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雨宮処凛がゆく!

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あまみや・かりん北海道生まれ。愛国パンクバンド「維新赤誠塾」ボーカルなどを経て作家に。自伝『生き地獄天国』(太田出版)のほか、『悪の枢軸を訪ねて』(幻冬舎)、『EXIT』(新潮社)、『すごい生き方』(サンクチュアリ出版)、『バンギャル ア ゴーゴー』(講談社)、『生きさせろ!〜難民化する若者たち〜』(太田出版)など、著書多数。現在は新自由主義の中、生活も職も心も不安定さに晒される人々(プレカリアート)の問題に取り組み、取材、執筆、運動中。非正規雇用を考えるアソシエーション「PAFF」会員、フリーター全般労働組合賛助会員、フリーター問題を考えるNPO「POSSE」会員、心身障害者パフォーマンス集団「こわれ者の祭典」名誉会長、ニート・ひきこもり・不登校のための「小説アカデミー」顧問。雨宮処凛公式サイト

生きさせろ!
雨宮処凛の闘争ダイアリー

※アマゾンにリンクしてます。

小説を書くということと、
ユニオン・エクスタシー。の巻

清水寺の人と松本さんと

 ここ数週間、地獄のような思いをした。

 それは、小説。

 現在、連載が始まる小説を書くためずーっといろいろ考え、書いていたのだが、もうどうにもこうにもならなくなって、眠れなくなるわ食べれなくなるわ、胃は痛いわ吐きそうだわで、本当に死ぬかと思った・・・。

 で、私には「一小説一自殺」という、まるで「一人一殺」のような嫌な掟というか、そういうものがある。それはひとつの小説を書いている途中、絶対に一度は本気で自殺を考えてしまうほど辛くなる、というものだ。それが今回、書き始める前に一気に押し寄せてきた。で、一回途中まで書いたものを全部ボツにした。しかも一回入稿した原稿を取り下げる、という非常に恐ろしいというか、まあ犯罪並みのことまでしでかしてしまった。更には「失踪」まで考えた。そしてそんな精神状態でほぼヤケになって書いた原稿が前回のマガジン9条の原稿なのだが、やたらと反応がいいのはみんないろいろ疲れているんだろう。あ、もちろんこれからダメに生きるという方向は死守するつもりだけど。

 で、特にこの一週間ほどかなり上の空というか、ものすごく挙動不信だった自分というものを今、改めて思い出して穴があったら入りたい気持ちだ。が、よく考えてみれば生きてること自体が生き恥を晒してるみたいな人種なので、別にいいかと開き直ってもいる。更に多くの人に対して、相当不義理なことをたくさんした上にすごい迷惑もかけた。この場を借りて謝りたい。いろいろすみません・・・。

くびくびカフェ

 そんなに辛いならやめればいいのだが、なんでかわからないけど「書きたい」と思ってしまうからもっと辛いのだ。でもいつも書いてるじゃん、と言われるのだが、ノンフィクションを書くことと「物語」を書くことは、私にとってはまっ・・・・たく違う。

 そしてそんなふうな苦しみに遭遇すると、見沢さんのことを思い出す。言わずと知れた作家の見沢知廉さんだ。獄中12年で、獄中でも小説を書き続けた見沢さんは、出所して作家デビューした後も、ずーっと「小説を書く」ということに半端じゃないくらい苦しみ続けていた。本当に、「書くこと」に殺されてしまうんじゃないかというほどに。そして実際、見沢さんは4年前、マンションから飛び降りて亡くなった。私は見沢さん以外の作家と親しくしたことがない。だから他の書き手がどういうふうに書いているのかまったくわからない。どんなふうに苦しんでいるのかも。ただ見沢さんの鬼気迫る「書く!」という迫力と、その果てに自ら命を絶ってしまったことが、どこかで大きなトラウマとして残っている。見沢さんが亡くなってから、長編小説に初めて手をつけようという時にこれほど辛い経験をしたことは、きっととても意味があるんだろう。

 そして今、なんとかその闇から脱出した。というか、生還、という言葉が自分的にはふさわしい。そうしたら、あの地獄のような「小説を書く」という行為が「快楽」になるのだから本当にワケがわからない。快楽。そう、私にとって「小説を書く」というのは、他では得られない快楽を与えてくれるものなのだ。4年間かけて書いた2000枚を超える小説『バンギャル ア ゴーゴー』を書いている時は、本当に楽しくて楽しくて仕方なかった。書き終わるのがもったいなくて、もう別に出版とかされなくてもいいから一生この小説を書いていたいと思った。書き始めた瞬間、私の中でえり、ノリコ、ユキという3人の少女がものすごいスピードで走り始め、キーボードを叩く手が追い付かなかった。そうして3人は恋とも言えない恋をし、大好きなバンドを追っかけて札幌の街を縦横無尽に走り回り、家出し、セックスをし、お母さんに怒られ、友達と喧嘩をし、大切な人の死に直面し、気がつけば小説内の時間も4年経ち、少女たちは18歳になっていた。ラストシーンを書いた瞬間、気が遠くなるような快楽が私を襲った。あんな経験を、というかあれ以上の経験をしたくて私はまたパソコンに向かっている(ちなみに『バンギャル ア ゴーゴー』は今年の夏、文庫になります。なんと全3巻!)。

立て看?

 そうしてつい最近、私の中で、あの時のように登場人物が走り出した。その手応えを掴んだ瞬間、一気に楽になった。あんまり小説について書くとプレッシャーになるからこの辺にしておくが、この登場人物たちが私をどこに連れていってくれるのか、今から楽しみで仕方ないのだ。

 と、ここまでで美しくまとめようと思ったのだが、5月30日、なぜか京都の清水寺で「素人の乱」の松本哉さんとトークし、その後、京都大学で非常勤職員「5年でくび」に反対してストライキ中・座り込み中のユニオン・エクスタシーの「くびくびカフェ」に行った。で、「食べさせろ! 」というタイトルでみんなでバーベキュー大会をしたのだが、ユニオン・エクスタシーの絶妙な「緩さ」と、集まっている人たちの脱力感に、なんだか非常に癒されたのだった。ストライキ中だというのに、なんだか南国の海辺のような雰囲気なのだ。「くびくびカフェ」には京都観光に来た修学旅行生なんかも訪れているという。で、ユニオン・エクスタシー組合員になって1年の私は、初めて組合費を払ったのだが、その額、一月50円。いいなーユニオン・エクスタシー。大学の非常勤職員の扱いのひどさという観点も重要だけど、京大に今、あんな素晴らしい空間があることを、私は本当に嬉しく思う。だけど、大学に訴えられているらしい。「くびくびカフェ」を守れ! みんなもユニオン・エスクタシーを応援しよう。

バーベキューでは釣ってきた鯛も焼かれました。超旨かった!

「ストライキ中」の看板が立つ「くびくびカフェ」で、
お茶を飲む修学旅行生。
なんかいいなあ、と思ってしまいます。
ちなみに、コーヒー代は「年収から”万”を取った額」だそう。

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