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やまねこムラだよりー岩手の五反百姓からー

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つじむら・ひろお 1948年生まれ。2004年岩手へIターンして、就農。小さな田んぼと畑をあわせて50アールほど耕している五反百姓です。コメ、野菜(50種ぐらい)、雑穀(ソバ、ダイズ、アズキ)、果樹(梅、桜桃、ブルーベリ)、原木シイタケなどを、できる限り無農薬有機肥料栽培で育てています。

第二十五回

中国タカビーの背景にあるもの

 中国冷凍ギョーザ農薬混入事件ですが、真相は「藪の中」になりそうですね。
 日本の警察が「日本国内での農薬混入の可能性は低い」といえば、これにたいして中国の公安当局は「中国国内での混入の可能性は限りなく低い」といってお互い譲らない。こうなると、日中両国のメンツ争いの様相すらみせています。
 真相は「神のみぞ知る」なのでしょうか。事件だったのか、事故だったのか、それすらわからない状態です。消費者としては、大迷惑。結論が出るまでは、どちらにしろ、冷凍ギョーザには手を出しにくい心情になるのは、たしかでしょうね。

 (日本側から見て)中国側がここまでタカビーな態度をとる、というのは、いくつか理由が考えられます。
 まず第一には、「国のメンツ」でしょうね。夏には北京オリンピックを控えていて、中国の食品にたいしてマイナスイメージはふさわしくない、という「国家の威信」をかけた戦略があるかと思います。
 いまや中国は、経済成長も、軍事費も、GDPも、世界有数の大国です。オリンピックも開催できる名誉も担っています。ここでたかがギョーザごときで、国家の威信にキズをつけられたくない、という国家戦略がでてくるのは当然でしょう。
 もともと、中国人は体面やメンツを重んじる国民性があるのです。

 第二には、これからの中国は食品輸出には依存しなくてもやっていける、という経済的な環境変化があるかと思います。
 毎年二ケタの経済成長に支えられて、中国は人口・軍事・国土だけでなく、経済でも世界有数の大国になってきました。かつてのように、外貨を稼ぐために食料を輸出し、その外貨で先端技術の工業製品を輸入する、という「開発途上国」ではもはやないのです。
 無理して食料を輸出しなくても、自国の工業製品やサービスや情報を輸出すればいい、という先進国タイプの経済構造になってきたのです。自信を持つのは当然でしょう。

 第三には、日本の食料事情への推察があるだろうと思います。いっとき、中国産の食料を輸入しなくなったとしても、長期的に考えれば、いまや日本は中国の食料なしにやっていけっこないだろう、という判断があると思います。
 のどモト過ぎればなんとやらで、そのうち、「やっぱり、中国の食料を輸入させてください。そうしないと、日本人は飢えてしまいます」と泣きを入れて来るに違いない。それまでは、ゆっくり待っていればいいや、ということじゃないでしょうか。
 そのとおり、日本の食料自給率は39%なのですから、どこからか、食料を輸入しないといまの食生活を維持できない。まあ、昔のことばで言えば中国側の「兵糧攻め」作戦というところでしょうか。

 第四には、(じつは本質的にいちばん根が深い理由だと思うのですが)、中国国内の食料生産の減少・ひっ迫、という実態があるかと思います。
 世界一の人口を抱える中国は、これからも増え続ける人口に食料を安定して提供する義務が、国家としてあります。「国民を飢えさせない」義務です。これを今後も果たすためには、食料を外国に輸出する余力がなくなってきたのではないか、とわたしは思います。
 つまり、地球の気候温暖化による、かんばつ・洪水の被害が増えつつあります。それにともなう「水」不足があります。農薬・化学肥料による収奪型農業の行き詰まりがあります。
 それらの要因が複合して、中国はそう遠くない将来、「食料輸出国」から「食料輸入国」へと転換する可能性がある、とわたしは考えています。
 その証拠に、中国は穀物の輸出に関税をかけるようになっています。つまり、これまでの「食料輸出をどんどんやって、外貨を稼げ」という姿勢から、「食い物の輸出はちょっと慎重にやれ」という姿勢になっているのです。この背景には、国内の食糧の供給の見通しが悪化している、という事情があると思います。

 じつは、これは中国だけでなく、世界的な兆候でもあります。ベトナムがコメの輸出を禁止したとか、いくつかの例が出始めています。穀物のバイオ燃料への転化もあって、世界の穀物供給量は、あきらかに低下しつつあるのです。
 人口が増えて食料需要は増える。でも、食料の供給がそれに追いつかない、という世界的な食料のひっ迫の時代が始まっているのではないでしょうか。
 21回で申し上げたとおり、小麦の大幅値上げが始まっていますし、世界の食料は足りなくなってきている。足りなくなれば、食料も石油も値上がりするのです。

 たとえば、世界の穀物生産を支えていたオーストラリアが、ここ2~3年、全国的なかんばつの被害を受けて、農産物の生産が減っているのはご存知のかたも多いでしょう。
 ところが、クイーンズランド州では逆に、昨年末以来、大雨が続いて洪水被害が広がっている、というのです。農業部門の被害額は8500万オーストラリアドル。2万ヘクタール(千代田区の20倍)の耕地と、10万頭の家畜を、ここ2ヶ月で失ったというのです。しかも、こんな洪水被害がでても、「かんばつ宣言」は解除されていない、というのですから、世界の気候があきらかに、変動している、ということがわかります。(「農業共済新聞」3月1週号記事)

 つまり、中国は食料を輸出したくても輸出できない国になりつつあるのではないでしょうか。無理して、日本なんかに後ろ指さされてまで食料を輸出なんかしなくてもいいや、という実態があるから、消費者の不安を早く解消していままでどおり中国産の食品を日本に売り込みたい、とは思わない。原因を早く究明して消費者の信用を取り戻し、輸出拡大に取り組もうとは思わない、思えない。それよりは、自国の国民に食わせるほうが先だ、という判断があるのでないかと思うのです。
 それが、今回のギョーザ事件における中国側のタカビーな態度の背景にあるのではないか、というのがわたしの推論です。
 推論ですから、間違っているかもしれません。その場合は、関係者にお詫び申し上げるしかないのですが・・。

 ともあれ、増加する世界人口に対して、食料・食べ物が、減っているのは事実です。
 それにともない、食料が値上がりしているのも、事実です。
 地球温暖化によって、旱魃・洪水がおこって、世界の食料生産の現場(農業)が被害を受け、食料生産システムが危機に瀕しつつあるのも事実です。
 日本の食料自給率が39%、輸入食料への依存率が61%というのも事実です。
 これらの事実を集めて、総合的に考えると、食いたいものを腹いっぱい食べて安楽に暮らす、というこれまでの日本人の幸せに、黄色信号がともっているのも確かなことに思えてくるのです。

 やっと、雪解けのシーズンがやってきたやまねこムラで、今回は以上のようなことを考えました。「杞憂」にならないことを祈るばかりです。

(2008.3.7)

我が家の梅畑のわきを、ちいさなちいさな小川が流れています。
流れをおおっていた雪がすこしとけて、そこに、菖蒲が若芽を出しました。
やっと、やまねこムラにも雪解けのシーズンが、やってきたようです。

辻村さんが言うように、杞憂に終われば何より。
でも、「食」をめぐる日本の状況が、あまりにも危険なところに来てしまっているのは、
考えすぎでもなんでもない、紛れもない事実なのではないでしょうか?
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