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あまみや・かりん北海道生まれ。愛国パンクバンド「維新赤誠塾」ボーカルなどを経て作家に。自伝『生き地獄天国』(太田出版)のほか、『悪の枢軸を訪ねて』(幻冬舎)、『EXIT』(新潮社)、『すごい生き方』(サンクチュアリ出版)、『バンギャル ア ゴーゴー』(講談社)、『生きさせろ!〜難民化する若者たち〜』(太田出版)など、著書多数。現在は新自由主義の中、生活も職も心も不安定さに晒される人々(プレカリアート)の問題に取り組み、取材、執筆、運動中。非正規雇用を考えるアソシエーション「PAFF」会員、フリーター全般労働組合賛助会員、フリーター問題を考えるNPO「POSSE」会員、心身障害者パフォーマンス集団「こわれ者の祭典」名誉会長、ニート・ひきこもり・不登校のための「小説アカデミー」顧問。「週刊金曜日」「BIG ISSUE」「群像」にてコラム連載。雨宮処凛公式サイト
写真不足なのでピースボートに乗った時の写真を。
年末年始の「年越し派遣村」を経て、プレカリアート運動、反貧困運動は次の次元に達した。既に「貧困」の現実を訴える必要はなくなった。数年前まで「日本に貧困はない」なんて言説がまかり通っていたことを思うと、随分状況が変わったものだと思う。そしてテレビをつければ、ついこの間まで「自己責任」とか言っていた人たちが、まったく正反対のことを言っていたりするのだから本当にわからない。こうなってくると、いまだに「自己責任」と言い続けてる人の方が信用に値するような気さえしてくる。
さて、次の次元。ここからが重要だ。こっちから、どんな世界を描けるか。どんなビジョンを展開することができるか。
今出ている「すばる(3月号)」(集英社)に、ある原稿を書いた。「『弱い者がさらに弱い者をたたく』から脱却できるか〜派遣村で感じたこと」というタイトルだ。弱い者がさらに弱い者を叩く。職と住む場所を失い、約500人がともに年を越した派遣村にもそんな光景はあった。野宿者が炊き出しの行列に並んでいることに対し、派遣切りに遭った村民が「どうしてこいつらが並んでるんだ」と文句を言ったというのだ。更に、派遣村にカンパを持ってきた人の中には炊き出しに野宿生活が長いとわかる人が並んでいることに対し、「ホームレスのためにカンパしたんじゃない」と怒り出した人もいるという。
派遣村に限らず、貧困の問題にかかわっていると、こういった話はいたるところで見聞きする。そのたびに、いつも悲しく思う。
現在、不安定雇用と野宿者の垣根は、どんどん低くなっている。それは派遣村によっても証明された。それなのに野宿者への差別はいまだに根強い。派遣村にカンパを持ってきてくれるような「善意」の人までもが無自覚に剥き出しにした差別心。そして非正規雇用問題などに関心を持ち、現在の派遣切りなどに心を痛めるような人の中にも、「ホームレス」には恐ろしく冷酷な人たちがいることも事実で、そんな人たちに多く会ってきた。彼らは野宿者に対して「好きでやってる」「だらしない」「怠けている」と言い、自己責任と切り捨てる。しかし、果たしてそうなのだろうか。
私自身も彼らと実際に会って話を聞くまではそんな思いがあったのも事実だ。しかし、いろんな野宿者の人に話を聞いて、自分の偏見を恥じた。彼らの多くは「派遣切り」に遭った人たちと変わらない形で野宿生活となっていたからだ。リストラや倒産、そして怪我、病気。しかし、野宿者の人たちは、今回の派遣切りの人たちとは失業した時期が違っただけなのに、完全で「見た目」で差別に晒される。これって実はすごく恐ろしいことではないのか? なぜなら、彼らを「怠けている」という自己責任で突き放すことは、「救済に値する人」と「救済に値しない人」を完全に選別する思想だからだ。
この数年、いろいろな人と話し、人は様々な理由で野宿生活となることを知った。今回の派遣切りのような形でホームレスになる人は多く見てきたし、家族がいなくて施設で育ち、頼れる人がいないことから野宿となった若者にも、中高年の人にも会った。リストラされても家のローンを払い続けて多重債務者となった人もいた。また、思いもかけない理由もあった。08年8月、渋谷で79歳のホームレス状態の女性が女性2人を刺して逮捕された事件を覚えている人も多いだろう。彼女は戦争で学校を卒業できず、家政婦などをしながら各地を転々とし、その果てに福祉施設に入所。しかし他の入居者とトラブルになり、刑務所で余生を過ごそうと思って事件を起こしたのだった(朝日新聞08/12/4)。「戦後」をずっと漂流してきた一人の女性の人生の過酷さを思うと、言葉を失う。
釜ヶ崎でずっと野宿者支援をしている生田武志氏は、『福音と世界』08年12月号に「釜ヶ崎からのメッセージ」という原稿を寄せている。そこには、数年前、大阪の日本橋で寝ていた野宿者の全身にガソリンがかけられ、全身に35%の火傷という重症を負った野宿者襲撃事件についてが書かれている。しかし、報道は「小さな記事が地方版に載っただけ」。が、もし「『東京近郊の公園で子どもに何者かがガソリンかけて火をつけて逃げ、子どもが瀕死の重症』という事件があったら大報道」だろう。生田氏は続ける。
「これは何故か、何度も考えたのですが、結局、やられたのが野宿者だからという理由以外に全く思いつきません」
また、00年に高校生4人が大阪で野宿者を集団暴行し、死亡させた事件では、若者たちは日ごろのウサを晴らすため「こじき狩り」と称し、「ホームレスは臭くて汚くて役に立たない存在」だからと襲撃を繰り返していたという。
ここに浮かび上がるのは、大人たちの野宿者に対する冷たい視線だ。生田氏は中学や高校で野宿者問題について話すこともあるそうだが、子どもたちに「家の人が野宿者について何か言っているのを聞いたことがありますか」と聞くことがあるという。その回答の中には「ホームレスと目を合わせてはいけません」と教えられた、などがあるそうだ。小さな頃からそんなふうに教えられ、更に「あの人たちは怠けている」「好きでやっている」と言われ続けるとどうなるだろうか。生田氏は「親のこうした姿勢が野宿者襲撃を後押ししているのは間違いないと思います」と述べている。
最近、子どもを持つ女性が「ホームレスが公園を占領して迷惑」「非正規で大変な人たちには同情するけど、ホームレスは好きでやってるから許せない」とかなり感情的に言うのを聞いた。しかし、そんな無意識の言動が思わぬ影響を子どもに与えてしまうかもしれないのだ。
今後、「寄せ場」は更に全般化し、また野宿生活への垣根はどんどん低くなる。職と同時に住む場所を失った時点で誰もが「ホームレス」となってしまう。そんな時代を迎えるにあたって、自分の中の無意識の差別心とどう向き合うかが重要になってくると思うのだ。
韓国の経済学者ウ・ソックンさんと。彼の「88万ウォン世代」が日本語に翻訳されました!ぜひ。
自分と立場の違う人の「痛み」に対して、
私たちはどこまで想像力を持てるのか。
「弱い者がさらに弱い者を叩く」構造から脱却するための、
鍵がそこにあるのかもしれません。
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