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2010-12-08up
時々お散歩日記(鈴木耕)
27痩せ我慢の限界
我が家の玄関の門扉には、小さな「シーサー」が鎮座しています。ご存知の方も多いと思いますが、これは沖縄の「魔除け」のお守りです。我が家のシーサーは、ずいぶん前、沖縄土産に私が買って来たものです。先週に引き続きの登場です。
散歩途中でいろんな玄関を眺めていると、門扉の上に、いろんなものを飾ってあるお宅がけっこうあるのに気づきます。もちろん、シーサーもありますし、天使や動物たち、ときにはバルタン星人やウルトラマンまでが、道行く人を楽しませてくれています。
そこで今回は、私の散歩途中の門扉上グッズのコレクションです。
シーサーは魔除けですし、天使も動物たちも、みんな平和の象徴のようなものです。どこのお宅でも、やはり家族の安息や世の中の平和を願ってこれらを飾っているのでしょう。
しかし、世の中の平和は、そう簡単ではないようです。日本政府は、「武器輸出三原則」の見直しに、どうやら踏み込もうとしているようです。「お散歩日記25」でも触れましたが、どうにも腹が立ちます。でも、怒っているのは私だけではないらしい。
東京新聞(12月5日付)の「本音のコラム・貧すれば鈍す」で、山口二郎・北海道大学教授が、次のように書いています。
(略)友人と話すと、たいてい民主党に裏切られたという話題になる。とくに、菅直人がこんな根性無しだとは思わなかったというのが多くの人に共通する感想である。いまの菅政権には、貧すれば鈍すると言う言葉がそのままあてはまる。
極め付きは、武器輸出三原則を事実上骨抜きにしようとする画策である。(略)武器で金儲けはしないというのが日本の国是であった。そのことが日本に対する他国の信頼を作ってきた。(略)
これは私たちが世界の中でどんな生き方をしたいかという決意に関わる問題である。完全に遵守できなくても、理念の旗を立て、それにこだわることが大切なのである。
菅政権は、不景気だというだけで、戦争で金もうけはしないという日本のアイデンティティーを簡単に捨て去るような卑しい政権なのか。金もうけのためにはなりふり構わない政治なのか、国の志を守るためにはやせ我慢をする政治なのか、菅首相は自分の立場を明確にすべきである。
山口教授は、民主党の熱心な支持者でブレーンでもあった人です。なによりも「政権交代」を優先し、多少の民主党の欠点には敢えて目をつぶって、それこそ「痩せ我慢」してきた人でした。その山口さんが、とうとう菅政権を見限ってしまったようです。堪忍袋の緒が切れた、というところでしょうか。
この山口さんのコラムに、私はほぼ同感です。
さて、では「武器輸出3原則」とは、どのようなものでしょうか。これは、1967年に当時の佐藤栄作首相が掲げたもので、(1)共産圏 (2)国連決議で武器輸出を禁じている国 (3)国際紛争当事国またはそのおそれのある国 には武器輸出をしないとした原則です。さらに、76年には当時の三木武夫首相が、この原則を拡大して、事実上すべての国への武器輸出を禁じたのです。
かくして、日本は先進国では唯一の武器輸出禁止国として、世界から一定の尊敬を集めてきました。ほとんどアメリカへの従属国のように見られている日本の、数少ない誇るべき独自政策だったのです。
むろん、財界は常にこの規制緩和を求め続けてきました。しかし、あの対米従属の権化のようだった自民党政権ですら、この原則を破ることはしなかったのです。
例外は確かにありました。アメリカとの間で、ミサイル防衛システム(MD)などの共同開発や生産を例外としたのです。
考えてみれば、3原則の(3)「国際紛争当事国」に世界中で最も該当するのがアメリカですから、この例外措置自体がかなり怪しげなものだったことは確かでしょう。それでも、なんとか最後のところで踏みとどまってきた、というのが実情でした。
