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「マガ」と「ジン」のコラムリコラム
第19回:東京敗退、裏の情報戦

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マガ 正直言って、ほっとしたね。

ジン オリンピックの話?

マガ そう。東京へのオリンピック招致、どう考えても僕には納得いかなかったんだ。結局、リオデジャネイロに落ち着いた。順当な結果だと思うな。投票ではシカゴが最初に脱落、2回目で東京が落選、というところに、いまの世界の一般的な考え方や感情が強く表れていたような気がする。

ジン そう。シカゴが最初に落ちた。これはイラク、アフガニスタンと続く“アメリカによる戦争”を、世界がどう見ているかをはっきり示している。なにせ、94票中たった18票。それもオバマ大統領を送り込んでの大惨敗だ。もちろん、惨敗の原因の多くはブッシュ前大統領にあるだろうけど、アフガン戦争の泥沼化には、オバマ大統領の政策の誤りもある。そこをIOCの選考委員たちも、敏感に察知していたんだと思うよ。

マガ 東京も、同じように見られていたのかな。

ジン 現鳩山内閣の責任じゃないけど、これまでずっとアメリカ追従でやってきた日本の外交政策が、世界からどう見られていたかの表れだろう。

マガ オリンピックは “平和の祭典”などと言われるけど、先週の「マガ9・スポーツコラムNo.12」がとても的確に指摘していたように、オリンピックと政治は、切っても切れないほど密接に結びついているよね。

ジン うん。だから施設や環境などはもちろんだけど、それ以上にある種の政治性が、開催地決定を左右するんだ。その意味で、「東京が落選するのは必然だった」と言われている。これは後付けの結果論じゃなくて、取材に当たった多くのジャーナリストたちの感触だったそうだよ。

マガ 必然的な落選? それはどういうことなの?

ジン 確かに環境面や技術面では東京は優れていた。だから、予備審査の段階では割合に高く評価されていた。しかしその後、本選に入ってからは、さまざまな情報が飛び交って、それが最終的な結果に反映した、ということらしい。

マガ さまざまな情報というと?

ジン 結局は、主催都市のリーダーの資質の問題だったということ。実は、石原慎太郎東京都知事のこれまでの言動に関する情報が、ずいぶん流され、それが最終段階に至って、投票にそうとう影響したというんだ。

マガ ふーん、石原都知事の言動が…。

ジン 石原都知事がこれまで、多くの問題発言を繰り返してきたことは有名だよね。それが日本国内の問題についての暴言ならば、あまり国際的な反響はなかっただろうけど、人種差別的発言や他国への誹謗とも受け取られかねない発言も多かった。
例えば「不法入国した多くの三国人、外国人たちが凶悪な犯罪を繰り返している。大災害時には彼らによる騒擾事件さえ想定される」とか「中国人には犯罪者のDNA が組み込まれている」、あげくに「中国とアメリカが戦争すれば、人の命をなんとも思わない中国の人海戦術でアメリカは負けるだろう」。そして、アジア蔑視だけにとどまらず「フランス語は数を勘定できない言葉だから、国際語としては失格している」などという発言もあった。さらにひどいことに、北朝鮮による拉致問題に関連して外務省田中均審議官(当時)宅に発火物が仕掛けられた事件に際し、「爆弾を仕掛けられて当たり前の話だ」と、まるでテロリズムを肯定するような発言までしていた。

マガ それらの発言が、今回の結果に影響してしまったということなの?

ジン かなりの影響があったというのは間違いなさそうだよ。実は、投票権を持つIOC委員たちに、ひそかにそういう情報が流されていたという。委員たちは、アスリート出身者が多いけれど、国際政治にはとても敏感だ。国家を代表している、という矜持も持っている。したがって、世界の政治状況をかなり綿密に分析し、自国の政府と慎重に相談した上で投票する。

マガ 政治とスポーツは切り離せない。「マガ9スポーツコラム」の指摘どおりだね。

ジン かつては、立候補している都市の国から、さまざまな接待や金銭が選考委員に対して乱れ飛ぶ、という弊害があった。そこで、最近は腐敗を一掃しようと、接待や金銭的なもてなしは一切禁止となった。金銭で票が買えなくなった以上、最も大きく投票行動を左右するのは情報だ。というわけで、立候補都市が情報戦に力を入れる。そうなれば、他都市を蹴落とすために、対抗都市のネガティブ情報を、委員たちに耳打ちするのは当然だ。

