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今週のキイ

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 安倍晋三氏の著書『美しい国へ』(文春新書)が売れているそうだ。この本の内容に関しては「内容なんか無いよう」という親父ギャグで片付けてもよさそうだ。しばらく前の「今週のキイ選定委員会図書部」でも、かなり精密な批判の上で、そんな評価を下していた。

 先週土曜日(9月2日)放送のケーブルTV・朝日ニュースター「愛川欣也のパック・イン・ジャーナル」では、この本と『憲法九条を世界遺産に』(太田光、中沢新一著・集英社新書)が競うように売れているという話をコメンテーター川村晃司さんが紹介し「2冊の本の売れ行きが、憲法改正についての、ひとつの国民投票的な役割を果たすかもしれません」と語っていた。

 本当に、いよいよ「改憲」がはっきりと具体的な姿を現し始めたということだろう。それに対して、及び腰だった「護憲」も反撃の狼煙を上げようとしている、というような構図が見えてきた。

 そんな中、安倍氏はついに正式に自民党総裁選に出馬を表明。その出馬に際して公約政策案とでも言うべき「美しい国、日本」と題されたパンフレットを発表した。
次期首相になろうという人の公約集だ。「内容無いよう」なんてギャグで済ましてしまうわけにもいくまい。
そこで早速、友人のジャーナリストから、そのパンフの現物を送ってもらった。
読んでビックリ、見て唖然。なぜか?

 


 そんなわけで、

今週のキイ・パンフレット?「美しい、日本」

まず、ビックリ唖然の理由その1

 なんと、このパンフレット、たったの4ページ(表紙は安倍氏の顔写真でほぼ占められているから、実質的にはたったの3ページ)なのだ。さらに、そのうちの1ページは、まあ美辞麗句の宣言(?)みたいなもの。したがって、実質的な内容は、わずか2ページ。
 総裁選有力3候補とされる(実際は安倍氏の独走だが)、麻生太郎氏のパンフ「日本の底力」(28ページ)、谷垣禎一氏「『活力と信頼の国家』を創る」(24ページ)と比べても、その中身の薄さが目立つのだ。


ビックリ唖然の理由その2

 むろん、長ければいいというのではない。
 しかし、多分これは「ワンフレーズの小泉の人気」を見習い、余計なことは言わず、とにかくキャッチフレーズだけで切り抜けようという姑息な手段ではないのか。
 「そんなの邪推だ」と言われるだろう。だが、このパンフのいたるところに見られる表現には、呆れる。小泉氏のマネとしか思えない。
 例えば、こうだ。

「地方の活力なくして国の活力なし」
「成長なくして財政再建なし」
「強い日本、頼れる日本」
「政治のリーダーシップを確立」


 まさに、小泉亜流としかいえないスローガン、いつかどこかで聞いたようなフレーズではないか。

「改革なくして成長なし」と旗振り上げて、郵政民営化、道路公団民営化などを推し進め、しかし結局は名前だけの民営化、実質はかえって前より後退してしまった、という「小泉改革」からこの安倍氏はいったい何を学んだのか。何も学べなかった、いや、学ぶつもりもなかったのだろう。そのまま同じ路線を突き進もうというのだから。

 いや、ひとつだけ学んだこともある。
 派閥を無視することは、小泉氏とは違い、根性の座っていない自分にとっては不利とみての、派閥への配慮だ。結局、旧来の派閥を森氏から譲り受け、自分なりの派閥領袖政治を復活させようとするだろう。
 根っからの派閥政治家だった祖父・岸信介氏、父・安倍晋太郎氏のDNAをきちんと受け継いだ、世襲坊ちゃん政治家の面目躍如だ。


ビックリ唖然の理由その3

 さて、その政策案の中身も、きちんと見てみるとビックリするほど矛盾だらけだ。
例えば《具体的な政策》と題された中には次のように記されている。
[2]自由と規律でオープンな経済社会
(1)官と民との新たなパートナーシップの確立
 ○小さく効率的な政府の推進。民間活力フル活用。


 しかし、《政権の基本的な方向性》と名づけられた基本姿勢では堂々とこう謳っているのだ。

自由と規律の国
●民間の自律と、過度の公的援助依存体質からの脱却


 どうですか、これは。
 つまり、「小さな政府」が公的援助削減につながるということは、さすがの安倍氏も分かっている。つまり、「自律」とは「自分のことは自分で面倒みろ」ということ。「援助なんかあてにするな」なのだ。
 生活保護所帯や学童援助制度に頼らざるを得ない家庭の激増ぶりは、このところメディアでもひっきりなしに取り上げられている。それほど貧富の差、格差社会が広がりつつあるのを、政府の代表者になるべき人間が、きちんと見ていないし、むしろ見捨てる方向へ舵を切ろうというのだ。

 あのトヨタでさえ、(その下請企業が)偽装請負や外国人低賃金不正雇用などで批判されている世の中で、「民間活力」が野放しにされたときに何が起こるか、安倍氏、知った上での政策提言なのか。

