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2011-05-11up
時々お散歩日記(鈴木耕)
45「浜岡原発停止の2~3年間」は、
次のステップへの猶予期間である
皐月晴れの5月が来た。緑が匂い、蝶が舞い、燕が飛び交う新緑の季節。「山笑う」という俳句の季語が似合う5月。だが今年の山の笑いは、あまり楽しげではない。
自然の摂理を無視して「制御不能の文明」をつくり、その力を誇示して、ついには凄まじい毒物を撒き散らしている人間への、「皮肉に満ちた嗤い」のように思えてしかたない。
所用で出かけた山梨県の道沿いで見かけた優しげな山の笑いでさえ、去年の微笑みとは違って見えた…。
山は美しい輝きなのだけれど
時折、散歩には出てみるが、心から楽しめない。
公園へ出かけた。大きな公園だ。日曜日、快晴。もう初夏の装い。噴水の池では子どもたちが裸になってはしゃいでいる。だが、その歓声を聞いていると、この子たちが大人になる日に、果たしてこの国が同じように動き続けているのだろうか…、と不安になる。
子どもたちたちの歓声が響く公園で
原発は、そのころどうなっているのか。
福島原発事故について、「ようやく1号機の内部に作業員が入れることになったのは、事故収束への確実な第一歩だ」などと言うテレビのコメンテーターがいる。ノー天気だなあ、と思う。
「収束へ確実に歩んで」なんかいないのだ。新聞を開いてみるがいい。たとえば、朝日新聞(5月9日)の第2面。ひどく落ち込む記事の羅列。見出しだけ拾っても、こうだ。
微量放射性物質を放出 1号機 建屋の扉開け作業
「環境影響少ない」東電
海からストロンチウム 原発敷地の土でも検出
本格調査これから
福島の18施設でも下水汚泥セシウム
校庭の土 処分先どこへ 高い線量 福島70校・園で除去
50センチ下へ 線量10分の1に
政府、東電敷地へ搬入検討
これが2面すべての見出しだ。
まず、1号機の内部の放射線量が下がったということで、2重の扉を開けて作業するという。だが、開ければ当然、放射性物質は漏れる。それの「影響は少ない」と東電は言う。またいつもの決まり文句。ほんとうなのか、信じていいのか?
「影響は少ない」は、もう耳にタコができている。そして、その多くがウソだったことも、もう我々は十分に知っている。「ずっとウソだったんだぜぇ…」。
特に、子どもたちの許容放射線量を20ミリシーベルトに定めた文科省の通達については、それが正しいと信じる者はほとんどいない。かつて原発推進派として有名だった小佐古敏荘東大大学院教授の涙の辞任劇は、20ミリシーベルトという情報への不安を大きく増大させた。推進派学者でさえ、政府の情報や決定に疑義を呈しているのだ。
それを受けて、幼い子どもを持つ母親たちの怒りと苦しみは、いまや頂点に達しつつある。反原発デモに、若いお母さんの姿が増えている。情報を信じられないとき、不安は増大する。
海も土も、汚泥さえも汚染されている。そこへ更に放射性物質が放出された。どこが「収束に向けた確実な第一歩」なものか。
5月6日の東京電力の発表によると、3号機の温度が急上昇しているという。原因は確定できていない。ここでも危険が増している。
さらに、心配なことがある。
「4号機の燃料プールの使用済み核燃料にほとんど損傷はなかった」と同じ会見で、東電が発表した。しかし、原子炉が定期点検で停止中だったにもかかわらず、4号機でも大きな水素爆発が起きているのだ。では、その水素はどこから発生したのか?
「使用済み燃料を冷却していたプールが地震によって崩れ、水が失われて空焚き状態になり、燃料棒が高温になって燃料棒を覆う被覆管が破損したため、その反応で水素が発生し水素爆発に至った」というのが、これまでの東電の説明だった。
だが、燃料棒が健全だということになれば、そこから水素は発生しない。水素発生のメカニズムそのものに疑問が湧く。
それについて、東電は「なぜ水素爆発が起きたかは、はっきりとは分かっていない」という。
これはかなり危険なことだ。どこから発生したか分からない水素によって、巨大な爆発が起きた。では、それをどうやれば防げるのか? 防ぐ手だてなどないだろう。原因が分からないものを、どうやって防げるというのか?
