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マガ バンクーバー冬季オリンピックが始まったね。まあ、競技を見るのは好きだけど、どうもあの問題は愉快じゃない。
ジン ああ、スノーボードの国母和宏選手の件だな。私も、あれにはどうも釈然としない。
マガ すぐに競技参加辞退とかいう話になってしまう。別に彼が何か問題を起したわけでもないだろうに。
ジン つまり「国母選手の服装や態度が、日の丸を背負った国の代表選手としてはふさわしくない」ということなんだろう。でもね、オリンピックの本来の精神は、国家間の闘いではなかったはず。むしろ、国家間の紛争さえオリンピック期間中は停止する、というほどの、すべての個人に平等に開かれた場であったはずなんだ。それが、いつの間にか、国威発揚、愛国心の発露の場になってしまった。
マガ そうなると、「日の丸にふさわしくない」とか「君が代をきちんと歌っていない」とかいう妙なあら捜し的な言動が飛び交うようになる。
ジン 純粋に楽しむことができない雰囲気が、作り上げられているような気がするなあ。
マガ あの国母選手のスタイルっていうのは、僕もあまり好きじゃないけど、だからといって記者会見でとっちめたり、競技参加辞退を迫るほどのことなのかなあ。制服や一律に規制されることが嫌い、という個人的な感覚が許せないのかもしれないね。
ジン 朝青龍騒動のときの感じと、よく似ているような気がする。規格から外れたものをとにかく排除しようとする論理。嫌だねえ。それがこのところ、露骨になってきたような気がする。「ロコツ、露骨は嫌ですねえ…」と言ったのは、作家の故・山口瞳さんじゃなかったかな。
マガ 規格にきちんと嵌っていなければならないことも、もちろんあるけどね。例えば自動車。こんなのが規格外のパーツを使っていたりしたら大変なことになる。
ジン ほほう、話をそうつなげたか(笑)。トヨタ問題、これはなかなか深刻みたいだね。日本が誇りとしてきたものの大きなひとつが、いまや危機に瀕していると言っていいのかもしれない。とにかく、問題が発覚してからの対応に問題があったみたいだね。トヨタほどの超巨大企業であれば、リスク・マネージメント、つまり危機管理は日頃からそうとうきちんと行われていたはずなのに、今回はなんだか後手後手に回っている。
マガ なんで、こんなに対応が遅れたんだろう?
ジン 現社長は豊田章男氏という。彼は、トヨタの創業者である豊田佐吉翁の直系のひ孫にあたる。つまり、トヨタにとってはどうしても守らなければいけない創業家一族の血を継ぐプリンスだった。トヨタ自動車は、第8代社長が奥田碩氏、9代張富士夫氏、10代渡辺捷昭氏と、3代続けて創業家以外から社長が出ていたんだけど、ようやく創業家直系の豊田章男氏が、第11代目の社長として登場した。このところ、プリウスなどのハイブリッドカーが絶好調、そこでいい機会を選んで、満を持して登場したのが豊田家の章男氏だったというわけだ。そんな創業家出身の社長に泥をかぶせてはいけない、という意識が働いたのではないかと言われているんだ。
マガ なるほど、批判の場に血統書つきのプリンスを晒したくない、という会社の忠臣たちの意思が働いた、というわけね。
ジン そういうことだろうな。アメリカでのトヨタ批判は、すでに形を変えた“ジャパン・バッシング”の色合いを深めている。豊田彰男社長はアメリカ議会の公聴会へ出席せざるを得ない状況らしいけど、なんとかトヨタ批判を食い止めようと必死だね。
マガ そのトヨタに煽られるように、ホンダや日産、スズキなどもリコール情報を発した。
ジン うん、トヨタの例を他山の石とした、という感じなのかな。
マガ 企業のことで言えば、サントリーとキリンの統合合併話が、突然、決裂してしまったね。何が起こったんだろう? 世界最大の飲料メーカーが誕生か、なんて言われていたのに。
ジン 合併比率の問題が合意できなかったみたいだね。
マガ どういうこと?
