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あまみや・かりん北海道生まれ。愛国パンクバンド「維新赤誠塾」ボーカルなどを経て作家に。自伝『生き地獄天国』(太田出版)のほか、『悪の枢軸を訪ねて』(幻冬舎)、『EXIT』(新潮社)、『すごい生き方』(サンクチュアリ出版)、『バンギャル ア ゴーゴー』(講談社)、『生きさせろ!〜難民化する若者たち〜』(太田出版)など、著書多数。現在は新自由主義の中、生活も職も心も不安定さに晒される人々(プレカリアート)の問題に取り組み、取材、執筆、運動中。非正規雇用を考えるアソシエーション「PAFF」会員、フリーター全般労働組合賛助会員、フリーター問題を考えるNPO「POSSE」会員、心身障害者パフォーマンス集団「こわれ者の祭典」名誉会長、ニート・ひきこもり・不登校のための「小説アカデミー」顧問。「週刊金曜日」「BIG ISSUE」「群像」にてコラム連載。雨宮処凛公式サイトhttp://www3.tokai.or.jp/amamiya/
2月2日、川田龍平さんのイベントに呼んでもらって一緒にトーク。
先月、「教え子」の白井勝美さんが本を出版した。タイトルは『絶望男 46歳、ニート、障がい者の人生』(サンクチュアリ出版)だ。
なぜ、私の「教え子」なのか。それは私が顧問をつとめていた、ニート、不登校、ひきこもりのための文章教室「神保町小説アカデミー」の生徒だったからだ。
白井さんとの出会いは、小説アカデミー立ち上げイベントでのことだ。一昨年の6月。そのイベントに、白井さんは訪れた。その前月、ロフトプラスワンで行われた私のイベント「雨宮処凛のわくわくお楽しみ会」にも参加してくれていた。その頃から、私のもとに白井さんからのメールが届いていた。メールから、そして会った時にもらった手紙からは、彼の「自分を理解してほしい」「何か表現をしたい」「そうでないと気が狂いそうだ」という怨念にも似た思いが強烈に漂っていた。
そして彼は「小説アカデミー」の生徒となった。精神障害者として障害者年金で暮らす彼はお金がないことから、授業料はいくらか割引きとなった。13歳の不登校の少女が最年少、40代なかばの白井さんが最年長という文章教室だ。顧問という立場上、彼の文章を目にする機会がよくあった。そして私は彼の文章に思いきり引き付けられていく。そこには、あまりにも赤裸々な彼の人生が綴られていた。
聴覚障害を持ち、アルコール依存症の父。その父親の暴力に、白井さんは子どもの頃から父親が亡くなる30代前半まで苦しめられる。家族も父の暴力のターゲットだ。しかし、母親はどんなに暴力を振るわれ、身体中に青アザを作っても別れず、新興宗教に救いを求め、毎日お経を上げる。家が貧しいことから、いじめに苦しめられる小学生、中学生時代。不登校。そして中学卒業後から始まるひきこもりの日々。20歳の時にうつ病と診断されるものの、当時はうつ病に対する理解が乏しく、親戚中から非難される日々。壮絶な貧困。そして糖尿病に苦しみ、インシュリンを打ちながら働き、今も一家の生活を支える彼の弟。
彼の文章は個人的なことを書いたものばかりだ。しかし、そこにはあらゆる社会的な排除の問題や障害への無理解、異質なものを遠ざける人々の心理や「働かない者には生きている資格がない」と言った残酷な「世間」の空気があますところなく描かれている。
しかし、どんなにここにある問題が「社会性」を帯びていようとも、当事者はそれどころではない。結局、問題は「家族」の中に集約されていく。そうして凝縮され、家族の間で爆発する。いつも感情を爆発させるのは父親だ。
その父親について書いた文章が、『絶望男』の冒頭の「父親からの旅立ち」である。この文章を読んだ時、私は「この1年で読んだどんな作家の文章よりも素晴らしかった」と彼に伝えた。今もその思いは変わらない。父親が死んだ日の描写から始まるこの文章は、長年受けてきた暴力や彼の葛藤が、静かに淡々と語られる。
「そんな荒れた日の中で父の私に対する最後の抵抗ともいえる事件が起こった。/やはりいつもの夕飯時に父と争った。理由などない。俺が父に殴りかかろうと(実際は殴る勇気などない)したら、父は近くにあったガラスの灰皿で俺の頭を殴った。頭からダラダラと血が流れ出し、顔面が真っ赤に染まった。/タオルを頭に巻いて寝たその日は12月24日、クリスマスイブの夜だった」
彼の文章に感動した私は、「群像」の連載「プレカリアートの憂鬱」で彼に取材させてもらった。その時、彼は言った。「俺は自分の中にある怒りとか絶望とか孤独感を、世間の人に知ってほしいんです。俺が生きた証を残したい。俺のような人間が有名になることで、同じようなひきこもりとか無職者とかうつ病の人に勇気を与えられるんじゃないか」
取材時、出版の予定はまったく決まっていなかった。彼自身、それまで物を書きたいと願いながらも自費出版の会社に騙され、無駄に時間ばかり浪費してきた。「この年だから先がない」と何度も繰り返した。そんな彼が、とうとう本を出版したのだ。
白井さんと、ロフトプラスワンの楽屋で。46年の生涯の中で、初めて花束をもらったという白井さん。
2月1日、ロフトプラスワンで、彼の出版記念イベントが開催された。なんと、客席は超満員。楽屋には次々と花束が届けられ、女の子にサインをねだられる白井さんは終始緊張しまくっていた。本当に、彼の夢が叶ったのだ。
白井さんが取材の時に言った言葉を思い出していた。彼は「ちゃんとしたお墓に入りたい」と言ったのだ。彼の父親の骨は、「焼骨短期保管庫」というロッカーのような場所に安置されている。「生きるだけで一杯一杯のうちに墓を作るゆとりなどない」からだ。保管庫だと年3000円の利用料で済む。「ちゃんとした墓に入りたい」という彼の台詞に、「尊厳」という言葉が迫ってきた。
『絶望男』出版で、彼の夢は叶った。しかし、インシュリンを打ちながら白井さん一家の生活を支えてきた彼の弟は、先月、癌を宣告され、5時間に及ぶ手術を受けた。「これで家族全員が障害者になってしまった」と呟いた白井さん一家が、これからどうやって生きていけばいいのか。とりあえず「もやい」のことを伝えたが、問題は山積みだ。
しかし、現代の「プレカリアート文学」が、こうして世に出版されたのである。私は「白井文学」の大ファンである。是非、手にとってほしい。
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