ホームへ
もくじへ
今週のキイ

最新へ バックナンバー一覧へ
ラブミーテンダー
 突然のニュースに驚いた。中田英寿がサッカー選手を引退するという。ブラジル戦の試合終了後に、センターサークルで天を仰いで横になった姿には、こんな思いがあったのかと思う。確かにプレミアリーグでの中田は、控えに甘んじることが多かった。まだもったいないなあとも思うが、次の人生を見つめての決断。潔いとも言える。

 それにつけても、だ。
 小泉首相の「ラブミーテンダー」に腹がたって仕方がない。マスコミは今回のアメリカ訪問を「卒業旅行」と評していた。冗談じゃない。うかれて、にやけて、へたくそな「ラブミーテンダー」をブッシュ大統領に歌ってみせるために、私ら税金を払っているわけじゃない。もう首相を引退するからといって、ブッシュ大統領に接待されるために、個人的な思い出づくりのためにアメリカに行ったのだろうか? プレスリー・ファンだって、あんなふうにサングラスをかけ、おどけられては怒り出すだろう。

 6月29日に日米首脳会談で宣言された「21世紀の新しい日米同盟」では、飛躍的に深化した両国の関係が明らかになっている、と報道されている。アメリカの要求に答え、アフガニスタンの軍事作戦のために海上自衛隊艦船をインド洋に派遣。イラクの復興支援にも陸上自衛隊を戦時派遣した小泉政権。
 6月30日付けの東京新聞によれば、
「21世紀の新しい日米同盟とは、日米の軍事的な協力を地球的規模に広げることにほかならない。この共同文書は、それを継続していく決意表明である」。
「ブッシュ政権は、小泉首相の後継に誰がなろうと新しい同盟の姿を後戻りさせない〈証文〉を残したかったのだ」という。そして「民主主義という普遍的価値観を拡大するというブッシュ政権の基本戦略の一端をポスト小泉にも担わせることに事実上成功した」らしい。

 イラクから撤退を開始した自衛隊。その問題点や反省点、何も検証しないで、アメリカに「ラブミーテンダー」なんて、歌いかける人はレッドカードで即座に退場してほしい。
 スキャンダルを機に引退した橋本元首相は死去。ジダンは現役引退までの試合で全力を出しきっている。サッカー選手のほうが偉大に見えるのは私だけかな。
 
 さて、今月15日からは、ロシアで開催される主要国(G8)首脳会議(サンクトペテルブルク・サミット)が開催される。議長総括に、北朝鮮による長距離弾道ミサイル「テポドン2号」発射準備の動きや拉致、核問題に対する懸念表明を盛り込む方向で、各国が調整に入ったとの新聞発表があった。わが国のリーダは、そこでどんな外交力を発揮してくれるのだろうか。さすがに今度は、おちゃらけてる場合ではないはずだ。

北朝鮮外交

 6月30日付の各紙は1面で、横田めぐみさんの夫だったとされる韓国人拉致被害者、金英男(キム・ヨンナム)さんが北朝鮮・金剛山で記者会見した内容を報じた。韓国の代表取材団によると、英男さんはめぐみさんが「94年に自殺した」と語るなど、これまでの北朝鮮側の主張を展開。自身は「海で漂流中、北朝鮮船に救助された」と拉致を否定したほか、ニセのめぐみさんの遺骨を渡したとする日本の主張を「北への謀略」などと批判した。

 横田めぐみさんのご両親、そして他の拉致被害者家族の方々の神経を逆なでするような会見でした。北朝鮮政府の不誠実な対応には心底腹が立ちます。が、憤りをいったん腹におさめ、戦術という点から冷静にみると、金英男さんのお母さんとお姉さんを自国に呼び寄せることで、日本の被害者家族との連帯に揺さぶりをかけ、母と息子の涙の対面を演出することで「悲願の統一を望む北朝鮮」というイメージを発信するなど、北朝鮮外交のしたたかさが浮かび上がってきます。

