのだが、その判断基準を与えていない。
原発事故は、発生確率は少ないが、起きたときに非常に大きな影響が出るできごとだ。民主党は再稼動にあたり、ストレステストをやるという。当然だ。ただ、テストをするメンバーが福島の原発事故を防げなかった従来の関係者なら信用されず、総入れ替えすべきだ。(略)いくつかダメを出す必要もあるだろう。全部パスなら信頼されない。
ごく当たり前の理屈だ。危ないものは短期だろうが長期だろうが危ないのだ。それを「しばらくは様子を見ながら」などと言うのはゴマカシ以外の何ものでもない。そういう常識が通らない。
そして、これはとても重要なことだと思うのだが、テストをいったい誰に任せるのか?
原発推進の総元締めの経産省傘下にあって、電力会社の言いなりに原発の安全性をチェック(!)してきた原子力安全・保安院は、ようやく環境省へ移管されることになった。しかし、その職員たちはどこから来るのか。保安院からそのまま異動する者もいるらしいし、これまでのように原発メーカーから人員をかき集める動きもあるという。では何が変わるのか? これまで電力会社のデータを鵜呑みにして検査にOKを出し続けてきた連中が、急に厳しい検査官に変身できるのか?
竹森教授の言うように、メンバーを総入れ替えしなければならない。それがほんとうに行われるかどうかを、僕らは注視すべきだ。その情報を、きちんと伝えてくれるのがマスメディアの務めなのだが、やってくれるだろうか。
3.11以降これまで、僕は、あまりに現象面だけを追い続けてきたような気がする。新聞紙面やテレビニュース、取材やインタビュー、講演会やシンポジウム、震災地にも出かけた…。それらの情報が、僕の頭の中を雑駁に泳ぎまわる。現象はそれなりに理解しているつもりだが、それだけではやはり何かが足りない。
もう少し、「原発思想」とでもいうべき思考を深めていく必要を感じるのだ。だから最近は、かなりの時間を「読書」に費やしている。「原発とはどういう存在なのか=原発の存在論」を、自分の中できちんと整理しなければ、たとえば、僕のツイッターに絡んでくる人たちとの、ほとんど得るもののない不毛なやりとりのようになってしまう。
そういえば、このところ、一時止んでいた僕のツイートへの批判(とも言えないような罵倒)が、最近また増えつつある。原発事故のあまりの巨大さ、その影響の大きさにしばらく鳴りを潜めていた“それでも原発必要派”が、息を吹き返し始めたということだろうか。
人の命よりも、電力大量使用による物理的安楽生活を望む人たち(?)が、まだこれほど棲息していることに、僕は驚く。しかしよく考えてみれば、代表選で大騒ぎしている政治家や、それらをコントロールしようと手ぐすね引いて待っている財界人や官僚たちが生き残っているのだから、"やっぱり原発派"が浮上してくるのは当然かもしれない。
しかし、これだけは書いておかなければならない。
原発が放出した放射性物質は、それを浴びた「個人」を痛めつけるだけではない。この列島に暮らす我々日本人、いや、人間という「種」そのものの未来を傷つけているのだ。
これは、どんな種類の災厄とも違う。どれほど巨大な災害であろうとも、それが一過性のものであるのなら、人間は立ち直れる。だが、子どもや孫、子孫という遠い未来の人間という「種」にまで影響を及ぼすのであれば、今現在の我々がそれを阻止するのは、人間としての最低限の「義務」ではないか。
「原発がなくなれば産業が衰退し、日本の国力が萎んでしまう」などと、今の生活しか考えることのできない連中を、なんと淋しい思想(とも呼べない浅薄な考え)しか持ち得ないのかと、僕は気の毒に思うのだ。
鈴木耕さんプロフィール
すずき こう1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)など。マガジン9では「お散歩日記」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。
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