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ジン 2週前に、このコラムで新聞のことを取り上げたね。今回は、出版界の状況を少し話してみたいんだけど。
マガ 出版業界も、新聞業界に輪をかけた不況らしいね。
ジン そうなんだ。出版科学研究所というところが、毎年、出版に関するいろいろな統計や分析を発表しているんだけど、それによると、今年2009年には、ついに書籍・雑誌を含めた全出版物の売り上げが、2兆円を割り込む見通しになったそうだ。
マガ 2兆円といえば、すごい金額だと思うけど。
ジン いや、実はこの2兆円割れは、そうとうシビアな数字なんだ。1989年に出版物の販売総額が2兆円に達して、その後はずっと2兆円台をキープしてきた。1996年に過去最高の2兆6500億円を記録したんだけど、それ以来、ずっと右肩下がりの低成長業種になってしまった。
マガ つまり、もう13年間、売り上げは減り続けているというわけ?
ジン そう。この13年間で、なんと6500億円以上も売り上げが減っているということになる。出版界には「出版と豆腐の売り上げはほぼ同じ」という言い方があって、約2兆円がその目安だったんだ。それがとうとう2兆円割れで、豆腐業界にも抜かれてしまった。いや、実際は豆腐の売り上げがどのくらいだか、私は知らないんだけどね。
マガ 出版というのは、かなり大きな産業だと思っていたけど、そうでもないんだね。
ジン 規模は、イメージよりはうんと小さい。しかも他業界と同じで、出版界も寡占化が進んでいる。
マガ 大手出版社と中小出版社の格差が激しいということね。
ジン 出版社数は長い間、全国で約4千社と言われてきた。しかし、ここも例に漏れず不況の波をかぶって、出版ニュース社というところの発表によると、2009年3月には、30年ぶりに4千社を割り込んだという。ただし、小出版社の実態はあまり明らかじゃない。なにしろ、「ひとり出版社」と言われるように、本当にひとりでコツコツと本を出し続けている出版社もあるし、名前は残っているものの実際の出版活動を停止してしまっているという例も多いんだ。
マガ まあ、デスクひとつ、電話とパソコンを使ってひとりで出版の仕事している人を、僕も知っている。それでも出版はできるんだね。
ジン そうだね。出版は他産業と違って、設備投資のほとんどいらない業種。編集者がひとりいれば、著者と連絡を取って原稿を入手し、デザインから校閲、印刷、製本まで、すべて外部発注で書籍は作ることができる。そこが他業種と大きく違うところだ。しかも、1点ベストセラーを出せれば、かなり利益は大きい。ある意味で、水商売的なリスクもある。最近では、その最も典型的な例が『ハリー・ポッター』シリーズの静山社だろう。松岡幸雄さんという方が経営していた小さな出版社だったけど、その方が亡くなり奥さんの松岡佑子さんが後を引き継ぎ、あの大ベストセラーを産み出した。この例は稀有なものだけど、1点のベストセラーで社屋が建った、なんて例もかつてはあったんだ。
マガ ああ、小学館がマンガ『オバケのQ太郎』の大ヒット後に社屋を新築したので「オバQビル」なんて呼ばれていた、なんて聞いたことがあるよ。
ジン その小学館と講談社、集英社が大手3社と呼ばれている。しかし大手とは言っても、社員数は1000人に届かない。800~1000人くらいだろうね。つまり、他業種の大手とは企業規模がまったく違うんだ。数万人の従業員を抱えるような製造業とは、とても比較できない。他に、学研やベネッセという出版社は1000人を超す従業員を抱えているけど、これらは受験用の模擬試験など出版以外の仕事も行っているから、普通の出版社とは同一視できないんだ。
マガ それでもその3社が、出版界では飛び抜けているわけだね。
ジン そう。3社で全出版社の売り上げの20~25%を占めている。特にこの3社の強みは、漫画・コミックスの売り上げが大きいことだ。
マガ そういえば、集英社の『ONE PIECE』第56巻が、初版285万部に達した、なんていうとてつもないニュースもあった。それなら、こういう漫画に強い大手出版社は安泰じゃないの?