 さすがにまずいと思った知恵者が裏にいたのかどうか、しきりに「再チャレンジ可能な社会」を言い立てる。
 だが、そこに書かれているのは以下の文面。

○働き方、学び方などの複線化で、多様な生き方とチャンスにあふれる日本の実現

 これほど無内容かつ冷酷な言い方もない。
「働き方の複線化」とは、何を意味するのか。
正規社員と非正規社員の格差がこれほど社会問題化している中で、「働き方の複線化」とは、すなわちフリーターやアルバイト、パート労働者の固定化を意味する以外の何物でもない。喜ぶのは誰か。


そして、 ビックリ唖然の理由その4

主張する外交で「強い日本、頼れる日本」
(1)「世界とアジアのための日米同盟」を強化させ、日米双方が「ともに汗をかく」体制を確立。経済分野でも同盟関係を強化
(2)開かれたアジアにおける強固な連帯の確立
 ○中国、韓国等近隣諸国との信頼関係の強化


 ナショナリズムを煽れるだけ煽っておいて「開かれたアジア」とは恐れ入るしかないが、靖国参拝すら「いつ参拝したか、したかしないかも明らかにしない」という「闘う政治家」が、どのような信頼関係を中国や韓国と築けるというのだろうか。見守るしかないのだが。
さらに、こうも書かれている。

(4)自由な社会の輪を世界に広げる
 ○米欧豪印など価値観を共有する国々との戦略対話を推進


 まさにアメリカ。
 「自由社会」から外れてしまう価値観の違う国、例えばイスラム諸国、今でも社会主義を国是とする(内実は違う?)中国などとは、どう付き合っていくのか、まるで視野の外なのだ。
 その上で、自国の価値観のみを絶対視して「世界の警察官」を勝手に自認するアメリカに、「日米同盟の強化」で擦り寄っていく。まさに歪(いびつ)な国際情勢認識としかいいようがない。
 価値観の違う諸国とどのように接していくか、それが外交問題の最大の課題ではないか。価値観を共有しているならば、さほどの問題もなく付き合える。価値観が違うからこそ相互理解のための外交戦略が必要なのだ。そこに触れない政策など、外交無知と謗られても仕方あるまい。


ビックリ唖然の理由その5

 そんな安倍氏が「教育改革」に乗り出すという。勘弁してほしい。

「百年の計」の教育再生をスタート
○高校、専修学校、高専等における社会ニーズにマッチした教育体制の強化


 そして、妙にキナ臭いのがこの部分の最後の文面だ。

○学校教育における社会体験活動の充実

 前段では、労働(雇用)形態にあわせた教育現場の差異化が図られる。つまり、ここからさえ、正規・非正規の差別化が始まりかねないのだ。
 しかしそれよりももっと不気味なのは、後段の「社会体験活動」なる部分。これがいわゆる「ボランティア徴兵制」につながる、と指摘する人たちもたくさんいるのだ。
どういうことか。

 大学入学には、この「ボランティア活動」を必須として義務付け、これを単位制とし、その単位を取得しなければ入学資格を認めないようにする、というのが最終的な安倍氏の構想なのだという。
 最初は個人的なボランティア活動も認められるだろう。しかし、どの活動をボランティアと認めるかはかなり難しく複雑だ。個人的に「これはボランティアだ」と主張しても、公的にそれが認められなければ大学入学資格を得られないことになる。
 したがって、公的な認定が必要となれば、それは国家が「これをやりなさい」と指定すること限られるようになるのではないか。
 それが介護施設での援助や災害地でのボランティアなどであるうちはいい。しかし、自衛隊での実習参加が単位として認められればどうなるか。 「ボランティア徴兵制」とはそういうことなのだ。

衣の下から鎧が見える。

 しかし、たった4ページのパンフレットから、こんなにも危うい像が浮かぶ。この安倍氏、やはり首相にはしたくないと思うのだ。


*パンフレット「美しい国、日本」は、こちらでダウンロードすることができます。
http://newleader.s-abe.or.jp/Members/admin/abe2006-a3.pdf/download


 最後の最後に、次のような記事が目に留まったので、紹介しておこう。
 外国が今の日本を、そして次期首相の安倍氏をどう見ているか、とても示唆的な記事だ。


9月5日毎日新聞

「安倍氏とイラン大統領 似ている」
独誌指摘「歴史修正志向で」


 [ベルリン共同]4日発売のドイツ有力週刊誌シュピーゲルは、小泉純一郎首相による靖国神社参拝に関する記事を掲載。この中で安倍晋三官房長官が歴史家による東京裁判研究が必要との立場を取っており、ホロコースト(ユダヤ人大量虐殺)を「神話」と呼んだイランのアフマディネジャド大統領と「歴史修正志向の点で似ている」と指摘した。
 同誌は「専門家によるホロコースト研究が必要だ」との大統領発言との類似性を挙げ、安倍氏も靖国参拝を好み、中国や韓国に対する侵略を厳しく批判することを拒否しているとした。
 さらに、戦時体制を産業政策面から支えた安倍氏の祖父、岸信介元首相を「アルベルト・シュペーア(ナチスの軍需相)」になぞらえ、こうした家系が安倍氏の思考に影響したようだと指摘した。
<後略>


 つまり、「歴史を見直せ、日本は間違ってはいない、正しかったのだ」と主張する最近のこの国の危ういナショナリズムの昂揚に、安倍氏はすんなりと乗っかっただけの政治家だということ。
 この記事、あなたはいかが思いますか?





(今週のキイ選定委員会)
 
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