原発の根源的な危険が、ここにも隠されている。
これらの福島の状況から何を学べばいいのか。
毎日新聞(5月9日付)は、大きな特集を組んで、地震への警戒を呼びかけている。見出しはこうだ。
頻発する大地震
「地球全体が警戒期」
「東海 東南海 南海」3連動
足音高まる「首都直下」
記事の一部を抜粋する。
(略)もし今、3地震が個別に、あるいは同時に襲来したら何が起こるのか。
「南海地震がM9.0規模だと、大阪湾を5.5㍍の津波が襲い、ほぼ大阪府全域が水没します」(略)と河田恵昭・関西大学教授(巨大災害)。東南海地震では「三重県から愛知県にかけて多数ある中部電力の火力発電所が、打撃を受けそうです」。そして、言うまでもなく東海地震の震源域の真上には、菅直人首相が全面停止を求めた浜岡原子力発電所(静岡県御前崎市)が建つ。原発前の海岸には高さ10~15㍍の砂丘があるが「前進を阻まれた津波は、後ろから来る波に押され高さが1.5倍にもなる。とても安全な状況とは言えません」。(略)
河田教授は「阪神大震災から、日本列島は地震の活動期に入った」と指摘する。「この状態は半世紀ほど続くでしょう」(略)
東日本大震災のようなM9クラスの超巨大地震ともなると、遠く離れた岩盤にもひずみが生じ、それを解消するために地震を招きやすくなるとも言う。(略)
このことは、地球全体の状況とも一致するようだ。都司嘉宣・東大地震研究所所属准教授(津波・古地震学)が言う。「20世紀にM9.0以上の地震は史上最大のチリ地震(M9.5)など4回あったが、いずれも52~64年の13年間に集中している。その後、40年間はなかったのに、今世紀に入って04年にインド大津波を起したスマトラ沖大地震があり、今回の東日本大震災。これは偶然とは思えない。地球全体で警戒すべき時期に入ったと言えるのではないでしょうか」(略)
別に脅かすつもりはない。だが、同様のことは、石橋克彦・神戸大名誉教授などがずいぶん前から指摘してきたことだ。
今回の原発事故については、ほとんどの専門家と称する人たちが「想定外の巨大津波」をその原因に挙げている。
要するに「原発は初期の設定どおり、地震の揺れには耐えて原子炉を停止させたが、その後の大津波によって外部電源がすべて破損し、大事故に至った」というのだ。だから「津波対策さえ完全にできれば、原発自体の安全性に問題はない」と、原発推進論へ結びつける。
だが果たしてそうか?
田中三彦さん(元原発設計者、サイエンスライター)は、雑誌『世界』5月号の論文「福島第一原発事故はけっして"想定外"ではない」で、次のように述べている。
(略)結論から記せば、地震発生直後、1号機では地震時の揺れ(地震動)によってなにがしかの配管に中規模の破損または大規模の破損が生じ、そのため原発事故ではもっとも恐れられている――しかし技術的見地からは起こると考えられていない、それゆえ「仮想事故」というラベル付けがなされている――「冷却材喪失事故」が起きたのではないかと、私は思っている。それは私がいま手にできる限られたデータからの推測ではあるが、それらのデータは1号機で冷却材喪失事故が起きたことを強く示唆している。(略)私が思っていることは、配管が地震時に激しく揺れて破損し、その破損箇所から高温高圧の冷却材(水または水蒸気)が猛烈に噴出したのではないかということ。電源喪失という事態がこの冷却材喪失事故と関係し始めるのは、あくまで"噴出後"である。(略)
もしそういうことであるならば、福島原発大事故は大津波という「想定外」の自然現象によってもたらされた例外的事故、とすることはできなくなり、問題が日本中の他の原発の耐震安全性の問題へと波及する。(略)
一部の抜粋なので分かりにくいかもしれないが、要するに、津波以前に地震の揺れによって、本来、原子炉内部になければならない冷却材(水)が一気に外部へ噴出したのではないか、ということだ。
こう推測するに至るデータや理論については、この論文を参照してほしいが、もし、田中さんの解析が正しいとすれば、日本のあらゆる原発の耐震安全性に疑問が生じることになる。けっして「想定外の大津波」が原発事故の原因とは確定できなくなる。むしろ、地震の揺れそのものに起因すると考えなければならない。だからこそ、前出の毎日新聞の記事が現実性を帯びてくる。
