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2013-06-26up

金繁典子/女性と政治と社会のリアルな関係〜スウェーデンの現場から〜

【第3回】男性の育児支援が充実している国は、
子どもが幸せな国でもある

 ストックホルムの街を歩くと、平日の昼間に子連れの男性がとても多いのに驚く。しかも連れている子供の数は、2人がざら。
 それもそのはず、スウェーデンでは育児休暇を取得する男性が約80%(日本はわずか2.6%)。
 世界でも高水準だと言われている育児休暇制度については、両親合わせて480日が認められており、そのうち、父親のみが取得できる期間と母親のみが取得できる期間がそれぞれ60日定められている(*)。育児休業中の所得保障については、給与の80%が行政から支給される(80%給付は最初の390日間。残りの90日間は定額給付)。私生活が充実していると仕事の業績もよくなる傾向にあると、育児休暇中、残りの20%を事業所が支払う場合も多いという。

*…これらは、配偶者に譲ることのできない休日「パパクオータ」「ママクオータ」と呼ばれている。父母のどちらか一方だけではなく、バランス良く育児休暇をとるようにするための制度である。

 一方、日本の育児休暇は子どもが1歳半になるまで。取得中は育児休業給付金が支給されるが、支給額は月給の50%のみ。しかも「月給の」なので、日本の多くの事業所が支払っている「賞与(ボーナス)」は含まない。そのため、実質の支給額は年収の50%よりもずっと少なくなる。しかも雇用保険に加入している者のみが対象なので、それ以外の人には給付はない。これではどうやって、とくに若い人たちが仕事を休んで育児をすることができるだろうか? 育児休暇を取りたくても、とても取ることはできないのが現状だろう。

 2005(平成15) 年と少し古いが、こちらのデータに各国の育児支援についての比較が紹介されている。その後、スウェーデンも日本も法改正があった。

 2010(平成22)年6月に改正育児・介護休業法が施行され、日本版「パパクオータ」や、「イクメンプロジェクト」など、男性労働者の育児休業取得を促進する取り組みが進んでいるが、実態がなかなか追いついていない。

 日本は少子化対策の一環として、男性の子育て参加を促進しているようだが、スウェーデンにおいては、男性が子育てに参加するのは子ども自身の幸せのため、という考え方がある。男性が安心して子育てができるということは、その子どもにも幸せな結果をもたらす傾向にあるという。

 これは、自由党の女性組織Liberala kvinnor(リベララ クビンノナ)が昨年、より多くの男性により長い育児休暇を取ってもらおうと、父の日に出した広告だ。この幸せそうな顔をした赤ちゃんの周りにあるコピーには、〈父親が育児休暇を取って子育てすることによって「子どもがより長生きできる」「離婚率が低い」「より多い収入を得られる」「よりよい性生活」「よりよい生活バランス」「ハッピーな赤ちゃん」〉と書かれている。

 リベララ クビンノナ代表(当時)のボニー・ベルンストン(Bonnie Bernström)さんによると、この広告はある調査結果にもとづいて作成したものだという。調査は1978年から、父親が育児休暇を取ったグループと、取らなかったグループに分けて実施、子どもたちが34歳になった時に分析したもので、前者は後者に比べて広告の内容に近い、つまり、より幸せな人生を送る率が高いことがわかったという。「子どもがより長生きできる」のは、父親が育児休暇をとって育児にかかわったほうが、子どもが危険な行動に出る可能性や、飲酒量がより少なくなる傾向があるからだという。

 育児休暇だけでなく、安心して生み育てられる社会の仕組みも整っている。
 1歳から預けられる保育所は、月800クローナ(約11,700円)かかるが、子ども手当がすべての子どもを対象に支給されており、その金額は保育所の費用を上回る。保育所で出される食事やおやつはすべて無料。夜間や休日にも仕事をする人のために、その時間も預かってくれる。

 医療費も子どもが生まれてから20歳になるまで、つまり子どもがおよそ自立できる頃まで無料。たとえ親が離婚などによって別れることがあって、一方の親が養育費を支払わなくなった場合でも、国が養育費を立て替えてくれる(国はその養育費を払う義務のある親から給与天引きなどして取り立てる)。

 日本のように教育費もかからない。小学校から大学院まですべて授業料は無料。義務教育だけでなく、高等学校でも給食費はいらない。中学卒業までは、消しゴム1個、鉛筆1本さえ買う必要はない。すべて支給される。

 また、スウェーデン滞在中には気がつかなかったが、街じゅうの道路、標識や建物についても、目や耳の不自由な方たちのためにバリアフリーの工夫がされているように、子どもたちのために子ども目線の工夫が義務づけられているのだという。それによって子どもたちは安全に街の中を移動することができる。

 スウェーデンでは、生まれてきた一人ひとりの子どもが安心して、そして平等に育っていくことができるように、大人たちによる最大限の努力がなされているように思う。
 このような社会は、一体、市民と政治のどのようなかかわりによって実現できるのだろうか?

