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2011-01-26up
時々お散歩日記(鈴木耕)
32いくら言葉を言い換えても…
前回、政治家や官僚たち、さらにマスメディアの言葉の言い換えについて書いたが、なぜか同じようなことが続出する。
武器の「売却」を「移転」と言い換えた前回よりも、今回はもっと噴飯もの、ほとんど「ナニコレ珍百景」レベルのバカバカしさである。
前原誠司外相が、なんとも妙なことを言い出した。毎日新聞(1月22日付)によれば、こうだ。
前原誠司外相は21日の記者会見で、在日米軍駐留経費の日本側負担が「思いやり予算」と呼ばれていることに「ある程度必要な経費を日本が負担することは、両国の国益に資する戦略的な判断だ。『思いやり』という言葉はずれている」と述べた。今後は「接受国支援」を示す「ホスト・ネーション・サポート(HNS)」を使用する考えを示した。(略)
ナニコレ?
今年度の予算作成に当たって、政府は財源不足に深刻に悩んだ。結果、歳入よりも支出が2倍以上に達するという、空前の赤字予算を組まざるを得なかった。そのため、たとえばマニフェストにあった「子ども手当」なども当初の予定よりも減額して支給することにした。しかし、一定の割合を地方自治体に負担させることに対し、当の地方自治体からは強い批判が起きている。それでも赤字国債は膨張するばかりだ。
そんな中で、ビタ1円も減らさないばかりか、今後5年間は何があっても同額を支出することにした「聖域」ともいえる分野がある。それこそが前原氏が言い換えようとしている「思いやり予算」だ。
2011年3月に期限が切れる「思いやり予算」(正式には在日米軍駐留経費負担という)の特別協定を見直し、現行の期限3年を5年に改め、2015年までは、1900億円規模の日本側負担を続けることにした。またこの新協定では、沖縄の米軍基地被害軽減のためと称して、グアムなど米国領域へ米軍機訓練を移転することとしたが、その訓練移転費用も日本側が負担することになった。
実際には、移転したあとへ、他の基地から別の飛行機が飛来するため、ほとんど被害軽減には結びつかないのが現状だが。
この訓練移転費用は、実際のところ、幾らかかるのかは不明だ。米軍側が請求してくる金額を、ほぼそのまま日本側が払うことになる。米軍は、訓練内容は軍事機密だとして、詳しい経費内容を明らかにはしないと思われる。したがって、米側が示した費用を日本側は精査することなく支払うことになる。そのため、支払額が幾らになるのか、現状ではまるで分からない。つまり「思いやり予算」は、明らかにされた1900億円よりも、実はずっと多くなるということだ。
「思いやり予算」、実は「米軍の言いなり予算」
「日本の子どもへの手当」よりも「在日米軍への思いやり」のほうが大切、ということなのか。そこまでしてアメリカに尽くすことが、本当に「両国の国益に資する」ことになるのか。そして、この「両国」には「沖縄県民」は含まれていないのか。
当然のことながら、この「思いやり予算」の5年間同額継続の方針は、かなりの批判を浴びた。ところが前原外相は、「それは『思いやり予算』という言葉の響きが悪いからだ。英語にしてしまえば嫌な印象も消えるだろう」とでも考えたようだ。
中身を変えなくても言葉だけを変えれば、人々の受け取り方も変わるとでも思っているのだろうか。そうだとすれば、前原外相はあまりに人間をみくびっている。「思いやり予算」を「ホスト・ネーション・サポート」と言い換えれば、国民が納得すると本気で思うのか。
どうしても言い換えたいというのなら、「思いやり予算」ではなく「米軍の言いなり予算」とでもすればいい。そのほうが、ずっと正確に実態を表している。
かつて、「ホワイトカラー・エグゼンプション」という言葉があった。もう憶えている方も少ないだろう。2007年、たった4年まえのことだ。
財界のマドンナなどと呼ばれて、財界のお年寄りたちに可愛がられていた奥谷禮子氏(人材派遣会社ザ・アール社長)が強硬に推進した法案だ。これは、会社内で一定程度以上の地位にある管理職などの定時勤務時間制を廃止、自分の仕事は自分で裁量することができるようにするという、なんともありがたいような法案だった。しかしその代わり、残業料は一切払わない、というもの。
与えられた仕事きちんとやり遂げられるなら、何時に出社しても、何時に退社してもかまわない、という一見素敵な法案に感じられる。ところが、ここに落とし穴があった。つまり、1日10時間働かなければ成し遂げられない量の仕事を課せられた社員はどうなるか。2時間分の残業料を企業側は支払わなくてもいい、という仕掛けだったのだ。それを分かった上で、奥谷氏はこの法案を推進しようとした。
これはさすがに、労働側から「残業代ゼロ法案」だという強い反発があり、ついに成立することはなかった。横文字でごまかそうとしたのだが、それは「残業代ゼロ法案」という、実態の本質を突く言葉に駆逐されたわけだ。
中身をごまかそうという点では、「ホワイトカラー・エグゼンプション」も「ホスト・ネーション・サポート」も同じことだろう。
しかし、いくら「HNS」などと略称を作って呼びやすくしようとしたところで、こんな言葉が定着するはずはない。前原外相は、結局、恥をかいただけに終わるだろう。
恥ずかしい人である。
散歩途中でこんなことを考えていると、面白いものをつい見逃してしまう。散歩は散歩。もっと楽しいことを考えながら歩こう。
するとほら、なんと道端のアスファルトの割れ目から頭をのぞかせる「ど根性大根」を見つけたよ。どこで見つけたかは、採られてしまいかねないから、ヒ・ミ・ツ。
久しぶりに神代植物公園まで足を延ばした。ほぼ1時間の散歩コース。寒いせいか、休日なのに園内は閑散。でも、梅園ではもうかなりの梅の花が開いていたし、乙女椿の可憐な蕾も、ほら、薄桃色に膨らんでいる。
当然、深大寺ビールという地ビールと深大寺蕎麦を満喫して、帰りはバスに乗って、うつらうつら…。
鈴木耕さんプロフィール
すずき こう1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)など。マガジン9では「お散歩日記」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。
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