鈴木邦男の愛国問答

　「スイカに塩をかけると甘くなるんだよ」と子供の頃、母親に言われた。「嘘だーい！」と言って、わざと砂糖をかけて食ってやった。でも、あるいは本当かもしれないと最近は思う。舌が騙されているのか。いや〈敵〉の出現で己が使命に目覚め、スイカが全力をふりしぼって甘さを発揮させるのだ。自衛本能だ。いや、闘争本能だ。

　さて、これからは右翼も左翼もなくなる。１００％ピュアーな右翼や左翼なんていない。そんなパーフェクトな人間はいない。個人の中に、右翼度何％、左翼度何％という形で残る。それだけだ。僕は、今では「右翼度３０％、左翼度７０％」位だと思っている。毎日、思想的基礎体温を計っているから分かる。
　四捨五入したら完全な左翼だ。それなのに、いつまでも〈右翼〉といわれ、罵られている。
　そんな僕なのに、今、この「マガジン９条」に原稿を書こうとしたら、何と、「右翼度」が９５％にまで急上昇した。一体どうしたことだ。塩に出会ったスイカだ。仕方がない。右だけアップテンポのまま続けよう。

　映画『靖国』は、反日映画だ。けしからん。中国人が監督だ。これも反日だ。ありもしない「南京事件」の写真、映像を使っている。これも許せん。大体、虐殺なんて一切なかった。この事件の後、南京は逆に人口が増えている。（まいったな、右翼度が急上昇したので、いつもと違う）
　それに台湾や韓国の人が「祖霊を返せ！」と言っている。反日だ。また、旧日本兵やコスプレ日本兵が刀を抜き、喇叭（らっぱ）を吹いている。これも反日だ。騒々しい。「静かに眠らせてくれ」と英霊が言っているじゃないか。
　小泉も反日だ。参拝に来て、ポケットからバラ銭を出していた。それはないだろう。おまえなんか来てほしくない。誰も「首相万歳」と言って死んだ人間はいない。皆、「天皇陛下万歳」と言って死んだ。だったら天皇陛下に来てほしいのだ。来てくれないのなら天皇陛下も反・・・、いやいや違う。A級戦犯が合祀されているから嫌なのだ。だったら分祀したらいい。天皇陛下の命令だ。「忠良な臣」のA級戦犯は、皆聞くよ。追い出すのではかわいそうだから、昇格させる。新たに「A級戦犯神社」をつくる。名前がまずいな。「愛国者神社」をつくる。今や、愛国者ブームだ。皆、そっちにドッと参拝に行くよ。

　そうだ、映画『靖国』の話だ。あんな反日映画に大金を出した文化庁は反日だ。つぶす。だって、それ以外にもロクな映画に金を出してない。アニメと娯楽映画ばっかりだ。日本人の脳を溶かし、馬鹿にするものだ。何にも考えない阿呆な日本人をつくる気だ。『靖国』以上に反日だ。
　映画もテレビも皆、反日だ。だってアニメ、娯楽、お笑いだけじゃないか。反日ばかりだ。「日本精神」を教えるものがどこにあるのか。無い。反日だ。なかにはいい映画があるって？　無いよ。昔、東条英機を持ち上げた『プライド』という映画があった。最近では『明日への遺言』という映画があった。このことを言ってるんだろう。「愛国映画」だって？冗談じゃない。これも反日映画だ。大体、東条は、戦争は嫌だという天皇に逆らって戦争を強行し、負けた。戦争中は「こんな奴に任せていたら日本は滅びる」と思い、東条暗殺を計った右翼もいたほどだ。東条なんて反日だ。

　また、『明日への遺言』だ。捕虜にした米兵を正式な裁判もなく部下が処刑した。その責任を取って東海軍司令官の岡田資中将が東京裁判で殺された。直接、責任はないのに、一切の罪を引き受けて死んだ。こんな偉い軍人がいた。愛国映画だという。ちょっと待て。司令官に全て罪をなすりつけ生き延びた下手人はどうなんだ。おかしいよ。それに映画のナレーションでは、「日本は重慶を無差別爆撃し・・・」「この太平洋戦争では・・・」と言っていた。日本は無差別爆撃などしていない。また、あの戦争は「大東亜戦争」だ。閣議で決め、その名前で闘った。「太平洋戦争」なんてアメリカが後で勝手に付けた名前だ。日本兵は誰も「太平洋戦争」なんかしていない。このナレーションも反日だ。
　それに「部下の責任を取って死んでいった」というのが嫌みだ。「天皇は責任を取らなかったじゃないか」と暗に批判している。反天皇の映画だ。反日だ。

　映画それ自体がアメリカの「日本弱体化政策」の強力な武器だった。アメリカは日本が二度とアメリカに立ち向かわないように、日本を骨抜きにした。憲法を押しつけた。教育制度を変えた。歴史を捏造した。そして「三Ｓ政策」を強行した。「三Ｓ」とは、「スクリーン・セックス・スポーツ」だ。これをアメリカは押しつけて、骨抜きにした。今の日本を見たまえ。この三つを抜きにしての日本はない。なげかわしい。「三Ｓ政策」なんて本当かなと、学生時代は思った。しかし本当だ。最近、佐山サトル（初代タイガーマスク）も言い出している。でも、お前だって「スポーツ」じゃないか。プロレスは違うのか。いや、アメリカから来たものだ。じゃ、プロレスも、佐山も反日だ。佐山は自己批判を込めて言っているのかもしれないが、手遅れだ。

　アメリカが押しつけた映画だけじゃない。アメリカ映画を見習った日本映画もみな、反日だ。日本弱体化だ。それに、パソコンも携帯も反日だ。本も読まない。日本の文化・伝統も知らない。こんな奴らはみな、反日だ。明治時代、神風連は欧化に反対して決起した。汚らわしいと言って電線の下は通らなかった。この潔癖な日本精神こそが今、求められている。パソコン、ネット、携帯を使う奴は、みな、反日だ。西欧風のマンションに住む奴も反日だ。昔ながらの長屋でいい。みやま荘でいい。車に乗る人間も反日だ。日本人はどんな時でも歩いたのだ。疲れたら駕籠（かご）を呼べばいい。

　ハッと我に返って考える。「反日」という言葉も変だった。日本の外にいて、日本を客観視している。元々、中国人が使ったのだろう。戦争中に。「抗日戦線」とか「反日」というふうに。じゃ、「反日」は、〈中国語〉か。だったら、こんな言葉を使うことも反日だ！