マガ なるほど。オリンピックは、すべての人種を超えた平和の祭典であるはずなのに、その開催候補都市の代表者が“レイシズム(人種差別主義)”的な考えを持っている、との情報を流されれば、これは決定的に不利になるよね。

ジン 石原知事は落選後の会見で「この選挙には、スポーツとは関係のない“見えない力学”が働いている」と語っていたけど、実はその“見えない力学”こそ、これまでの自らの言動に由来するものだった、ということなんだ。

マガ つまり、一番の敗因は、石原慎太郎都知事ご本人にあった、ということか。

ジン 一番かどうかは分からないが、かなり大きなウェイトを占めたことは間違いないだろうね。

マガ そういうことを、知事自身も理解してるんだろうか?

ジン それはどうかな。彼がイエスマンばかりを側近にして、厳しい言葉は一切受け付けない、いわば“裸の王様”状態にあるのはすでに有名だ。イエスマン側近たちが、こういう耳に痛い情報を知事にまで上げていたかどうか。あまり届いてはいないだろうな。聞く耳を持っているとも思えないしね。石原知事はこの9月30日が77歳の誕生日だった。ご高齢だよね。都庁内では“老害”という言葉さえささやかれ始めているよ。

マガ 記者会見で「今回の結果を受けて辞任するということは、絶対にない」と言い切っていたけど、以前には「もし開催に失敗したら、その時点で何らかの責任は取る」とはっきり言っていたはず。ずいぶんあっさりと言い分を変えてしまったね。

ジン 任期はあと1年半残っている。それまでは何とか頑張るつもり、ということだろうけど。

マガ それまで気力が持つだろうかね。なんだか言葉にも老いが感じられるような気がするんだけど。

ジン 確かに往年の迫力はない。今後、150億円ともそれ以上とも言われる招致活動費の使い道、オリンピック・メインスタジアム建設用地や選手村用地の今後の利用法、オリンピックのための積立金4千億円の行方などなど、追及される課題は山積みだよ。都議会第一党の民主党は、オリンピック招致には積極的じゃなかったから、追及も厳しくなるんじゃないかな。

マガ 他にも、たくさんの大きな問題を抱えている。

ジン そう、例の新銀行東京(別名・石原銀行)の巨額の赤字の責任問題、築地市場移転用地の汚染問題などを攻め立てられたら、都知事の座はまさに針のむしろだ。それらが議題に上がり始めれば、「うるせぇ、てめえらに何が分かる、木っ端議員どもめがっ!」とか、あの得意の口汚い捨てゼリフを吐いて、突然、都知事の座を投げ出すことも十分にあり得る。

マガ 退場の花道を、オリンピックで飾れなかったという、なんだか寂しい老残の幕切れか…。

自民再生に人材ありや

マガ 中川昭一元財務大臣の死には驚いたね。

ジン ほんとうにね。まだ56歳という若さだったのに。不眠症のための睡眠薬と、やはり酒が関係していたらしい、という報道だね。この前の選挙では「断酒宣言」までしていたけれど、酒は断てなかったらしい。それほど、落選というのがショックだったんだろう。これまで圧倒的な強さを誇ってきた選挙戦だったから、よけいショックが大きかったみたいだ。

マガ 僕などとは考え方が180度違う政治家だったけどね。それにしても、中川氏の死についてのテレビ報道はどうかと思うよ。この期に及んで、まだあの“酩酊会見”の様子を流し続けるんだから。「水に落ちた犬は打て」という言葉はあるけれど、いま現在、いったい、あの映像を流し続ける必要はあるのかね。死者を足蹴にしているようで、どうにも後味が悪い。惻隠の情というのは、テレビにはないんだろうか。

