小泉首相が2度目の訪朝をしたのは2004年5月22日。年金スキャンダルやイラク情勢の悪化により、自民党にとって厳しい戦いが予想される参議院選挙を控えたころでした。
優秀な交渉者は相手に自分の行動や思考を読ませません。何をするか、何を言い出すかわからないと相手に思わせてこそ、交渉を有利に進めることができるからです。
ところがこの訪問、「小泉訪朝→曽我さん家族の再会→選挙の形勢逆転」という小泉氏のシナリオが見え見えでした。ならば、せめて情熱をもって、論理を駆使し、相手を説き伏せるのが政治家の仕事でしょうが、小泉氏は年金未払いの追及を受けて「人生いろいろ、社員もいろいろ〜」と発言したり、自衛隊のイラク派遣問題について「自衛隊のいるところが非戦闘地域」などと答弁したりしていました。そんな戯言が通ってしまう国会では、言葉で戦う訓練など望むべくもありません。はたして小泉氏に金正日氏を論破することはできず、それどころか、交渉の失敗は「北朝鮮に舐められるのは日本が軍隊をもっていないから」とされ、憲法9条の敵視にすりかえられようとしています。
口喧嘩(=外交)では負けるから暴力(=武器)でお返しするというのは、ドメスチック・バイオレンス(DV)の典型でしょう。こうした症状は普段気の弱い男性に多いと聞きますが、DV男性が逆上して仕掛けるような喧嘩に勝算はあるのでしょうか。
北朝鮮側からでたらめな死亡通知書を見せられたとき、小泉氏が「こんな不正確なものでは納得できない。きちんとした報告を出さない限り、私は日本に帰らない」と北朝鮮の地で、開き直っていたら――と想像したことがあります。そうした態度の方が軍隊の存在の何倍もの効果を発揮するのではないか? そこで日朝国交正常化をちらつかせれば、相手をきちんと交渉テーブルにつかせることができたのではないか?
甘い見方といわれるかもしれませんが、北朝鮮外交が「求愛を恫喝で示す」性質をもっているのも、国際社会ではよく知られたことなのです。
しかし国内においては、小泉さんは開き直るばかりでした。
「5人の拉致被害者と家族を奪還したことは、小泉さんが首相だったから」という、論調がありますが、果たしてそうでしょうか? 言うまでもなく、北朝鮮外交でやらなければいけないことは、拉致問題だけではありません。重要問題山積みなのです。小泉さん、開き直って中途半端なまま、ポスト小泉に放り投げてもらっては困るのです。
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