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2010-11-17up
やまねこムラだより〜岩手の五反百姓から〜
第四十六回
(臨時便)
岩手の五反百姓からみたTPP問題とは?
ずいぶんとご無沙汰しております。岩手のやまねこムラ近辺では、もう紅葉の季節が終わろうとしています。鮮やかだった黄色や紅色の葉があせて、風が吹くたびに木々が丸坊主になって行きます。冬支度をいそがなければなりません。我が家では、まきストーブを焚き始めました。
いま問題になっているTPP(環太平洋経済連携協定)についてなにか書けないか、というお話がありましたので、わたしなりに農家と農業の現状をみなさまにご報告したいとおもいます。
菅総理は、TPPを「第二の開国」と位置付けているようですね。鎖国状態の日本を外国に対して開く、ということなのでしょうね。
でも、評論家でもジャーナリストでも政治家でもない一介の百姓には、何がどうなっているかわけがわからない、というのが正直な印象です。
ただ、TPPをひとことで言えば、参加国間では関税が撤廃される、ということですよね。自由に貿易ができる。人々は売りたいものを自由に売り、買いたいものを自由に買える。こんないいことはない、というイメージですね。
ただ、日本の農家としては、TPPの参加国のなかにオーストラリアやニュージーランドそして米国と農業大国が含まれているのがこわいのです。
日本の農家のほとんどが1ヘクタールから2ヘクタールの経営農地しかない中小農家です。わたしなどは、1ヘクタールの半分、50アール(5反)しか農地がありません。
いっぽうで、オーストラリアなどは1000ヘクタール、2000ヘクタールという広大な農地を持つ大規模農家が主流です。1000ヘクタールというのは、東京でいえば中央区や台東区の面積と同じです。
農地面積で、1対1000。最初から負けています。大型農業機械でまるで工場のようなやり方で作物をつくる農業と、箱庭のような小さな農地で手間ヒマかける集約型農業しか出来ない日本の農業と、その立地点がまるで違います。
当然、価格でも負けます。同じ商品なら、安いほうを選ぶのが消費者の心理ですから、日本の農産物は安い外国産の農産物に価格面で対抗できない。結果、日本の農家がつぶれ、日本の農業が衰退する、ということになるのです。
弱肉強食の自然淘汰なのだから仕方ない、ということであれば、そのとおりです。
ですから、関税というのは、日本の農家にとってはこれまで防波堤の役を果たしていたのですね。米などは、800%近い高関税がかけられています。それで、ようやく日本の米農家が経済的に持続可能な農業をすることが出来ていた。その防波堤が、TPPに参加することでなくなってしまう。ツナミどころかふつうの波でも、もう日本の農家は価格破壊、生産活動が持続困難な波をかぶってしまうことになります。
経済的にやっていけなくなるのだから、農家や農業関連の団体は自分たちの生活をまもるために、TPPに反対している、というのが現状です。
TPPに対して、基本的な考え方としては、二つあるとおもいます。
ひとつは、世界自由貿易が時代の流れと考え、結果的に日本の農業が壊滅しても仕方ない、という立場です。そのかわり、日本は自動車やパソコンを外国に輸出して、そのぶん産業界が潤うのだからけっこうなことじゃないか、という考えです。経済産業省や内閣府の試算ですと、TPPに参加することで2兆円~3兆円GDPが上がる、ということです。
もうひとつの考え方は、経済的なリスクがあっても、日本の農業を守れ、という立場です。食料自給率が現在の日本は40%なのですが、TPPに参加することになると安い外国産の食料が入ってくるので自給率が14%に下がる、と農水省は試算しています。農業生産額が4兆円下がる、とも試算しています。
どちらの数字がただしいのでしょうか。
わたしは以前このおたよりで、「農村問題は農村の問題だが、農業問題は本質的に都市の問題ですよ」と申しあげた記憶があります。つまり、食べ物という生活に不可欠なものを生産する農業の問題は、農家より都市で生活する人々の問題ではないか、とおもったからです。ですから、TPPに賛成するのも反対するのも、食料の消費者たる都市の人々が自分たちの食料をどう考えているのか、ということに行き着くのだとおもいます。
単純に、都市対農村、の経済的な対立におさまる問題ではないと考えます。
わたし個人はもともと自給自足が第一の目的の農業ですから、経済的にはTPPがどうなってもいい、と考えています。世の中ひっくりかえっても、自分の田んぼから1年分のお米がとれ、1年分の味噌や野菜もとれるのだから、最低限文字通り食べていけます。ジコチュウ的だと批判されるでしょうが、本音です。
ただ、日本の農村から農家がなくなっていくことにはゼッタイ反対です。農家があることで、日本の原風景が保たれてきたからです。農業の多面的機能、といわれていることが失われてしまうからです。
小さな例を挙げましょう。たとえば、赤とんぼがいなくなります。赤とんぼのいない秋なんて、考えたくありません。赤とんぼは、9割田んぼから生まれているのですが、その田んぼが耕作放棄されて荒れてしまえば、赤とんぼの生きる場がなくなってしまうのです。
農家はだれも、赤とんぼのためにお米を作っているのではありません。でも、春夏秋冬とそれぞれの時期にそれぞれのやるべき仕事を果たしているから、結果として田んぼから赤とんぼが生まれ、こころ癒される農村風景が保たれているのです。
赤とんぼは、経済的価値では換算されませんね。でも、赤とんぼの飛び交う風景は気持ちよいです。つまり価値です。しかも、金で買えない価値です。
だから、都会の消費者にはこう考えていただけないでしょうか。
日本のお米の値段は外国産のそれに比べて高い。それはたしかでしょう。しかし、その代金のなかには、赤とんぼの飛び交う秋やカエルの合唱が聞こえる夏、きれいな水や気持ちよい農村風景の値段も含まれているから高いのだと。
そういう金に換算されない価値も、日本の農家はこれまで連綿と作り続けてきたのです。手間ヒマかけて、自分の農地を守り続けてきたことが、結果として日本の美しい里山や田園風景をかたちづくってきたのです。
TPPは、経済だけの連携協定でしょう。でも、ほんとうはたくさんの生き物たちも含めて、気持ちよく暮らせる地球をどのように維持していくのかまで、視野に入れた連携であってほしい、とおもいます。
(2010.11.14)
ダイコンをほして、冬支度のはじまり。
菅首相は先日、横浜で開催されていたAPECで、
「TPP関係国との協議入り」を、
政府方針として表明したとの報道。
買い物に行けば、
ついつい安い農産物に目が行ってしまうのも事実ですが、
「金額に換算されない価値」を無視して、
ただ「安ければいい」と考えることは、
結局は自分たちの首を絞めることなのかも、と思います。
つじむら・ひろおさん
プロフィール
つじむら・ひろお1948年生まれ。2004年岩手へIターンして、就農。小さな田んぼと畑をあわせて50アールほど耕している五反百姓です。コメ、野菜(50種ぐらい)、雑穀(ソバ、ダイズ、アズキ)、果樹(梅、桜桃、ブルーベリ)、原木シイタケなどを、できる限り無農薬有機肥料栽培で育てています。
やまねこムラだより〜
〜岩手の五反百姓から
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