「Climb on the shoulder」(肩にのせよう!)

 ストックホルム郊外のバルンド(Värmdö)の元地方議員で教育とジェンダーの問題を中心に取り組んできたアミー・クロンブラド(Amie Kronblad)さん(現在は日本在住)にスウェーデンの地方政治について聞いてみた(地方自治は、おもに教育、子どもや高齢者福祉、インフラ、ごみ問題など生活に身近な事柄を担う)。

 まず、国政では8党しかない政党が、地方では非常にたくさんあるという。
 そして選挙で当選した者は、必ず政策の争点について賛成派と反対派の議員が両方出席する形で、住民の前で公開討論会をしなければならないという。しかも住民の多数が参加できる夜の時間帯に開かれることになっている。
 これによって住民は、自分たちが選挙で選んだ議員が、個々の政策についてどう考えているか、それはなぜなのかを常に知り、考え、次の選挙に生かすことができる。
 自分、家族、コミュニティーにとって、なにがよりよい選択か、そのために自分たちの税金をどう使うべきかを考え、話し合い、代表を選択する、もしくは自分で政党を作って立候補する。

 そして教育の中では、幼児教育から大学まで、必ずジェンダー平等について教えられるという。ジェンダー平等は民主主義を実現するうえで重要なことと捉えられている。たしかに、社会や政治に対して同じ大きさの声をあげることができ、それが政府に届かなければ、一人ひとりが尊重されるほんとうの民主主義とはいえないだろう。

 男性が子育てにかかわらなければ、そして子育てに社会からのサポートを得られなければ、女性が仕事を替えたり離れざるをえない状況に直面し、苦しい生活を余儀なくされる。それは子育ての期間だけでなく、老後の年金額にも反映されて、女性の老後は男性よりもずっと貧しいものになる、とスウェーデンの女性たちは言う。

 そのような状況を克服するために、女性たちは連帯し、政治にかかわり、ジェンダー平等を求め続けてきた。学校でジェンダー平等が教えられることも「女性たちの連帯が長年求め続けてきた成果。そしてジェンダー平等は男性にとってもよいこと」だとアミーさん。彼女自身は小さい頃から「自分の人生をどう生きるか」、祖母から問いかけられたことがジェンダー平等にたずさわるきっかけになっているという。

 そして誰から言われたというでもなく、多くの女性たちが共通にもっている「Climb on the shoulder」(肩にのせよう)という認識。ジェンダー平等を実現するために、自分の肩に誰か別の女性をのせて、その女性の肩にまた別の女性をのせて…というように、次々と肩にのせていくように、みんなで助け合えば何かを達成できる、というスローガン。政治的意思決定の場に女性を増やすことも、そのように助け合ってこそできたのだという。日本でも参考にできる考え方ではないだろうか。

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ワークライフバランスや、女性の社会進出のためだけではなく、子ども自身の幸せのためにも、男性の育児参加が重要。ちょっと目からうろこの発想かもしれません。教育の無償や標識などへの気配りを考えあわせると、「社会全体で子どもを育てる」発想ともつながっているのかも? という気がしてきます。

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金繁典子さんプロフィール

金繁典子(かなしげ・のりこ)
1963年愛媛県生まれ。生態系豊かな自然のもとで、昔ながらの無農薬農業を営む地域に生まれ育っていたが、農薬や合成洗剤が使用されはじめて川や森の生態系が急速に失われていくのを目の当たりに。同時に農業と家事・子育てに大変な農家の「嫁」たちから、女性が自立する大切さを伝授される。男女平等にもっとも近く、高福祉社会のひとつであるスウェーデンで、それを達成した市民の意識を知るため2012年夏に滞在。NGOや市民にインタビュー。国際NGO職員。