ジン そうはいかない。そのコミックスを産み出す元である漫画雑誌そのものの売り上げが激減しているんだ。例えば『週刊少年ジャンプ』は、1980年代には650万部という途方もない発行部数を記録した。それが現在では半分以下。『週刊少年マガジン』や『週刊少年サンデー』も同じような傾向にある。その連載漫画をコミック化してなんとかしのいでいる、というのが現状じゃないかな。事実、近年は3社とも減収減益だそうだ。最盛期にはそれぞれが1800~2000億円ほどの売り上げを誇っていたのが、現在では1000~1200億円ほどまで落ち込んでいるという。
マガ そういえば、最近は電車の中で漫画雑誌を読んでいる人がめっきり減ってしまったものね。みんな携帯でメールを打ったり何かのサイトを見たりしている。
ジン そうだろ? そこで各社は、携帯サイトへの漫画配信などに積極的に乗り出している。しかし、これはリスクも伴う。本業である出版物そのものの売り上げに影響が出始めているというからね。
マガ 漫画以外の雑誌も、あまり元気がないみたいだね。
ジン そこがまたキツイ。雑誌の売り上げは、2009年には前年比4%以上の減少だそうだ。それを示すのが、休刊や廃刊の雑誌がとても多いことだ。昨年は『現代』(講談社)『論座』(朝日新聞出版)『月刊PLAYBOY』(集英社)などが、相次いで休刊してしまった。
マガ 僕の友人のライターさんは「書かせてもらっていた雑誌が、3誌とも休刊してしまった。これは“雇い止め”ですよ。ぼくも年越し派遣村に並ばなきゃいけないかも」なんて嘆いていた。働く場がなくなってしまったんだから。
ジン 一時とても元気がよかった右派系雑誌も、軒並み部数を落としている。その中で今年は『諸君!』(文藝春秋)がとうとう休刊してしまった。支持していた若者層が、底の見えない不況の中で、「どうも右翼的主張は、我々を救ってはくれないようだ」という認識を持ち始めたからだという指摘もある。それを示すように、これまで労働組合には反感を持っていた若年層が組合に参加し始めて、組合の組織率が34年ぶりに増加に転じたとのニュースもあった。若者の右翼離れという現象だね。
マガ 他の雑誌はどうなの?
ジン 女性誌各誌も大幅な落ち込みなんだ。かつては100万部以上を誇った『ノンノ』(集英社)なども、いまや30万部前後。女性誌の中では『sweet』(宝島社)がひとり勝ち状態らしいけど、それはかなり高価な付録の効果だと言われている。付録による“お徳感”がないと、雑誌も売れない時代。ここにも不況の影響が顕著なんだ。
マガ 週刊誌は、車内吊りや新聞広告を見る限り、まだ頑張っているように思えるけど。
ジン いや、これも軒並み部数減だね。特に男性週刊誌の落ち込みが激しい。日本雑誌協会(雑協)の調べによると、2009年7月~9月の平均発行部数は『週刊文春』(文藝春秋)が75万部、『週刊新潮』(新潮社)は65万部、『週刊現代』(講談社)『週刊ポスト』(小学館)は47万部前後、『週刊プレイボーイ』(集英社)が30万部、新聞社系の『週刊朝日』(朝日新聞出版)が26万部、『サンデー毎日』(毎日新聞社)に至っては12万部という惨状だ。昨年同期比で10~20%ほど部数を落としている。しかもこれはあくまで発行部数。売り上げはその80%あれば成功だとされているから、実際はもっとひどいことになるね。
マガ うーむ、いい材料は何もなしか。
ジン 厳しいのは出版社だけじゃない。特に雑誌は、社員編集者だけではとうてい作れない。大きな週刊誌になれば、社員編集者と同じ人数か社員よりも多いくらいのフリーランス記者を抱えていた。そうしなければ、毎週作ることができないんだ。社員編集者ひとりが数人のフリー記者に指示を出して1本の記事をまとめ上げる、というのが普通だったんだ。ところがこの出版不況で、まず取材費の削減が行われ、金と時間を投入した記事作りが不可能になってきた。そして更に、そのフリー記者たちのリストラまで始まってしまった。ある大手週刊誌では、最盛期に50名ほどいたフリー記者が現在では20名まで減らされたという。これではとても、信憑性のあるスクープ記事はものにできない。
マガ なるほど。真相に迫るには人手と時間と資金が必要だものね。それがなくなれば、必然的にスクープ記事は減る。そこでお手軽なスキャンダル記事が増えていく、という悪循環になるわけだね。
ジン ところが、そのスキャンダル記事だって、重要な政治家などについては、以前のようには書けなくなってしまった。
マガ どうして? 今までやっていたのに。