ジン つまり、どちらがどれほどの株を持つのか、ということ。キリン側は、キリン100に対しサントリー50を提案したが、これに対しサントリー側は猛反発してついに決裂、というなんだかお粗末な結末。
マガ 会社の規模からいえば、ちょっとサントリーが少なすぎる?
ジン ここにも、創業家の問題が絡んでくる。サントリーは創業家が株の大部分を保有するオーナー会社で非上場。それに対し、キリンはもちろん一部上場会社だ。もし合併が成立した場合、株主総会で全体株の3分の1以上を保有していれば、拒否権を行使できる。しかし、キリン100、サントリー50では、サントリー創業家側が新会社の全株数の3分の1を握ることは不可能だ。
マガ ははあ、なるほど。キリン側は、サントリー創業家が新会社を事実上牛耳ることを阻止するためには、株数比率は譲れないと考えたわけだね。
ジン そういうことらしい。このあたりにも、日本型の企業経営のスタイルの問題が露呈している。創業者の子孫たちが、いつまで会社のトップに立ち続けるのか、そして、果たしてそれは企業にとってどんな利益をもたらすか。さらに言えば、そこで働く労働者たちにとって、どちらが労働環境としてはいいと言えるのか。
マガ うーん、それは難しい問題だなあ。だって、この数年の派遣切りやそれに伴う“派遣村”などというのは、まずトヨタの臨時工や期間工、それに派遣社員たちのリストラに名を借りた“雇い止め”から始まったようなものだったものね。
ジン 会社というもののあり方が問われる一連の動きだったと思う。
マガ このあたりで、少しゆっくりしていいんじゃないか、という意見が出てきてもいいけどなあ。「とにかく頑張れ、懸命に生きれば結果はついてくる」的な行き方に、ちょっとブレーキをかけてもいい。
ジン それは、勝間和代さんと香山リカさんの論争にも似ている。『勝間さん、努力で幸せになれますか』(勝間・香山著、朝日新聞出版)がその直接対決の本だけど。
マガ 読んだ?
ジン はい、読みましたよ。でも、そうとう物足りなかったな。これではカツマーもアンチ・カツマーも、なんだかはぐらかされたような気分になるんじゃないかなあ。
マガ ふーん、では僕もちょっとだけ立ち読みしてみようかな(笑)。でもさ、ゆっくりした行き方ということで言えば、見逃せないことがある。
ジン ほう、それは?
マガ 高速増殖炉の原型炉「もんじゅ」が、この3月に運転を再開する予定になってしまった…。
ジン あれは、例のナトリウム爆発炎上事故を起こしてずいぶん長い間運転休止に追い込まれていたんじゃなかったっけ?
マガ そうですよ。これも、原発銀座と呼ばれる福井県敦賀市にあるんだけど、1995年12月に冷却材として使用されているナトリウムが漏洩、大規模な火災を引き起こした。その事故発表の過程で、当時の運転母体である動燃(旧動力炉・核燃料開発事業団→2005年に日本原子力研究開発機構に再編)が、次々と虚偽の事実を公表したり、事実隠蔽を図ったりしたことが判明、強い批判を浴びたんだ。そのため運転を停止、それから14年間も再開できなかったという、いわくつきの原子炉なんだ。何しろ、普通の原発では水を使う冷却材に、とても制御の難しいナトリウムを使用している。これが厄介なんだ。
ジン そもそも、高速増殖炉ってどんなものなのかね。
マガ 燃料のプルトニウムに高速中性子を発射して核分裂を促し、ウラン238を燃えやすいプルトニウム239に変える。理論上は、このプルトニウムをさらに燃料として使えるため、運転すればするほど燃料が増えるという。つまり「高速増殖炉」という名称はそこから来ている。ウラン資源の少ない日本にとっては、使った分の100倍以上もの燃料が得られる「夢の原子炉」と言われて、1970年代から計画が立てられ、1985年に着工、1991年に試運転開始、95年8月に初の発電に成功。ところがさっき言ったように、発電4ヵ月後にはナトリウム火災事故を起こして運転停止に追い込まれた、というのがその歴史なんだ。
ジン その経緯を聞くと、なんだか心配になるな。