それにようやく気づいたのか、菅直人首相は5月6日、定期点検中の3号機や稼働中の4、5号機を含め、浜岡原発のすべての原子炉を停止するよう、中部電力に要請した。
僕は、このコラムや他の場所でも「とりあえず、浜岡原発の停止を」と訴えてきた。だから、この菅首相の「決断」を「とりあえず」支持する。これは、菅首相の「最大の功績」になる、と思う。
しかし案の定、菅首相の「要請」に対し、さまざまな批判が噴き出した。こんな具合だ。
自民党石破茂政調会長「マグニチュード8程度の地震が30年以内にあるというだけでは不十分」
公明党山口那津男代表「首相の独断的な手法が今回も出た」
米倉弘昌経団連会長(住友化学会長)「政治判断の経緯がブラックボックスの中で、何も分からない。東海地震の確率論では分かりかねる。政治的パフォーマンス」。
だが、「M8の大地震が30年以内に襲う可能性が87%という震源域の原発を止める」ことが、なぜ理由として不十分なのか? これ以上の理由など考えられまい。それとも、「来てみなければ分からないじゃないか。原発が爆発してから考えればいい」とでも言うつもりか。批判に奔るあまり、常軌を逸したとしか思えない。
また、いつもは「菅首相は決断できない」と批判していた同じ人が「独断だ」となじる。モノは言いようか。
米倉会長に至っては、政治判断の過程をいつでもオープンにしておけ、というとても素晴らしい民主的情報公開の意見をお持ちらしい。だが、オープンにした地震予測情報は信用しない、とも言う。自身が会長を務める会社のエネルギー事業などで儲けるためにも、原発は必要ということなのかもしれない。
むろん、こんな人ばかりではない。
以前から脱原発を主張していた孫正義ソフトバンク社長は「大変危険な状況から国民を守るというのは、非常に適切な判断だ」
スズキの鈴木修会長も「福島原発の状況をみれば停止はやむを得ない。浜岡原発が同じような状況になったら日本経済がマヒする」
ヤマハ発動機の柳弘之社長「今回の対応は理解できる。生産活動は電力をやりくりしながら何としてもやり通さなければ」
(以上のコメントは、朝日新聞、毎日新聞から抜粋)
スズキとヤマハは、中部地方に生産拠点を持っているから当然の反応とも言えようが、これからの日本のエネルギー政策の転換を視野に入れ、原発依存からの脱却を真剣に考え始めた、ということではないだろうか。
だが、浜岡原発の停止は一時的なものであって、中部電力の水野明久社長は9日の記者会見で「国とは5項目の確認を交わした」と明らかにし、特に「防潮堤の建設など中長期の地震・津波対策が完了した時の浜岡原発の再開」という約束を取り付けたという。
さすがに会見で「株主様」を連発する水野社長、原発推進の御旗を下ろすつもりは全くない。
しかも残念なことに、菅首相は「他の原発については停止要請する考えはない」と、「要請」の翌日には述べてしまった。このあたりが、菅首相の菅首相たる所以だろう。
菅首相は、実は原発に関してはかなり批判的だと聞いている。だとすれば、記者の問いかけには「他の原発に関しては、しっかりと精査した上で考えたい」とでも答えておけばよかったのだ。この人、自分で自分の手足を縛るようなことを、ついポロリと言ってしまう。
それでも、僕は今回の菅首相の「浜岡停止要請」を支持する。僕はツイッターに「もう菅首相に期待することはほとんどない。でも、浜岡を止めるように中電に要請してほしい。首相が言えば、原発は止まるのだ。それだけが望みだ」と書いた。それがやっと実現した。
言葉と数字の「洗脳」
水野社長は「防潮堤の設置などに2~3年はかかる。それが終わったら再開したい」と述べている。以前には防潮「壁」だったはずのものが、いつの間にか「堤」に成り上がっている。言葉の不思議だ。
中電はこれまで、浜岡の安全性として「10~15メートルの砂丘が津波を防ぐ」と強調してきた。ヘンな話だ。10メートルを超える津波が来たら、部分的に15メートルの砂丘があっても役立つはずがない。10メートルの部分から波は乗り越える。あたかも、15メートルまで防げるように「10~15メートル」を強調する。波はデコボコか? これも言葉の詐術だ。
さらに、中電がしきりに言い立て、マスメディアが一斉に右ならえで報じた「電力不足」にも大きな疑問がある。