ジン 身から出た錆とはいえ、何か切ないものがある。落選後、やはり酒にすがるしかなかったのか。

マガ これで、自民党は有力な論客をひとり失った。自民党の再生はますます遠のくばかりだね。

ジン 自民党再生は、当分無理、いやほとんど不可能に近いと私は思っているけど。

マガ そうかな。世論調査などでは「自民党再生に期待する」という声が60%を越しているよ。

ジン ま、それは民主党に勝たせすぎた、というある意味での揺り戻し感情だろう。しかし、実際は自民党にはもう人材がいない。人材がいない政党が再生できるわけがない。

マガ そうはいっても、まだ両院合わせて199人の議員を抱えている大政党だよ。

ジン その199人のなかに、実際に政策を作れる人、政治思想を語れる人物がどれほどいるか。国会が始まったら、人材の払底ぶりがすぐに明らかになるだろうよ。

マガ 農業通とか文教族、防衛族議員とか、各分野に精通した議員はそれなりにまだいると思うけどな。

ジン いわゆる族議員は、確かにまだ生き残っている。しかし、彼らはその分野の業界と組み、担当省庁の官僚に政策を作らせて、そこから生まれる利権を手にしてきただけに過ぎない。きちんとした政策や法律を自分で作ったことなどほとんどないんだ。利権を分配すれば、あとは官僚がうまく差配してくれる。それが族議員の実態だったわけだ。そんな連中に野党が務まると思うかい?

マガ なるほど。国会が始まれば、自民党議員は野党として政府を追求しなければならない。それがうまくできるかどうか、ということだね。

ジン 民主党などのこれまでの野党議員は、ある問題について質問するときには、それなりの勉強をしなくてはならない。そのためにはきちんとした資料も必要になる。当然、官僚たちに資料の提供を求める。しかし、官僚たちは与党の求めには応じるが、野党議員に対しては資料提供など徹底的に拒む。だから野党議員は、自分で資料を掘り起こし、探し出し、その中身を検討し、その上で問題点を見つけ出して質問を行うことになる。

マガ 年金問題の長妻昭議員や、今回の選挙では落選してしまったけど“国会の質問王”と呼ばれた社民党の保坂展人氏などは、そういう調査の勉強家だったわけだ。

ジン 野党議員が国会で質問するときには、事前に委員会に対して「こんな内容に関して質問したい」という書類を提出するのが慣行になっている。だから政府側は、何を答えればいいのか事前に知っているんだ。

マガ それじゃ、大臣や政府側は答えを事前に用意することができるわけだ。

ジン そうだよ。だから官僚たちは、委員会開催の前夜は徹夜で大臣たちの答弁書作りに追われる。官僚たちの勤務時間が長いというのは、こんなことも原因になっていたんだ。大臣連中は野党議員の質問に対し、官僚の用意した資料を、あまり中身も知らずに読み上げ、質問の分からない部分は適当にはぐらかして切り抜ける。それがこれまでの国会審議の実態だったんだよ。

マガ そうか、ジンの言いたいことはよく分かった。つまり、民主党などの前の野党は、議員自らが問題点を発掘するという努力を重ねて質問に立った。だから、懸命に調査したり勉強したりする必要があった。それでしっかりした政策研究が自然に身についた若手議員が多い。ところが自民党など前与党議員は、族議員として省庁の官僚や業界人とばかり付き合って、政策研究を怠った。政府に入った議員たちは、質問に対する答弁書を官僚に作らせ、それを単に読み上げるだけで済ませてしまったから、政策の中身を理解して生かしていくということにはならなかった。だから、政策面や政治思想面で、自民党と民主党などの前野党との間には、そうとうな政治的能力の差が生まれてしまった。そういうわけなんだね。

ジン まさにその通り。多分、国会が始まったら分かると思うけど、自民党は民主党のスキャンダルを暴くことだけに集中して、実際の政策論はなかなか進展しないと思うよ。真っ向から政府と政策論を戦わすことのできる自民党議員は、残念ながらほとんど見当たらないからね。

マガ それではジンの言うとおり、しばらくは自民党が再生するのは難しいかもしれないな。

ジン 再生するには、きちんと政策を勉強して、政府との対立軸を政策面で示すことができる若手の人材を育てること。これしかないはずなんだけど、結局、谷垣禎一総裁を生み出したのは、森喜朗や青木幹雄、町村信孝などの旧い人たち。この連中の下で、政策論を語れる若手が育つかどうか。

マガ やっぱり、自民党再生は道遠し、かな。

(放光院+α)

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