鈴木邦男の愛国問答

　「鈴木君、ありがとう！」と、いきなり井脇ノブ子さんに言われた。「“井脇ノブ子を総理大臣にしろ！”とテレビで言ってくれたそうやな。テレビを見た人から、ジャンジャン電話が来てるわ」と言う。あっ、あの事かと思い出した。大阪読売テレビの「たかじんのそこまで言って委員会」で僕が発言したんだ。民間人を含めて「首相公選」になったら桜井よしこさんという手もあるが、今の国会議員の中から選ぶとしたら、井脇ノブ子さんしかいない。そう言ったのだ。

　井脇さんは昔、民族派の学生運動を一緒にやった仲間だ。だから、よく知っている。信念の強い、実行力のある人だ。ぶれない。安倍、福田のように途中で投げ出すことはない。それに、子供時代から苦労に苦労を重ねてきた。家計を助けるために、学校に行く前に早朝からアワビ取りをしていた。又、家族が冤罪事件に巻き込まれたり・・・と、苦労と貧乏の連続だ。その中で、大学に行き自治会活動もした。選挙に出るが、ずっと落ち続けた。そして、やっとのことで国会議員だ。この人ほど弱者への思いやりを持った人はいない。苦労を知ってる人はいない。自民党の衆議院議員だが、一番「国民の痛み」を分かる人だ。口先だけの議員の多い中、日本も大胆に「チェンジ」しなくてはならない。井脇さんしかいないだろう、と言った。

　冗談で言ったのではない。本気だ。これから国政はどうなるか分からない。何が起こってもおかしくない。「国民の痛みが分かり、実行力のある人」となったら井脇さんしかいない。「案外、実現しますよ」と僕は真面目に言った。

　「そうかなー、そんな目があるかな」と井脇さん。「ありますよ」と僕は断言した。「もしそうなったら、鈴木君にも手助けしてもらわにゃならんな」と言う。確か、井脇さんは僕より４歳ほど若い。学生運動の後輩だ。それなのに、学生の時から、僕は「鈴木君！」と呼ばれている。迫力で負けている。

　「選挙の手伝いとか、演説原稿の下書きとか、出来ることはしますよ」と言った。「いや、そんなことじゃないんだ。大臣のポストを一つ、やってほしいんや」。「えっ、マジっすか？」と若者言葉で反応しちゃった。「そんな、いいですよ」と言ったら、「せっかくだから、一つもらったら」と隣の木村三浩氏が言う（この日、木村氏と永田町を歩いていたら偶然、井脇さんに会った。「あとで議員会館に来なよ」と言われてお邪魔したのだ）。

　「もらう」といっても、お菓子をもらうのとは違う。躊躇していたら、「あまり遠慮するのも悪いですよ」と木村氏が言う。「遠慮」じゃないんだけどな。でも、せっかくだからと思い、「じゃ、法務大臣を下さい」と言った。「そうか、そうか。分かった」と井脇さんは上機嫌だ。

　法務大臣になったら何をしようかな、と考えた。まず、死刑を廃止する。政治犯は全て釈放する。日本赤軍の重信房子さんを懲役２０年にするなんて、「国家の損失」だ。釈放して、アラブ大使にする。同じく、日本赤軍の丸岡修、和光晴生さんは無期懲役だが、釈放し、国のために働いてもらう。教育現場でもいいな。北朝鮮にいる「よど号」グループも、無罪帰国させる。他の政治犯もすべて釈放する。大学では、「学生運動」の授業を必修化する。理論だけでなく、実習もやらせる。ビラをガリ版で刷って、撒く。立て看板をつくる。デモをやる。その実習をやらないと単位をあげない。いいねー。左翼や右翼を大学で「養殖」し、増やすのだ。

　夢が広がる。でも法務大臣の権限で死刑を廃止できるのかな。ハンコを押さないで「停止」状態にはできる。廃止だったら法律が必要だ。でも、そのイニシアティブは取れる。まず、超党派で「死刑廃止議員連盟」を作り、そこで法案をまとめるか。 　ここで、ハッと我に返った。いけない。夢のまた夢の話だ。それなのに、井脇内閣の法相になり切って考えていたよ。

　大本教の話を思い出した。不敬罪で徹底的に弾圧された宗教だ。この世の「立て替え」を主張していた。この日本をひっくり返す陰謀があると思われた。実際その気があったと言う人もいる。「いや、大本の出口王仁三郎は全世界を大本のものにしようとした」と言う人もいる。途方もない夢物語だ。「生長の家」をつくった谷口雅春総裁は、かつて大本にいた。ある日、出口に囁かれたそうだ。「この世界は我々のものになる。谷口君はどこが欲しいか？　オーストラリアか。アフリカか？」。凄い話だ。法務大臣どころではない。

　赤軍派議長だった塩見孝也さんに聞いた話だが、１９７０年にこの日本を革命し、成功したら、今の「ブルジョア憲法」を廃棄して、「人民憲法」を作るつもりだった、という。９条なんか棄てちゃって、「赤軍」をつくるのだ。徴兵制を敷き、１億２千万の日本人が全て「赤軍派」になるのだ。これも凄い話だ。そのあたりの「日本革命」計画について書いた本を何冊か読んだ。天皇制を廃止して、大統領制にする。初代大統領は塩見孝也さんだ。でも、他のポストをどうするかで、もめていた。これだって、夢のまた夢の話なのに、大臣のイスを争って各派でもめた。又、日本をいくつかに分けて分割統治する案もあった。前之園紀男さんという赤軍派の幹部がいる。前之園さんがこのとき、「じゃ、僕に九州を下さい」と言った。何と、それが幹部会で了承されたという。前之園さんは鹿児島の出身だ。だから九州がほしかったのだろう。九州をもらって大喜びだったという。しかし、空しい。全くリアリティのない夢で喜び、あるいは大臣のポストの取り合いで喧嘩している。それに比べたら、僕の法務大臣の方が現実性があるかもしれない。その時は９条はこのままにしておく。だから、安心して下さいましな。