中電の説明によれば、当初計画の供給力は2999万kW。うち原発分362万kWを引けば、実際の供給力は2637万kW。7月の需要ピーク時には2560万kWが必要だから、余裕はわずかに77万kWしかなく、これではとても安定供給は望めない。したがって、東電管内への融通送電をやめるから、東電管内(つまり首都圏)では、深刻な電力不足になりかねない、というのだ。
しかし、少し調べてみるとどうもおかしい。
以下が中部電力のHPに書かれている事実である。
2009年度の統計では、次のようになっている。中電の供給能力は、
火 力= 約2390万kW
水 力= 約 522万kW
原子力= 約 350万kW
風 力= 約 0.6万kW
合 計= 約3263万kW
原子力を引いても供給力は約2913万kWであり、中電の発表している2637万kWとは、実に276万kWもの誤差があるのだ。どういうことなのか、僕には分からない。もしこの数字(確認しておくが、これは中電自体が公表している数字だ)が正しければ、今回の中電の「電力不足」はかなり怪しいことになる。
これは2009年の資料だ。たった1年の間に、供給量が280万kW程も減ってしまったというのか。どう解釈すればいいのだろう。ここにも、数字の魔術がひそんではいないか?
情報を操り、言葉を曲げ、数字を操って洗脳する。我々はいつの間にか、"10倍"の放射線量くらいでは驚かなくなってしまった。100万倍だの1千万倍だのという数字を垂れ流されてきたせいだ。「10倍? ああ、それじゃ子どもにも大きな影響は出ないだろうな…」
それは実は、巧みな情報操作なのかもしれない。
2~3年後に、防潮「堤」が完成したとき、中電は浜岡原発再稼動を言い出すだろうか。そうさせてはならない。我々はそれを拒否すればいい。絶対にそんなもので危険は除去できないということを、そして電力確保のための別の道があることを、その2~3年の間にしっかりと学び、それを示していけばいい。
国連「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」は、「太陽光や風力などの、いわゆる再生可能エネルギーで、2050年には世界のエネルギー消費の77%程度は賄える」という特別報告書を発表した。当然、日本もこのパネルには参加していて、この報告書の内容に同意した。
日本の環境省さえ「日本における風力発電の可能電力は、原発40基分に相当する」という報告書を出しているではないか。
さらに、地熱発電、波動発電、燃料電池、バイオマス発電、小規模水力、最近脚光を浴びているシェールガス、メタンハイドレード、そして、コジェネレーションやスマートグリッドによる電力需給バランス調整などを総合的に取り入れることによって、これまでとは違ったシステムを構築することができる。
むろん、これらは一長一短だ。すべてをどれかひとつで賄うことはできない。しかし、組み合わせることによって、地域の特性に合った電力供給と消費が可能になるはずだ。
原発推進派の方々に問いかけたい。あなたたちは、少なくともこれらの新しいエネルギー・システムを、一度でも(最初から否定的な目ではなく)検討したことがあるのか、と。
前述のIPCC報告書への合意や環境省の提案などに見られるように、日本も自然エネルギーなどへの転換を認めているのだ。むろん、それには時間も資金も必要だろう。そのための2~3年を、菅首相がとりあえず作ってくれたのだ、と僕は考えたい。
原発事故による被害総額が、天文学的数字になることが分かった。それ以上に、放射能という魔物が、故郷を奪われて途方にくれる膨大な人々を生み出すことも知った。
とりあえず、浜岡原発の危険は減少した。それが再度動き出す前に、我々は歩き出す方向を決めるべきなのだ。
鈴木耕さんプロフィール
すずき こう1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)など。マガジン9では「お散歩日記」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。
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