ジン 裁判だよ。かつては名誉毀損とかプライバシー侵害などで訴えられて出版社側が敗訴しても、賠償金は数十万円というのが相場だった。ところがこのところの判決では、数百万円から場合によっては数千万円の賠償を命じられることも多くなってきた。これでは、いかに大手出版社といえども、うかつな記事は書けなくなる。よほど正確な証拠を揃えた記事作りをしなければならない。しかし、金と人手が足りない。そうなると、きちんとした裏付け取材なしの記事を掲載してしまうことになる。これが裁判で敗訴するリスクを背負う原因になる。そのため雑誌側も、大物タレントや政治家などには手を出しにくくなるという悪循環に陥る。まあ、スキャンダル報道の是非はここでは論じないけれど、この状況のままでいいのか、という疑問は残る。新聞やテレビがほとんど触れない政治家の闇の部分を多く暴いてきたのは、やはり雑誌の力だったからね。時には、宇野宗佑元首相の女性スキャンダルのように、政権を倒した報道だってあったんだ。
マガ そうなると、あまり提訴なんかしそうもない弱い立場の人間のスキャンダル記事に走るようになるっていうわけだね。
ジン その通り。例えば、標的は弱小プロダクションの所属タレントや、一般人ということになる。同じ傾向はテレビにも言えるね。テレビも不況のあおりでリストラに走っており、スタッフ削減や大物司会者の自社アナウンサーへの交代などが相次いでいる。取材力が落ちてきていることは否めない。
マガ うん、そういう意味でどうも違和感があるのは、埼玉や鳥取で周辺の男性が次々と不審な死を遂げている、と報道されている女性のことなんだ。このふたりの女性は詐欺罪で逮捕されているのに、週刊誌やテレビのワイドショー報道は“不審死”のことしか取り上げない。だからテレビなんかは、いまだに実名報道をしない。実名を出さないにもかかわらず、本来の詐欺事件ではなく、不審死ばかりを伝える。“別件逮捕”ならぬ“別件報道”だよね。無名の人間をターゲットにする。これなどは、週刊誌やテレビの取材力の劣化によるものなんだろうね。
ジン そこが悪循環なんだ。スタッフと取材費が削減される。しかし、記事は毎週書かなければならない。勢い、かなり怪しげな、裏を取らない情報までもが誌面に載ることになる。裏取り、つまり情報の真偽を追加取材で確認するというのが取材の常道だったのに、それがいつの間にかないがしろにされ始めている。しかも、経費削減のためかどうか分からないが、テレビではいまや「新聞や週刊誌の記事を紹介するコーナー」というのが大流行だ。これは、「他メディアの記事を紹介しただけで、ウチには責任はありませんよ」というエクスキューズに過ぎない。いわゆる「人の褌で相撲をとる」というヤツだね。つまり、メディア自体が総体としてもたれ合いで劣化し始めているということだと思う。
マガ 新聞の力が弱まっている、と話したばかりだったけど、雑誌やテレビも力を失い始めているとなると、メディア状況としてはかなり危険だね。
ジン 雑誌だけではなく、単行本の落ち込みも激しい。ベストセラー・リストを見ると、上位にきているのは、ゲーム攻略本、ダイエット本、タレント本、宗教教祖本などばかり。それらはほとんどが一過性で、ロングセラーにはならない。出版社は、2匹目や3匹目のドジョウを狙って、ちょっと売れる本が出ると、それと同じような傾向の本ばかりを次々に出し続ける。その結果、書店の店頭には似たような本ばかりが溢れ、良質な本は書店の平台には置いてもらえず、返品の山。小部数の本を長い時間をかけて売り続けようとする小出版社の本は、小さい書店では完全に店頭から消えている。溜め息ばかりが聞こえる現状だよ。
マガ 息長く、いい本を売り続けようとする姿勢の小書店も少なくなってしまったわけだ。
ジン 2008年は5点あったミリオンセラーが、今年は『1Q84』(村上春樹、新潮社)、『読めそうで読めない間違いやすい漢字』(出口宗和、二見書房)の2点のみ。出版社はいまや、生き残りをかけて業態すべての洗い直しに入っているよ。
マガ 活字好きの人間としては、なんとも切ない話だなあ。それでも僕は、素敵な本に出会うために、書店へ出かける。本は実際に手にとって開いてみなきゃその良さは分からない。本の匂いをかがなくちゃね。よっぽど手に入らない本をのぞいては、僕はネット書店ではなくリアル書店で本を買うよ、これからも。探していた本じゃないけれど、アッという運命的な本との出会いも実際の店頭ではあるからね。そういう楽しさは、ネット書店ではなかなか味わえない。本屋さんへ行こうよ!
ジン 私は仕事柄、手に入りにくい本や古書も必要だから、ネット書店はけっこう利用しているよ。それに、本屋さんがない地区やたくさんの本を扱えない小書店しかない地方も多い。だから、うまく両方を使い分けるのが、いちばん賢い方法じゃないかな。
マガ うん、それもそうだね。その線でいきましょう。
(放光院+α)
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