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いとう・まこと 1958年生まれ。81年東京大学在学中に司法試験合格。95年「伊藤真の司法試験塾」を開設。現在は塾長として、受験指導を幅広く展開するほか、各地の自治体・企業・市民団体などの研修・講演に奔走している。著書に『高校生からわかる日本国憲法の論点』(トランスビュー)、『中高生のための憲法教室』(岩波ジュニア新書)ほか多数。法学館憲法研究所所長。法学館のホームページはこちら。
*アマゾンにリンクしてます。今回は、Q&Aではなく、塾長より寄稿をいただきました。
オバマ大統領のプラハ演説によって、「世界の核廃絶」の実現に向け、
一筋の光を見た人も少なくありません。
その一方、日本は政局がらみで、「非核三原則」がなし崩しになる恐れもあります。
広島に原爆が落とされたのは1945年8月6日のことです。それから64年が経とうとしています。この間、核兵器の開発と縮小を繰り返してきた世界は、いま、核廃絶を目指して動き始めています。
オバマ米大統領は「核兵器なき世界」の目標を掲げて核廃絶に取り組んでいます。7月にモスクワで開かれた米ロ首脳会談では、核弾頭を最低1500発まで削減する合意に達しました。イタリアで先頃開かれたラクイラ・サミットでも「核なき世界」を目指す声明が採択され、核軍縮の機運は一層高まっています。ヨーロッパでも、ベルギーで、ベルギー版「非核三原則」に相当する、核爆弾の使用、製造などを禁止する法制化に向けて準備が進められており、可決される公算が高いようです。そうなると、核撤去を求める動きが各国に広がる可能性もあります。
一方、被爆国の日本の政治はどのような動きをしてきたのでしょうか。
日本では、「核兵器を持たず、作らず、持ち込ませず」という非核三原則が、少なくとも表向きには堅持されてきました。これは、1967年12月11日の衆議院予算委員会において、当時の佐藤栄作内閣総理大臣が表明したものです。それ以降、非核三原則は、歴代の内閣総理大臣の所信表明演説などで踏襲(とうしゅう)されてきました。
ただ、非核三原則は「法制化」までには至っていません。「持たず、作らず」については、日米原子力協力協定や、それを受けた国内法の原子力基本法および、国際原子力機関(IAEA)に加盟し、核拡散防止条約(NPT)等を批准したことによって、法的にも禁止されてきましたが、「持ち込ませず」には、今も法的な拘束力はありません。
そして現実には、日本政府と米軍との間で、核の持ち込みを黙認する「密約」が取り交わされてきました。これについては、小渕恵三・橋本龍太郎両元総理大臣や外務大臣も、密約を了承していたことを記すアメリカの文書が2009年5月に確認されています。
以上が、核保有に関する自民党の立場といえます。
一方、政権交代が現実味を帯びるなかで、民主党の政策に関心が集まっています。
民主党は、かつては非核三原則を堅持する立場でした。たとえば、2002年6月には、政府首脳による「非核三原則」見直し発言をめぐって、共産、自由、社民各党とともに、当時の福田官房長官の罷免を求めていました。
ところが、7月15日の記者会見で、民主党の鳩山代表は、非核三原則については見直しの議論をすること、核持ち込みに関する日米密約を前提に三原則の扱いを日米で協議する必要があることを表明しています。
民主党が政権間近でブレたり、野党の足並みが乱れていることを指摘した方が、新聞記事には関心が集まります。ですから、マスコミは敢えてそういう書き方をするのでしょう。しかし、政策が全部一致しているのであれば、わざわざ違う政党である必要はありません。連立政権というのは、総選挙後に協議を始め、それぞれの政党の基本的な立場を尊重しつつ、最大公約数を模索する政権なのです。
鳩山代表の発言は、非核三原則を骨抜きにする方向で見直すことを表明したというよりは、いまだに政府によって存在しないものとされている核持ち込みに関する「日米密約」を白日の下にさらし、現実に即した議論をしていこうという趣旨です。
ただ、現実に即して「非核三原則」という規範を弱めるという方向の議論には注意が必要です。
これまでの政府は、自衛のため必要最小限であれば小型の核兵器も「実力」として憲法上保有できるという解釈をとってきました。しかし、憲法前文および9条の趣旨からして、核兵器は憲法が禁止する「武力」にあたると考えます。ですから、日本で「作らない、もたない」ことは当然のことです。さらに、憲法が求める平和主義の理念にさかのぼって考えれば、米海軍が核兵器を積んで日本に寄港するような「持ち込まれた核」も武力に他なりません。核兵器が日本の所有物であろうが、米海軍の船に積まれたものであろうが、相手国を核攻撃の脅威にさらしている点に違いはないからです。
憲法が求める平和主義は、戦争を放棄し、戦力を保持せず、交戦権を否認することを通じて、周辺諸国との友好、信頼関係を高めて国際的に協和歩調をとり、また国内的にはゆたかで安心して生きることができる社会を実現することを目指すものです。
にもかかわらず、持ち込まれた核により、相手国を核攻撃の脅威にさらすことは、周辺諸国との緊張を高め、相手国に軍備増強や攻撃の口実を与えるだけです。そうなれば、日本はますますアジアで孤立してしまい、安全保障にもっとも必要な周辺諸国との信頼関係を築くことができなくなってしまいます。
しかも、そこからお互いの憎しみの連鎖が始まり、国民はテロの危険に晒されることになります。相手が大規模な反撃に出たら全面戦争に突入してしまいますが、万が一、日本に「持ち込まれた核」が使われたら、暴力の連鎖の引き金を日本が引くことになるのです。
もちろん、情報公開は国民の知る権利の具体化ですから、日米密約の存在を白日のもとにさらすことは重要なことです。しかし、密約の存在を認めたうえで、「持ち込ませず」を含めた非核三原則を堅持する立場でアメリカと協議を進めるのが、憲法に則した政治のとるべき方向です。「協議」は、相手のある交渉ごとですが、少なくとも、平和主義を掲げた憲法をいただく日本政府の進むべき道は、「持ち込ませない」立場で交渉に臨むことです。
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