 これに対して、わが国はいかなる戦略をもって北朝鮮外交を進めてきたのでしょうか? 小泉首相が初めて訪朝した2002年9月17日まで時計の針を戻してみましょう。

 日本の首相として初めて平壌を訪問した小泉氏は、日朝平壌宣言に調印。拉致被害者の蓮池夫妻、地村夫妻、曽我ひとみさんの帰国を約束させるものの、その際「安否不明の拉致被害者10人は死亡」という北朝鮮側の衝撃的な発表を聞かされます。その後、日本国内では北朝鮮に対する非難の声が沸騰し、安倍官房副長官(当時)が北朝鮮に強気な政治家としてマスメディアに持ち上げられました。しかし、合点のいかないことがあります。
 どうして安倍氏を含む日本政府のミッションは、根拠の明らかでない死亡報告書の証拠提示さえ求めずに帰ってきたのか?

 相手の主張の疑わしい点を突くことは、何も外交の場だけではありません。怪しいセールスを撃退するとき、あるいは恋愛のケースであっても応用可能です。
 そして、ツッコミは当然、相手がその場にいるときにやらなければなりません。ところが、小泉首相たちは平壌でそれをせずに、帰国後「死亡通知書の内容は嘘」と主張し始めました。
 外交交渉には公にできないこともあるでしょう。私たちの知らない、水面下の様々な駆け引きも行われていたはずです。ただ、「帰国後」の非難の大合唱によって、金正日に対するプレッシャーは最小限に抑えられました。


 小泉首相が2度目の訪朝をしたのは2004年5月22日。年金スキャンダルやイラク情勢の悪化により、自民党にとって厳しい戦いが予想される参議院選挙を控えたころでした。
 優秀な交渉者は相手に自分の行動や思考を読ませません。何をするか、何を言い出すかわからないと相手に思わせてこそ、交渉を有利に進めることができるからです。
ところがこの訪問、「小泉訪朝→曽我さん家族の再会→選挙の形勢逆転」という小泉氏のシナリオが見え見えでした。ならば、せめて情熱をもって、論理を駆使し、相手を説き伏せるのが政治家の仕事でしょうが、小泉氏は年金未払いの追及を受けて「人生いろいろ、社員もいろいろ〜」と発言したり、自衛隊のイラク派遣問題について「自衛隊のいるところが非戦闘地域」などと答弁したりしていました。そんな戯言が通ってしまう国会では、言葉で戦う訓練など望むべくもありません。はたして小泉氏に金正日氏を論破することはできず、それどころか、交渉の失敗は「北朝鮮に舐められるのは日本が軍隊をもっていないから」とされ、憲法9条の敵視にすりかえられようとしています。

 口喧嘩(=外交)では負けるから暴力(=武器)でお返しするというのは、ドメスチック・バイオレンス(DV)の典型でしょう。こうした症状は普段気の弱い男性に多いと聞きますが、DV男性が逆上して仕掛けるような喧嘩に勝算はあるのでしょうか。

 北朝鮮側からでたらめな死亡通知書を見せられたとき、小泉氏が「こんな不正確なものでは納得できない。きちんとした報告を出さない限り、私は日本に帰らない」と北朝鮮の地で、開き直っていたら――と想像したことがあります。そうした態度の方が軍隊の存在の何倍もの効果を発揮するのではないか? そこで日朝国交正常化をちらつかせれば、相手をきちんと交渉テーブルにつかせることができたのではないか? 
 甘い見方といわれるかもしれませんが、北朝鮮外交が「求愛を恫喝で示す」性質をもっているのも、国際社会ではよく知られたことなのです。
 しかし国内においては、小泉さんは開き直るばかりでした。

「5人の拉致被害者と家族を奪還したことは、小泉さんが首相だったから」という、論調がありますが、果たしてそうでしょうか? 言うまでもなく、北朝鮮外交でやらなければいけないことは、拉致問題だけではありません。重要問題山積みなのです。小泉さん、開き直って中途半端なまま、ポスト小泉に放り投げてもらっては困るのです。

 
ご意見募集!
ぜひ、ご意見、ご感想をお寄せください。
このページのアタマへ