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第50回
6月のある日、一人のアメリカ人学生が編集部を訪ねてきた。
彼の名前は、カイル・ヘックト、ハーバード大学政治学部の学生。
現在は1年間の予定で、卒論のフィールドワークのために、日本に留学中だ。
彼の研究テーマは「peace protest politcs(9条と市民運動)」であり
「マガジン9条」にインタビューにやってきたのだ。
Kyle Hecht(カイル・ヘックト)1987年カリフォルニア州ロサンジェルス市生まれ。ハーバード大学政治学部の4年生。大学入学後に日本語を勉強し始める。専門は日本の国内政治と市民社会。高校時代の3年間、ペルーの首都リマに住んだ経験があり、スペイン語も堪能。
そこで私たちは彼の質問に答えると同時に、彼への逆取材を行った。なぜアメリカ人の彼が「憲法9条と市民運動」の研究をしているのか? そしてアメリカでは一般的には、日本の改憲への動きがあることについて、どのようにとらえられているのか? など、素朴な疑問を投げかけてみた。
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編集部 なぜ、そういった「日本の市民運動と9条」という研究テーマを選んだのですか?
カイル 憲法を守ろうという日本の市民運動、例えば「9条の会」のような団体が全国にできて、広がりを見せているのだけれども、一方で自衛隊の海外派遣については、9条に違反する行為が行えるような法律が出来、実施がされている。日本の平和運動は、日本の軍事化を止められない、そのことに疑問を感じたからです。
編集部 おっしゃるように9条の条文は守られていますが、解釈改憲が進んでいますからね。
カイル これは、別に日本の市民運動のことを「力がない」といって批判しているわけではありません。日本人の国民性が市民運動や社会運動に向いていないとか、そういうことでもないと考えています。60年代の安保闘争の時など、多くの日本の市民がそれに参加したわけで、大きな盛り上がりをみせました。だから私は日本人とアメリカ人とで市民運動をしている一人一人については、基本的にあまりかわらないと思います。では、何が違うのか?
私が立てた仮説は、日本の法律と司法、特に最高裁判所の弱さが、市民運動の力を弱めていると思うのです。法律について言えば、例えばNPOの申請もアメリカでは手続きはそれほど難しくないですし、ひとたび認可されると、その団体の会報誌やリリースを送るための送料は、かなり安くなります。税金も免除されるなどのメリットがあり、法律は市民活動をバックアップしてくれています。
編集部 たしかに日本のNPO法人申請については、団体の規模にもよりますが事務手続きが大変だとか、情報公開をしなくてはならないとか、その割にメリットが少ないという話を聞いています。
カイル そして司法の力が弱いというのは、日本の場合は、最高裁ではほとんど違憲判決が出ませんね。アメリカの連邦最高裁は、連邦法や州法、そして連邦や州の行政府の行為が、合衆国憲法に反していないかどうかを判断する権限(違憲審査権)があり、そしてそこで違憲と判断された法令や行為については、無効となります。
編集部 最高裁ではなく高裁ですが、市民らが訴えをおこし、2008年4月に名古屋高裁で「自衛隊(空自)のイラク派兵は憲法9条に違反する」とする違憲判決が出て確定した時は、画期的な出来事として大きく報道され、支援していた市民たちはおおいに喜びました。しかし、政府はこれをほとんど無視しましたし、その当時の自衛隊の最高幹部だった多母神氏は、「そんなのかんけいねえ」と言いましたからね。
ところで、日本では憲法改正の動きは、アメリカとの関係で語られることが多くあります。日米同盟をどう考えるか? という議論もしばしば出てきますが、一般的なアメリカ人はこれらの問題についてどのぐらい注目しているのでしょうか?
カイル 残念ながら一般のアメリカ人は、ほとんど注目していません。というか、そういう問題があることは知らないでしょうね。
編集部 知らないというのは、憲法9条のことを? 日米同盟のことを?
カイル おそらく両方知らないでしょう。多くのアメリカ人は、自分の国の出来事にしか興味がないのです。
編集部 例えば、アメリカの先の大統領選挙の時、日本では連日放映しましたし、オバマさんの英語スピーチの本もよく売れました。とにかく政治家や官僚だけでなく、市民たちもみんなアメリカへの関心が高い。そうすると、ずっと片思いをつづけているみたいな、ちょっと情けない関係ですね。
ところで、アメリカは徴兵制ではなく志願兵制度ですが、カイルさんは自身が軍に入るという選択について、考えたことがありますか?
カイル 私はそのことについて真剣に検討したことはありません。なぜかというと、一度志願兵になったら「軍をなかなかやめられない」という話をよく耳にするからです。それと勿論、私はアメリカの軍事政策に賛成していないからです。
志願兵のメリットは、たくさんあります。ただで大学に行けるし、もし就職がだめでも仕事があるし、不法入国者であればアメリカの国籍を取れます。その最初の理由で従兄弟の一人が軍隊から奨学金をもらって、今カンザスの大学で医学を勉強しています。また、両親に反抗するため、別の従兄弟の一人が海軍に入っていますが、あまりにも厳しくて、後悔しているらしいです。
ハーバード大学では、海軍から奨学金をもらっている女性の学生が、私と同じ寮に住んでいますが、彼女が海軍に入りたい理由はお金のことではなく、「愛国心」だそうです。そういうケースは珍しいと思いますけれども。
志願兵になると色々なものが手に入れられますが、そのコストは非常に高いものです。軍隊のお金を使って、4年間の大学を卒業したら、8年間軍隊で働かないといけないことになっています。もし医者やエンジニアなどであれば、その8年間を安全に過ごせますが、普通の兵士であれば死亡の危険性がいつもあります。ですから、志願兵になる人は、大体貧しくて普通に大学の従業料を払えない人か、十分な教育を受けていなくて他の仕事につけない人か、アメリカの国籍を取りたい不法入国者か、「愛国」している人になりますね。
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そんなやりとりが続いたわけだ。9条護憲の運動が、団体数や集会の数では盛り上がりを見せているのに、9条に違反する「武器を装備した自衛艦の海外派兵」やそれを恒久化する法律ができようとするなど、その矛盾とジレンマについては、最近特に感じていたことだったので、アメリカ人学生にそう指摘され、ドキッとした。しかし彼の仮説である「法律と司法の弱さ」が市民活動、社会活動を支えていない、というかむしろ妨害し阻止しているのでは? という考えには、新しい視点を見いだしたように感じた。
彼の研究が進み、仮説は証明できるのか、それとも・・・? 研究結果の報告をまた待ちたいと思う。そこに日本の市民運動を変えていくための何らかのヒントがあるかもしれない。
日本の一番気に入っていることは?と聞くと
「実は電車が大好き。どこへでも行ける日本の電車は最高」との返事。
まもなく離日するカイルさん。このまま親日家として、
日米の平和のための活躍を期待しています!
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