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自他共に認める日本一の愛国者、鈴木邦男さんの連載コラム。
改憲、護憲、右翼、左翼の枠を飛び越えて展開する「愛国問答」。隔週連載です。
すずき くにお 1943年福島県に生まれる。1967年、早稲田大学政治経済学部卒業。同大学院中退後、サンケイ新聞社入社。学生時代から右翼・民族運動に関わる。1972年に「一水会」を結成。1999年まで代表を務め、現在は顧問。テロを否定して「あくまで言論で闘うべき」と主張。愛国心、表現の自由などについてもいわゆる既存の「右翼」思想の枠にははまらない、独自の主張を展開している。著書に『愛国者は信用できるか』(講談社現代新書)、『公安警察の手口』(ちくま新書)、『言論の覚悟』(創出版)、『失敗の愛国心』(理論社)など多数。 HP「鈴木邦男をぶっとばせ」
柳生宗矩の「真剣白刃取り」のような境地かもしれない。自分を無にして白刃の下に自らを置く。絶対、究極の境地だ。9条とはそんなものかもしれない。又、それだけの過酷な覚悟を必要とするものだろう。
その覚悟がないと、9条信奉者は常に論理で負ける。「軍隊のない国家は理想だ。しかし、他国がいきなり侵略してきたらどうする」という問いに答えられない。
「外交努力で侵略されないようにする」と言っても、外交努力にかかわらず、いきなり戦争を仕掛けられた国はいくらでもある。アメリカだって日本に騙し討ちされたと思っている。
昔、どっかの大学の先生が「ソ連から侵略されたら赤旗と白旗を振って降伏する」と言っていた。交戦するよりは犠牲が少ないという。確かに、そうかもしれないが、評判は悪かった。支持はされなかったようだ。
他には、「その時はレジスタンスをやる」と言う人もいた。又、「群民蜂起をする」と言ってた人もいた。しかし、これも空しい。日本政府への抵抗・抗議なら、それでもいいだろうが、外国の侵略に対しては無力だ。国内での混乱を大きくし、かえって侵略者につけ込まれる。
では、軍隊がなかったら国を護れないのか。
人間ならば、逃げることも出来る。「足が速い」というのは最大の護身術だ。走り高跳び、棒高跳び、水泳… など、オリンピック競技の多くのものは護身の術だった(もっとも、攻撃にも使われたが)。
敵が来たら逃げたらいい。怪しい気配を察知したら逃げたらいい。あるいは、合気道のように、体捌(さば)きをしたらいい。自分の身をひねって、武器をかわすのだ。でも、これは人間だから出来る。日本列島には足がないから逃げられない。体捌きも出来ない。学生時代、こう言って右翼学生の護憲論者を論破した。痛快だった。しかし、今は、彼らの立場になってみて、考えている。どうしたらいいのだろうか。
個人ならば、素手でも武器を持った敵に勝つ方法がある。柔道だって柔術、合気道、ボクシングだってそうだ。武器を持った敵を想定している。
昔、合気道を練習してた時、先輩に小渕恵三さん(元首相)がいた。よく教えてもらった。一方がゴムの短刀を持って突き、一方がそれをかわして、取りおさえる稽古をした。小渕さんを僕が刺すのだ。簡単に捌かれ、投げ飛ばされた。でも今考えると「首相」を狙う右翼少年のようだ。僕は学生だったし、小渕さんは国会議員になりたてだった。
「乱闘国会の時は役に立った」と小渕さんは言っていた。揉み合いになった時、まさか殴ったり、蹴飛ばしたり、首を絞めたりは出来ない。テレビがある。しかし、合気道は「まあ、まあ」といって相手を捌き、かわすことが出来る。自然に出来る。それが役に立ったというのだ。でも、侵略国家相手では合気道も役立たない。
ブラジルにはカポエラという武道がある。逆立ちして、足だけで闘うのだ。その昔、両手に手錠をかけられた人間が「発明」したという。地面に両手をついて、足だけを武器にして闘う。これなら囚人だって闘える。でも今は、カポエラも武道ではなく、踊りとして見せられることが多いという。元は、両手を封じられた人間の究極の抵抗術だ。でも、これも人間だから出来ることだ。日本列島は足がないから、足を武器にすることは出来ない。
じゃ、武道は全く役に立たないのか。侵略国家に対しては無力なのか。そう絶望的になっていたが、「いや、違う」と言ってくれる人がいた。極真空手の大山倍達だ。ズバリ、こう言っている。
<戦争を放棄した日本人は空手をやって、一億人が空手の有段者になればその国民にはどの国も手を出せない>
凄いことを言う。うん、これなら出来るだろう。軍隊がなくても国家を護れる。それでなくても日本の「カラテ」は世界に知られている。一億人が有段者になったら、9条だけで十分に護れるだろう。そうなったら、外国の軍隊だって恐いだろう。日本人の男には警戒しても、女性や老人、子供には、つい気を許す。でも皆、有段者だ。回し蹴り一発で倒される。これじゃ、軍隊も近づかない。
やはり、大山倍達は凄い、と思った。この大山の発言は『武道論』(徳間書店)で言っている。平岡正明(評論家)との対談で言っているのだ。
実は、平岡さんは今年7月9日に亡くなった。68才の若さだった。昔からよく知ってるし、いろいろと教えてもらった。7月13日に、お通夜に行った。120冊もある厖大な著作の一部が並べられていた。その中に、この『武道論』もあり、大山の発言を思い出したのだ。
平岡さんは竹中労、太田竜と共に「世界革命浪人(ゲバリスタ)」を称していたこともある。左翼学生に絶大な人気があった。カリスマ性があった。この三人は尊敬・愛情の意味を込めて、「三馬鹿大将」とも呼ばれていた。その三人とも、今は亡い。一つの時代が終わったと思った。
平岡さんには、『あらゆる犯罪は革命的である』という名著がある。これには、シビれたし、魅了された。革命の本、政治的な本も多いが、それだけにとどまらず、ジャズ、芸能、文学、武道など、守備範囲は広かった。『山口百恵は菩薩である』は大ベストセラーになった。又、『西郷隆盛における永久革命』『石原莞爾試論』もあり、右翼・民族派のファンも多かった。僕も昔、石原莞爾について対談させてもらった。
平岡さんは生涯に120冊の本を書いた。しかし、「文」だけの人ではない。極真空手を習い、有段者だ。「文武両道」なのだ。だから、師の大山倍達とも対談している。 この平岡さんを民間起用し、大臣にしたら面白かったろうに。防衛大臣だ。9条の理念を徹底する為に、自衛隊を解散するだろう。そして、大山倍達の力をかりて、一億人に空手を習わせる。戦闘機も大砲も銃もない。無防備だ。でも、国民一人一人が強力な武器だ。闘う9条国家だ。これこそ理想の国防だ。
1億人が空手有段者の「文武両道」国家!
想像するとちょっとすごそう、ですが、
空手であれ違う形であれ、
1人ひとりに「闘う過酷な覚悟」が必要なのは間違いない、と思います。
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