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いとう・まこと 1958年生まれ。81年東京大学在学中に司法試験合格。95年「伊藤真の司法試験塾」を開設。現在は塾長として、受験指導を幅広く展開するほか、各地の自治体・企業・市民団体などの研修・講演に奔走している。著書に『高校生からわかる日本国憲法の論点』(トランスビュー)、『中高生のための憲法教室』(岩波ジュニア新書)ほか多数。法学館憲法研究所所長。法学館のホームページはこちら。
*アマゾンにリンクしてます。結局のところ、自民党は「世襲」を容認し、民主党は「次期衆院選から3親等以内の 親族の同一選挙区からの立候補禁止」ということになりました。大騒ぎしておいて何 だったの? という思いも残りますが、ここで投げかけられた問題について、憲法の 観点からじっくり考えてみましょう。
自民党内では、菅義偉自民党副選対が中心になって、世襲制限を党内で議論していました。次回の選挙では見送りになったようですが、そのなかで、職業選択の自由に違反するという意見も出てきたため、この問題が憲法上の問題としても注目されるようになりました。
A16 憲法違反の主張を少し整理すると、憲法は、14条1項で法の下の平等を保障しているのに、立候補を政治的に差別しているのではないか、15条1項の立候補の自由を侵害するのではないか、22条1項の職業選択の自由を制限するのではないか、というものです。
ただ、自民党のこの動きにおいて、法律の専門家が加わっていないからでしょうか、「世襲」の定義も「制限」の内容も明らかにしないで、議員がバトルを始めています。「制限」といっても、党が公認を与えないというだけならば、法的には、自民党と世襲候補者という私人間の問題になりますから、憲法の精神は及ぶものの、直接に憲法の問題にはなりません。また、親子で別の選挙区から立候補するような「世襲」から、地盤・看板・カバンのすべてを受け継いだ「世襲」まで色々なバリエーションがあります。ですから、「世襲制限」を憲法問題として論じるのであれば、単に政治的に騒ぐだけではなく、具体的なたたき台をもとする必要があります。先頃の自民党内の議論は、有り体にいえば、「職業選択の自由」という言葉を使った政治的主張にすぎません。
A17 民主党は、世襲制限案として、「3親等以内の親族が同一選挙区から連続して立候補する際の世襲制限」を政治資金規正法改正案に盛り込もうとしています。自民党で議論されたような、世襲候補者に党が公認を与えない制限ではなく、法律で禁止する制限ならば、直接の憲法問題になります。
結論から言うと、憲法は世襲制限を禁止していません。むしろ、以下のところからは、奨励しているとさえいえます。
憲法は国会議員を「全国民の代表」とします(43条)。すなわち、国会議員は、選挙区や後援団体などの利益代弁者ではなく、そこから切り離されて、「全国民の意思」を追求して行動することが求められています。憲法は、国会議員に、地元とのつながりを切り離した活動を求めているのです。ところが、「世襲議員」が地盤を引き継ぐと、当選当初から、道路やハコものを作るなど、地元の便宜を継続して図っていくことを、地元民や後援会などから期待され、拘束されてしまいます。
たしかに、選挙民は世襲だから選ぶほどバカじゃない、という反対論もあります。しかし、誰に投票するかを決めるときに、地元に利益を運んできてくれたことを動機に投票することは無理からぬことかもしれません。また地元後援会の方々も2世、3世の議員を若いころから支援することによって、地元の利益代弁者として育て上げているという意識がないとはいえないでしょう。だからこそ、制度によってこれらの弊害を防ぐ必要があるのです。そして、選挙民の政治的判断が一定レベルに成熟するまでの間は、アファーマティブ・アクション(積極的差別解消措置)と同じ発想で、世襲制限をすべきと考えます。国会議員を「全国民の代表」とする憲法43条1項自体が、そのことを求めているのです。
世襲制限を認めるもうひとつの理由があります。
国会議員が追求する「全国民の意思」は、実在する多様な民意でなければなりません。ところが、世襲議員は、幼少のころから議員の家庭で育ち、大学を卒業してすぐに議員秘書になったり、また、企業に就職しても「代議士の子」として特別扱いされ、形だけの社会経験を積んだりします。そのような、特定の経験しか積んでいない人が、2008年麻生内閣閣僚では17人中11人、また次期総選挙立候補予定者では、300の小選挙区で自民党では112人(民主党では38人)を占めています。代議士としての帝王学を仕込まれた人などは、社会にほんの一握りしかいないのに、そのような人が候補者に3割以上もいる状況では、多様な民意を反映した政治を行うことは困難です。そもそも国会議員は、さまざまな職業、立場にある国民のその代表であり、多様な民意を反映する仕組みで選ばれなければなりません。権力を行使する政治の世界でありながら、歌舞伎一門のように排他的で特権的な存在であること自体がおかしいのです。実在する多様な民意を忠実に国会に反映させるために世襲制限をすることは、憲法の精神にむしろ合致するといえるのです。
A18 世襲制限が憲法に違反するという主張は、先にふれたように、政治的差別にあたるのではないか、立候補の自由や職業選択の自由を侵害するのではないか、というものでした。
しかし、人権は絶対無制約なものではありません。他人の権利自由を制約するような人権の行使は、「公共の福祉」(憲法12条、13条)を理由に制約されるのです。
では、世襲制限が公共の福祉による制限として認められるでしょうか。ここでは、何のために規制するか(規制目的)、そしてどの程度の制約をするか(規制手段)の両方を考えなければなりません。
世襲制限をする目的は、ひとつには、先にあげた、「全国民の代表」として活動できるように改善することや、実在する多様な民意を国会に忠実に反映させることが挙げられます。さらに、新人候補者との公平を図ることも必要です。世襲ではない人には地盤がないのに、世襲議員(候補)は生まれながらにして地盤(後援会)・看板(知名度)・カバン(政治資金)を持っています。政治資金管理団体も、やり方次第で無税のまま、譲渡できるようです。しかし、これでは、平等であるべき立候補の自由が不平等になってしまいます。非世襲議員の立候補の自由を実質的なものにすることは、規制目的のひとつです。
一方で、規制手段として、もし、世襲の親族にいっさいの立候補を禁止するような内容の法律ならば、規制目的を実現するにしても強すぎる規制ですが、さきの民主党案のように「3親等以内の親族が同一選挙区から連続して立候補することを制限する」内容であれば、2世も別の選挙区から立候補できるので、強すぎる制約とはいえず、憲法で許容される範囲内の制限といえるのです。
A18 民主党ではもともと、世襲制限が議論されてきましたが、自民党が今回このような動きを見せたのは、民主党の主張を国民向けに霞ませる政治的意図をもったものでしょう。しかし、このような、世襲を非公認にする程度の極めて弱い世襲制限ですら、党内調整が立ちゆかなくなって見送りになってしまいました。自民党が選挙マニュフェストをどう作るかにもよりますが、来るべき総選挙において、与野党で対立する争点として浮上することはあると思います。
ただ、いずれにしても、与党議員が憲法論を言い始めるとき、多くは、自分の政治的立場を支えるためにする議論であることがほとんどなので、そういう「憲法論まがい」を真に受けないことが大切だと思います。特に、自分たちの既得権を制限されそうになると、普段、大好きな「公共の福祉」や「公益」という言葉を忘れてしまう人が多いので注意が必要です。
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