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2010-11-03up
時々お散歩日記(鈴木耕)
23「仕事をくれっ!」
秋も深まりました。東京でも、ようやく樹々の葉が色づき始めました。急に寒くなったせいか、今年は紅葉が早いような気がします。
色づき始めた多摩の里山
秋のさまざまな実も色づいていますが、私がその中でいちばんきれいだと思うのは、アケビの実です。この写真は、近所の植木屋さんの畑で撮ったものですが、紫色がなんとも素敵でしょう。実の中身は種だらけですが、その種のまわりの果肉はかなり強烈に甘いのです。
とてもきれいな紫色のアケビの実
秋はいろんな果実が実る季節ですが、「スポーツの秋」でもあります。いつもの「関東村」を散歩していたら、元気な声が聞こえてきました。でも、いつもの少年野球とは違う。妙に声が野太いのです。
還暦野球大会の横断幕
近寄ってみると、なんと「第6回 三鷹市長杯還暦軟式野球大会」という横断幕が見えました。還暦過ぎのオジ(イ)サンたちの野球大会でした。なるほど、声に貫禄があるわけです。しばらく、元気な方々の奮闘振りを眺めていました。「昔取った杵柄」でしょうか。みなさん、なかなか達者な球捌きでした。
還暦さんたちの元気なお姿
団塊の世代がリタイアし始めて、もう数年が経ちます。退職後、それぞれの生き方を元気に実践しているわけです。
今まで数十年間、懸命に働いて、老後をゆっくり暮らせるなら、それは幸せなことです。しかしノンビリ老後を過ごすには、それまで長い年月を働いてきた、ということが前提です。ところが、その前提が崩れつつあるようです。
若者たちに、働く場がない。「とにかく仕事をっ!」
そんな悲鳴に近い声を伝える新聞や雑誌の記事が、なぜかこのごろ目につきます。若いうちにきちんと働くことができなければ、老後の安定など絵に描いた餅でしょう。不安が広がりつつあります。
『ビッグイシュー日本版』(10月15日、153号)は、「特集 若者を襲う貧困 高校中退者の今、未来」という大特集を組んでいます。もはや貧困は、ホームレスばかりではなく若年層である高校中退者や定時制高校生たちにも襲いかかっている、という指摘です。
この特集の中の、元埼玉県立高校教師だった青砥恭さんの記事「若者を生かすのか? 殺すのか? 中退者問題から見える、高校教育の今と彼らの未来」には、こういう記述があります。
高校中退者は、毎年約10万人。学力の低い生徒が集まる「底辺校」と呼ばれる高校に集中している。(中略)
学校で事件を起して中退するようなケースはそれほど多くないんです。一昔前のような、いわゆる元気な“不良”は少ない。むしろ、彼らの多くは、仲間がひとりやめると次々に落ち葉が散っていくようにぼろぼろとやめていく。底辺校では1年生のうちに50~60人が中退することも珍しくなく、クラスの半数近くがやめるケースもあります」(中略)
しかも、高校を中退していく生徒たちの家庭の多くは貧しい。(中略)青砥さんらが行った調査でも、進学校の生徒の父親の最終学歴は圧倒的に大学卒業者が多かったのに対し、底辺校に近づくほど父親の学歴も高校中退・中学卒が多かった。底辺校の父親の正規雇用は進学校の約3分の1にすぎないともいう。(後略)
そしてこの記事の小見出しは、次のように続きます。見出しで、ほぼ内容が推察できるでしょう。
中退者は8%、その原因は深刻化する貧困に
ほぼ100%が非正規雇用、中退は「生きる意欲」の欠如に直結
リターンOK。子どもの貧困解決へ、必要な教育の「結果平等」
青砥さんは記事の最後に、
「高校中退者が気づいた時にいつでも学びなおしができるリターンの教育システムがあればいいと思います。それと、社会で生きていくための生活力が身につく、ものづくりなど職業訓練機能をもたせた教育の可能性も考えたいですね」と、提案しています。
同じ号の『ビッグイシュー』では、定時制高校を対象に調査チームを作って聞き取り調査を行った宮本みち子さん(放送大学教授)にもインタビューを行っています。宮本さんはこう語っています。
18歳のN子さんは、朝5時から8時までの3時間、ファミリーレストランで働く。午後1時から4時までは別の仕事にとりかかる。午後5時から9時までは、学校で授業を受ける。勉強の後もバイト先から電話がかかってくれば、一息つく間もないまま、深夜帯のバイトに向かう―。
まるで24時間を細切れにしたようなこの生活を、誰であろう日本の高校生が送っていると知ったら驚くだろうか。(中略)なぜ若者たちは定時制を選択するのだろうか?
