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2010-09-22up

時々お散歩日記(鈴木耕)

17

きみは『ビルマVJ』を観たか?

 秋が来たような、まだ来ていないような…。
 お彼岸ですが、まだまだ暑い日が続いています。
 新聞に、「日本では南の地域でしか見られなかった蝶(ツマグロヒョウモン)が、今や東京でも観察できる」という記事と写真が載っていました(朝日新聞9月18日)。私が散歩の途中で撮った蝶の写真をよく見たら、まさにそのツマグロヒョウモンでした。
 ふーん、「最近、やけに見かけるようになった新しい蝶だな」と、不思議に思っていたのも無理はない。

 近くの公園の中にある自然観察園に、彼岸花(別名・曼殊沙華=マンジュシャゲ、墓地に咲くことが多いので“墓場花”と呼ぶ地方もある)の群生地があります。例年なら、あたり一面、真っ赤な花で覆われている時期なのですが、今年はまだほとんど咲いていません。私が訪れた17日には、ほんの数本が開花しているだけでした。
 暑かったからかなあ、と思っていたら、「暑さのせいで彼岸花の開花が遅れ、この花の群生地では、観光客ががっかりしている」という記事が載っていました(毎日新聞9月18日)。
 新聞記者たちも、私と同じことを思っていたわけですね。

 いろいろな異常現象が起きたこの夏でしたが、そんな自然現象ではなく、人間が起す酷い事態を告発している映画があります。『ビルマVJ 消された革命』というドキュメンタリーです。
 この映画の上映会が9月18日(土)に、東京・代々木(というより新宿に近い)カタログハウス本社のセミナーホールで開かれたので、観に行ってきました。前から話を聞いていたので、機会があったらぜひ観たいと思っていた映画だったからです。

 凄まじい迫力の映画でした。
 胸がしびれて、時折、目の奥が熱くなりました。
 ビルマ…。なぜか軍事独裁政権が、国名の対外的な表記ををミャンマーと変えてしまいましたが、軍政などは認めない、という強い意志を持つ人々にとっては、いまだに「ビルマ」です。だから、この映画のタイトルも『ビルマVJ』なのです。
 ちょうど今から3年前、2007年9月、ビルマで僧侶たちを中心に、民主化を求める人々が決起して10万人規模のデモが発生しました。しかしそれは、軍事独裁政権の強硬な弾圧、暴力と銃弾によって圧し潰されたのです。多くの血が流されました。
 日本人ビデオ・ジャーナリストの長井健司さんが、デモの撮影中に、軍の凶弾に倒れたのはこのときです。その際の映像も生々しくこの映画の中に記録されています。
 軍事独裁政権の徹底した情報統制によって、このときのビルマ国内の情況はほとんど外に伝わりませんでした。その中にあって、身の危険を承知の上で、小さなビデオカメラを武器に闘ったビルマ国内のジャーナリストたちがいたのです。
 彼らが記録した映像がこの映画です。彼らはアジトを転々としながら、情況を撮影し続けます。目の前で仲間が逮捕され連れ去られても、他人のようなそぶりでその場を離れます。そうしなければ次の記録者がいなくなる…。そんな切ない活動があるでしょうか。
 民衆には圧倒的な尊敬を受けている僧侶たちでさえ、銃床で殴られ傷つきながら軍のトラックに放り込まれる。しばらくして、僧侶の死体が川に浮かぶ。カメラは、その場面を捉えるのです。
 弾圧によって、ビルマ国内のジャーナリストたちは、チリヂリになります。タイに逃れてビルマ国内に潜むジャーナリストたちに指令を送っていた青年が、ついには決意してビルマに再潜入する場面で、この映画は終わります。
 「決して諦めない。この国に、自由と平和を勝ち取るまで、カメラを武器にして闘い続ける」
 そういうメッセージが込められた青年の後ろ姿でした。

 思わず涙が出ました。
 命がけの闘い。
 小さなビデオカメラだけが真実への武器。
 銃弾に抗する映像。
 闘わざるを得ない者たちの恐怖感。
 その恐怖に揺れる画面。
 逃げながらの記録。
 それでも闘うということの意味。

 …涙が出たのも、当然かもしれません。

 私の中で、沖縄が重なりました。
 多分、かつての沖縄の米軍軍政下での闘いも、生命の危険はビルマとは比較にならなかったとしても、似たような情況にあったのではなかったでしょうか。そして今また、民主党政権のソフトな弾圧に抗して、沖縄は闘いの色を濃くしています。
 先日の名護市議選は、多分、その序章です。
 11月には沖縄県知事選が闘われます。仲井真弘多現知事と伊波洋一現宜野湾市長の一騎打ちではないかと言われています。一方で、第3の候補を立てて基地反対派の分裂を誘おうという、相変わらずの政治的陰謀が画策されているようですが、それを主導している人物は、沖縄県民にはまったく相手にはされていないといいます。
 いずれにせよ、沖縄の闘いは終わりません。菅内閣がどんなアメをばら撒こうが、もう県民はその手には乗らないでしょう。それが証明されたのが、名護市議選だったのです。にもかかわらず、菅政権は「日米合意」を譲らず、それを容認する可能性のある(?)仲井真知事を支援しようとしています。民主党は沖縄では、もはや「自民党以下の存在」だと言われているのです。

 ビルマでの闘いは、軍事政権の強圧下で現在は抑えつけられています。しかし、それが永劫に続くわけはない。民主化運動の指導者アウンサンスーチーさんは、いまも闘う意志を捨ててはいません。いずれ、民衆の声がビルマ国内を圧するでしょう。
 『ビルマVJ』は、それを後押しする大きな武器となるでしょう。
 あなたは『ビルマVJ』を観ましたか? もしまだでしたら、どこかでの上映会を探して、ぜひご覧になってください。

 このような映画の上映会を企画した社員の方々と、それを後押ししている「カタログハウス」という会社に、私は尊敬の念を抱きます。

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鈴木耕さんプロフィール

すずき こう1945年、秋田県生まれ。早稲田大学文学部文芸科卒業後、集英社に入社。「月刊明星」「月刊PLAYBOY」を経て、「週刊プレイボーイ」「集英社文庫」「イミダス」などの編集長。1999年「集英社新書」の創刊に参加、新書編集部長を最後に退社、フリー編集者・ライターに。著書に『スクール・クライシス 少年Xたちの反乱』(角川文庫)、『目覚めたら、戦争』(コモンズ)、『沖縄へ 歩く、訊く、創る』(リベルタ出版)など。マガジン9では「お散歩日記」を連載中。ツイッター@kou_1970でも日々発信中。

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