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2011-10-12up
イラク派兵差止訴訟弁護団・川口創弁護士の「憲法はこう使え!」
【第11回】人間の尊厳と生存
国選の刑事弁護で、窃盗事件を受けることがありますが、貧困を背景にした事件が少なくありません。
以前担当した方(Aさんとします)は50代の方でしたが、かつては医療機関の事務長として勤務しており、それなりの収入を得ていました。しかし、リストラとなり、再就職もかなわず、失業保険も切れ、生活保護も門前払いを受け、住むところも追われ、あっという間にホームレスに転落してしまいます。
Aさんはスーツを着て鞄を持っており、一見ホームレスには見えません。昼に図書館などで睡眠を取り、夜はとにかく歩く。そういった生活を1年以上続けます。
一度住所不定となれば、まず職には就けません。携帯電話もなく、年齢も50を超えていたことも就職の壁となりました。
Aさんは、ホームレスの知人から時々日雇いの仕事を回してもらうなどして食いつないでいきますが、ついにお金が底をつき、コンビニで弁当を盗み、逮捕となります。
確かに、窃盗は犯罪です。許されることではありません。
しかし、Aさんは、飢え死にをするか、弁当に手を出すか、の選択を強いられた上での行為です。一度ホームレスに転落したとき、一人で這い上がっていくことは極めて困難です。そして不安定雇用が恒常化した今日、誰にでも起こりうる現実でもあります。自分がAさんと同じ状況に置かれたとき、弁当に手を出さずにいられたとは思えません。
また、数年前に担当した方(Bさんとします)は、当時34歳。妻子もいました。派遣の仕事を転々とし、家族を養っていけるか、強い不安にさいなまれる中で、強いストレスにさらされます。その「ストレス発散」のために、「万引き」をするようになります。
そして、逮捕となりました。その時、Bさんが「もう僕は35になる。35を超えたら、仕事がますます見つからなくなる。その恐怖、分かりますか」と私に話しました。
確かにこれは「言い訳」ですし、「甘えだ」と批判するのは簡単です。
しかし、不安定な生活の中で年を重ね、「使い捨て労働力」としての自分の価値がどんどん下がっていくとBさんは考え、恐怖を抱えていました。
こういった不安に押しつぶされそうになりながら働いている人が、この世の中に少なくないように思います。
AさんもBさんも、窃盗事件では加害者であることに間違いありません。しかし、その背景を見たとき、彼らは格差社会の被害者である面もあるのではないか、そう思わずにはいられません。
また、生活保護の申請に同行することもたびたびありますが、多くの役所の対応はとにかく申請を拒もうと、法律に書かれてもいない注文をつけ、なかなか申請を受け付けようとしません。いわゆる「水際作戦」の前に、受給が認められるべき多くの人が切り捨てられています。
労働相談を受けていても、労働実態は深刻です。
相談に来られる多くは、低賃金で、不安定な状況で、長時間労働を強いられています。
さらにベトナムなど海外からの「研修生」は、「労働者」としてすら扱われていません。 最低賃金を遥かに下回る賃金で生活を強いられ、中には食べるものもなく、田んぼで蛙を捕まえて食べたりしていたというケースもあります。
日本では人を切り捨てる格差が拡大しています。
この20年弱の間、政府は景気回復を目的として数々の大企業優先の政策を打ち出してきました。その中に派遣法の改定があります。もともと「人身売買の恐れがある」として禁止されてきた派遣を自由化した結果、不安定雇用が拡大し、人の切り捨てが容易に行われる社会になりました。
派遣法をはじめとする様々な政策が絡み合って、格差社会が強固になり、貧困が拡大しています。
そして「生存」が脅かされ、「人としての尊厳」が奪われています。
その中で、生存権を定めた憲法25条がその重要性を増していますが、「社会権」としての性格から、裁判上では必ずしも十分機能していません。
しかし、今日の格差と貧困が、国の政策によって作られた部分が多分にあるとすれば、今国家によって、生存が脅かされ、奪われつつあると捉えることができます。憲法学的にいえば、「生存権の自由権的側面の侵害」を意識すべきです。
同時に、貧困は憲法13条が定める「個人の尊厳」、「人間の尊厳」を奪います。
憲法25条を用いる際には、憲法13条の「個人の尊厳」と結びつけて補強し合い、裁判や運動に取り組んで行くことが考えられます。
生活保護の申請の場面などの現場でも同様です。役所が生活保護の申請を不当に拒んでいるような場合、それは役所によって「生存が奪われようとしているのだ」という視点や、「人としての尊厳を踏みにじられているのだ」という視点が大事となってきます。
使いにくい部分のある憲法25条ですが、運動や裁判を通じて、今日の社会にあった使いやすい条項に育てていかねばならないと思います。
憲法25条や13条を用いた裁判に取り組んだ経験は、また機会があれば述べたいと思います。
貧困や将来への不安から、犯罪に手を染めてしまう。
それはたしかに「甘え」かもしれないけれど、
同じ状況に自分が絶対に陥らないとは言い切れない。
効率化の名のもとで、人間の「生存」や「尊厳」の権利までが脅かされてはいないか?
その視点を持つことが、誰にとっても「生きやすい」社会をつくることにつながるはずです。
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川口創さんプロフィール
川口創(かわぐち・はじめ)
1972年埼玉県生まれ。2000年司法試験合格。実務修習地の名古屋で、2002年より弁護士としてスタート。 2004年2月にイラク派兵差止訴訟を提訴。同弁護団事務局長として4年間、多くの原告、支援者、学者、弁護士らとともに奮闘。2008年4月17日に、名古屋高裁において、「航空自衛隊のイラクでの活動は憲法9条1項に違反」との画期的違憲判決を得る。刑事弁護にも取り組み、無罪判決も3件獲得している。2006年1月「季刊刑事弁護」誌上において、第3回刑事弁護最優秀新人賞受賞。現在は「一人一票実現訴訟」にも積極的参加。
公式HP、ツイッターでも日々発信中。@kahajime
著書に『「自衛隊のイラク派兵差止訴訟」判決文を読む』(大塚英志との共著・角川グループパブリッシング)