マガ このもんじゅの建設費用は、これまでに9千億円がつぎ込まれている。周辺対策費などを含めると1兆円はかかっているだろう。しかも、これから続くのはまだまだ“研究”であって、商業運転炉につなげられるのは、当事者の原子力研究開発機構でさえ「2050年をめどに」と言っているほどなんだ。その上、これからも少なくとも年間180億円ほどの運転費用が必要だと言われている。まあ、こういう事業の見通しというのは、費用が当初の見込みより大きく膨らむのは、あの八ッ場ダムの例を見てもよく分かるよね。したがって、実際にこれから2050年までにいくら費用が嵩むのか、まったく分からないし、ほんとうに50年までに完成できる保証なんかどこにもないんだ。
ジン とすれば、たとえ50年までにできたとしても、それまでに要する費用は最低でも7千億円を超える計算になるな、うーむ。
マガ それにこの「もんじゅ」は、データ取得のための実験炉に過ぎない。これで得たデータをもとに、新しい実証炉、さらにそれに基づいた商用炉を造らなければ実用にはならないわけだよね。その上、この「もんじゅ」の廃炉費用だってバカにならない。最低でも2千億円はかかるだろうと言われている。
ジン そりゃ凄い。そうなると、合計でいくらになるか、見当もつかないじゃないか。「もんじゅ」だけでも、ざっと見積もって最低でもあと1兆円か。それにさらに新しい実証炉や商用炉の建設費用を足せば、2兆円どころか3兆円にもなりかねないぞ。
マガ ね、やっぱりおかしいでしょ? そんなにしてまで、こんなろくに制御技術も確立していないようなナトリウムを使って高速増殖炉なるものを作る必要があると思う? 僕はそれだけの金があるのなら、自然エネルギー開発費に振り向けるべきだと思う。環境対策から言ったって、そのほうが時代に即していると思うんだけどね。
ジン うん、そのとおりだ。政府は歳入減少で、思うような予算作りができないと四苦八苦の状態だ。ならば、そういうところの“事業仕分け”こそ大切だろう。
マガ もちろん、新技術の開発は大切なことだとは思うけど、ほんとうに原子力発電というものが、その安全性から言っても新技術開発の名に価するのかどうか、もっとよく考えてほしい。このコラムでも何度か繰り返したけど、特に地震国日本において、その安全性は何よりも優先しなければならないと思うんだけど、どうも政府も電力会社もその点を蔑ろにしているような気がして仕方ない。
ジン 東海大地震の震源のど真ん中に建つと言われる静岡県浜岡原発の差し止めもかなわなかったし、さらに増設するとも言う。もし、東海大地震が起きて、柏崎刈羽原発以上の大災害で放射能汚染が全国に広がったら、いったい誰が責任を取るのか。君は原発問題には詳しいから、これからもしっかりとウォッチを続けて、何かがあったら、すぐに知らせてほしいな。
マガ うん、それはこれからも続けていくつもりだよ。
ジン というところで、今回は終了。そして、お知らせ。ふたりでこうして、ほぼ1年弱、話し続けてきたけれど、今回をもって「コラムリコラム」の最終回としたい。
マガ そうね。「マガジン9条」は、2005年3月に開始された週刊ウェブマガジンだから、再来週からとうとう6年目に入るというわけだね。よく続いている。立派ですっ!
ジン 6年目突入を機に、「マガジン9条」は、かなりのイメージチェンジを図る、ということが編集スタッフの編集会議で決まったようだ。そこで、このコラムも一応のお役目御免というわけだね。
マガ どんな新しい装いになるかは知らないけれど、楽しみだねえ。僕たちの、日本国憲法、中でもその9条の精神を生かしていきたいという思いは、新しい形になっても受け継がれていくはずだ。だから僕も、また何かの形で協力して行きたいと思っています。
ジン 私も、協力は惜しまないよ。またこの誌面で読者のみなさんにお会いできるまで、では、しばしのお別れを。
マガ 長い間のご愛読、ありがとうございました。
ジン そして、こんな場を与えてくれた「マガジン9条」スタッフの方たちにも、ありがとう!
(放光院+α)
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