で、やはりここは「マガジン9条」。美奈子さんが憲法九条をどう感じているか、その部分を挙げてみる。
<それでも憲法改正を急ぐことに私は反対だ。日本国民が美しい誤解をしてきたにしても、現実問題として、九条がストッパーの役目を果たしてきたところは大きい。
ただ、憲法をめぐるストーリーは変えてもいいよ。
旧来の「平和憲法ストーリー」は、護憲ナショナリズムといってもいいだろう。あるいは護憲中華思想。「世界に広めよう」の精神が、そもそも日本を暴走させた元凶であった以上、憲法を本当に大切に思うなら、「世界に広めよう」なんて大風呂敷を広げる前に、自戒の道具であることを自覚するのが先かもしれない。いつまで過去にこだわるんだという人がいるのもわかるが、負の遺産だから大切にするっていう発想もあるはずなのだ。>
ここにも「憲法を遺産に」というフレーズが出てきている。
このコラムでも何度か言及したベストセラー『憲法九条を世界遺産に』と、同じような発想を、美奈子さんもしていたのだ。
太田光さんは『憲法九条を世界遺産に』の中で、こう述べている。
「世界遺産をなぜつくるのかといえば、自分たちの愚かさを知るためだと思うんです。ひょっとすると、戦争やテロで大事なものを壊してしまうかもしれない。そんな自分たち人間の愚かさに対する疑いがないと、この発想は出てきません」
つまり、自分たちの愚かさへの自戒の念を忘れないために「九条」は必要なのだと太田さんは言うのだ。ここで、太田さんと美奈子さんの思いは重なる。私たち「マガジン9条」がこれまで主張してきたこともまた、ここに行き着く。
九条が「絶対的な善」だから残そうというのではない。
脆く危なっかしく理想的に過ぎるけれど、九条がこの国に存在することによって、いつでも私たちは「これでいいのか?」と自分を省み、私たちの国がどう進めばいいのかを繰り返し問うてみることができる。
それこそが、何にも替えがたい「憲法九条の価値」なのだ。
美奈子さん、ありがとう。
呼んでいるうちにすっかり嬉しくなって、「斎藤さん」がいつの間にか「美奈子さん」になっていた。
なれなれしくて、ごめんなさい。
とまあ、今回は本の話で終わるつもりだったが、あまりのバカバカしさに、ちょっとだけ、付け足し。
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