「大きな理由が2つあります。1つは学力的な問題です。入学試験がない定時制には、全日制の底辺校にも入ることができなかった若者が入学できるんです。(中略)そうした意味で定時制は、学力競争の最底辺のところに放置され、じっとがまんしていた子どもたちの受け皿であるのが現状です。」(中略)
定時制高校が選ばれるもう1つの理由は、深刻な経済問題だ。宮本さんたちの調査では、生徒の半数近くの世帯がひとり親などであることがわかり、生活保護を受けるなどの貧困家庭が目立った。「親に『とにかく高校へ行ったら、交通費とか小遣いは自分で稼いで』と言われる生徒がかなりいます。全日制の普通高校へ行ったら、十分なお金を稼ぐだけのアルバイトはできない。だからこそ定時制が選ばれるわけです。(中略)
宮本さんは今回の聞き取り調査を振り返って「日本の教育に大改革が必要だ」と感じた。(中略)
たとえば、95%近くの生徒がアルバイトで生活費を稼ぎ、家計を支えなければならない現状には、何らかの経済的な補償が必要だ。(中略)
「働くこと自体を学校教育の一環に位置づける。たとえば5日間のうち、3日は外で働いていいから、2日間は学校で授業を受ける。そして就労体験の単位化など、教育的効果を引き出す工夫をする。高校の先生には、アルバイト先の現場を回ったり、就労体験を教育的に位置づけた授業をしてもらう。海外では、学校と生産活動をゆるやかに結ぶ教育が、恵まれない生徒に効果を発揮しています」
親の貧困が若者の貧困につながる、という現実。そこからの脱却こそが喫緊の課題だと、宮本教授は指摘しているのです。
この宮本教授の提言を、具体的な政策として、政府・文科省は一刻も早く実施すべきでしょう。ゆとり教育がいいの悪いのというような議論の段階は、すでに現実の貧困問題によって乗り越えられてしまっているのです。まず、生きること、生活できることを、若者たちに(もちろん、若者たちだけではありませんが)保障すべきでしょう。
この問題は、ホームレス支援の『ビッグイシュー』という「貧困問題」には極めて感度のいい雑誌だから取り上げた、ということではないのです。社会の動きを、少しでも身に引きつけて考えようとする編集者やジャーナリストたちであれば、現実を取材していくといやでもこの現実にぶち当たります。
『週刊金曜日』(10月15日号)も、貧困問題も絡めて、高校の教育現場の問題点を「学びの場、大丈夫? 高校に行けない!」という特集で取り上げています。瀬下美和さん(ジャーナリスト)は、この特集記事で、横浜修悠館高校(神奈川県内に3校あった通信制高校のうち、2校を統合して作られた単位制通信高校)を取り上げて、その問題点を指摘しています。働きながら学ぶ場としての通信制高校も定時制高校も、いまやどんどん統廃合されつつあります。貧困の中でもなんとか勉学の場を見つけようとする生徒たちは、ついに最後の行き場さえ失いつつあります。それは、各県や政府の政策によるものです。
(中略)ある学校関係者は「修悠館高校には、今の神奈川県の高校制度の矛盾が集約されている」と語る。神奈川県教育委員会が昨年九月に県内にある公立中学校四一四を対象に実施した卒業予定者の進学希望調査によると、公立全日制への進学を希望する生徒は全体の八〇.九%にあたる五万五五八七人にのぼったが、当初の募集定員は全体の六〇%にあたる四万一八三六人しかない。残る四〇%の生徒は私立高校へ進むとの見込みを県教委は立てているが、経済的な理由で私立の志願者は伸びず公立の倍率は上がる一方だ。
このため今春の神奈川県の公立全日制高校を最終的に不合格となった生徒は約九四〇〇人。私学を併願できた生徒はいいが、定時制や通信制高校に進むしかない子どももいる。公私あわせても全日制高校への進学率は一九九八年をピークに低下しつづけ、今春の全日制進学率はついに八八.二%まで落ち込んだ。
つまり、公立高校の受験に失敗すれば、経済的理由からもう進学をあきらめざるを得ない子どもたちが増えている、というわけです。私立高校へ子どもを通わせられるようなゆとりはない親の貧困が、子どもの学ぶ機会さえ奪ってしまっているのです。
また、東京新聞(11月1日付)も、社会面で高校生たちの現状をかなり詳しく取り上げています。これは、見出しのみの紹介にしますが、以下のような大きな見出しが並んでいます。
高校生 苦闘
求人数低下、資格ない普通科さらに
就職「断念」8.6% 今春卒業者 日高教調べ
スキルアップ 経済負担苦しく
ここにも、経済的貧困の現状が見て取れます。
菅首相のスローガンは「最小不幸社会」でした。しかし、不幸社会は拡大し続けているように見えます。
産経新聞は11月2日の記事で、このフレーズをもじって「宰相不幸社会」と揶揄していました。しかし、こんな駄洒落で何が解決できますか。少なくとも、貧困に喘ぐ者の多い現状を詳しく取材して、それへの具体的な対応策でも提示するのが、かつては「社会の木鐸」と呼ばれたこともある新聞の役割でしょう。もう、そんな気概はとっくに失くしているようですが。
前出の記事の、青砥さんの言う「学び直しができるリターンの教育システム」や、宮本さんの提言する「労働と学校教育の連携」などを、マスコミが政府につきつけていくべきです。そして、その実現を政府が行わなかったときに、大きな批判の声を挙げればいいのです。
蛇足ですが、『仕事くれ。』(ダグラス・ケネディ、新潮文庫)という“再就職サスペンス”(帯より)があります。けっこうヘビーです。
もう10年ほど前に出た文庫ですが、なかなか身につまされます。アメリカも日本も、不況の中でのリストラや失業。現実はあまり変わらないようです。
仕事くれ。(ダグラス・ケネディ、新潮文庫)
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鈴木耕さんプロフィール
すずき こう1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)など。マガジン9では「お散歩日記」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。
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