今度はそれすらも、民主党「政権交代」政権が覆そうというのです。いったい何のための「政権交代」だったのか…。
民主党の外交・安全保障調査会は「人道目的に限って例外を認める」などという姑息な案をまとめようとしていますが、前にも書いたように「人道目的の殺傷兵器」など、究極の語義矛盾でしょう。こんな言葉を使う人たちを、私は心底軽蔑します。
同じく東京新聞(12月6日付)の1面コラム「筆洗」が、厳しくこう指摘しています。
(略)平和国家の理念より、防衛産業の代理人になったかのような政権の姿には失望するばかりだ▼三原則見直しを提言したのは党の外交・安全保障調査会。仙谷由人官房長官、前原誠司外相、北沢俊美防衛相が協議し、提言の基本的な方向性を尊重することで一致したという▼(略)三原則見直しを強く求めてきたのは防衛産業だ。特定の業界を保護するため理念を捨てるということなのか(略)▼かつて、小欄で「自民党時代より前のめりになっているのではないか」と書いた。軍縮をリードする資格を有する国が、理念を捨てることは果たして国益にかなうのか。連立を持ち掛けたい公明党は慎重姿勢だという。すべては菅直人首相の腹一つである。
ほとんど、付け加えることはありません。
政権交代に希望を託した人たちの「希望」とは、こんなものではなかったはずなのですが。
沖縄の米軍基地を現地に押し付けたままにし、日米同盟なる“軍事同盟”の強化に走り、官僚支配や天下りは是正できず、脱ダム路線は八ツ場ダムに象徴されるように後戻りし、原発の途上国への売り込みに政官財をあげて邁進し、障害者自立支援法なる美名の障害者をいじめるばかりの悪法を通し、財界からの政治献金を再開し、対中国に見られるように外交政策は右往左往し、目玉だった事業仕分けは失速し、年金改革はまるで進まず、農業政策を左右するはずのTPP(環太平洋パートナーシップ)は議論不足のまま見切り発車しようとし、ついには国是であった武器輸出三原則まで反古にしようとする…。
民主党中央がこの有様ですから、地方の民主党組織も酷いものです。東京都議会民主党は、東京都青少年健全育成条例という表現の自由を押しつぶすトンデモ法案に賛成する気配ですし、沖縄知事選では沖縄民主党は分裂、独自候補さえ立てられない始末でした。
報道によると、菅内閣としては「防衛大綱」への3原則見直しの明記は、とりあえず見送ったそうです。しかし、朝日新聞(12月7日夕刊)の1面には、こう書かれています。
菅内閣は、原則すべての武器輸出を禁じる武器輸出三原則の見直しについて、年内に取りまとめる防衛計画の大綱(防衛大綱)に明記することは見送る方針を固めた。防衛、外務などの関係閣僚は盛り込むべきだとの考えで一致していたが、菅直人首相が見直しに反対する社民党との連携を重視する方針を示したことを踏まえ、断念した。
ただし、武器の国際共同開発・共同生産の必要性を訴える意見が閣内に根強いため、大綱とは切り離して三原則の見直し議論を継続する。(略)
またしても菅内閣の得意技、先送りの術。
なにしろ、前原外相、北沢防衛相、仙谷官房長官の主要閣僚は「見直し派」です。ねじれ国会を乗り切るために社民党の協力がぜひとも必要な菅内閣。とりあえずここは社民党の福島瑞穂さんの顔を立てて、明記だけは避けたのですが、時期を見てどんでん返しに打って出るのは明らかでしょう。汚い手です。
せめて福島さんには、諦めずに「ごまめの歯軋り」を続けてほしいものです。
山口教授ではありませんが、もう「痩せ我慢」の限界、私の堪忍袋の尾も、擦り切れる寸前です。
福澤諭吉の『痩我慢の説』でも読んで、気を紛らわしましょうか。
鈴木耕さんプロフィール
すずき こう1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)など。マガジン9では「お散歩日記」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。
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