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いとう・まこと 1958年生まれ。81年東京大学在学中に司法試験合格。95年「伊藤真の司法試験塾」を開設。現在は塾長として、受験指導を幅広く展開するほか、各地の自治体・企業・市民団体などの研修・講演に奔走している。著書に『高校生からわかる日本国憲法の論点』(トランスビュー)、『中高生のための憲法教室』(岩波ジュニア新書)ほか多数。法学館憲法研究所所長。法学館のホームページはこちら。
*アマゾンにリンクしてます。またひとつ、憲法の理念から逸脱する行為、及び法律が制定されようとしています。
この問題について、素朴な疑問から多数意見への反論の方法など、塾長にお聞きしま
した。
海賊対処法案(正式名称「海賊行為の処罰及び海賊行為への対処に関する法案」)が国会で審議されています。これまで、ソマリア沖などのような日本の領海外で行われる自衛隊の警備活動は、海上警備行動(自衛隊法82条)として行われてきました。 この海上警備行動の護衛の対象は、日本船籍の船、日本企業の運航する外国船、日本人が乗船している船に限られ、外国船を護衛することはできませんでした。また、武器の使用は、警告射撃、正当防衛、緊急避難、武器防護のために限られていました。いずれも、憲法9条との関係から、海外での武器使用を限定すべきだという理由で、そう解釈されてきたのです。 その点、今回の海賊対処案は、護衛の対象を拡大し、日本関係の船舶だけでなく他国船舶も保護対象とします。また武器の使用を拡大し、海賊船が民間船舶に著しく接近し、停船命令に従わない場合に、他に手段がなければ、船舶停止のための船体射撃もできるようにしました。条件を絞ったとはいえ、従来の範囲を超えて船体射撃ができるという点は、憲法が禁止する「武力の行使」からみて、新局面といえます(もちろん悪い意味で)。そして、これを世界中どこでも、いつでも可能とするものです。
A7 さて、海賊対処法の制定に先立ち、2009年3月14日、自衛隊法82条の海上警備行動に則して、2隻の護衛艦、「さみだれ」「さざなみ」が出航しました。たしかに、武装している海賊船とはいえ、これ毎分4500発も撃てる機関砲など最新兵器を装備した大型護衛艦が2隻も出るのは大げさです。なぜそんな大げさなことをしたのでしょうか。国益を守るための「海賊退治」は、大衆にいかにも支持されやすい切り口です。喜望峰を回ると余分にかかる数百億円を節約するためにあえて危険な航路を選択した民間企業の利益が国益といえるのかはおいておくとします。この自衛隊のソマリア沖派兵について私は憲法違反ととらえていますが、政府や多くの政治家は海賊退治なのだから問題ないと考えているようです。こうして武装した自衛隊が海外に出て行くことに慣れさせておいて海賊対処法制定のハードルを下げる目的があったのかもしれません。これはひいては海外派兵恒久法の制定に向けた地ならしとしての役目を果たすものだったといえるかもしれません。
自衛隊法
第82条(海上における警備行動)
防衛大臣は、海上における人命若しくは財産の保護又は治安の維持のため特別の必要がある場合には、内閣総理大臣の承認を得て、自衛隊の部隊に海上において必要な行動をとることを命ずることができる。
海賊対処法案
第6条
海上保安官又は海上保安官補は、海上保安庁法第20条第1項において準用する警察官職務執行法第7条の規定により武器を使用する場合のほか、現に行われている第3条第3項の罪に当たる海賊行為(第2条第6号に係るものに限る。)の制止に当たり、当該海賊行為を行っている者が、他の制止の措置に従わず、なお船舶を航行させて当該海賊行為を継続しようとする場合において、当該船舶の進行を停止させるために他に手段がないと信ずるに足りる相当な理由のあるときには、その事態に応じ合理的に必要と判断される限度において、武器を使用することができる。
第2条第6号に係る第3条第3項の罪に当たる海賊行為: 第1号から第4号までのいずれかに係る海賊行為をする目的で、船舶を航行させて、航行中の他の船舶に著しく接近し、若しくはつきまとい、又はその進行を妨げる行為
A8 法律の上では、護衛任務が、海上保安庁から海上自衛隊に移ったわけではありません。海賊行為への対処は海保が行い(新法案5条)、海保では対応不能な事態が起きた場合のような「特別の必要」がないと海自を出すことはできません(同7条)。
ただそうはいっても、海賊への対処や護衛艦乗組員の生命の安全を考えれば、国としては、当然、装備に優れた方を出動させるでしょう。海保の装備増強が予定されていれば別ですが、麻生総理も海保の大型巡視船を追加的に保有する考えは現時点ではないと表明しています。ですから、事実上は、護衛任務が海自に移ったと考えてよいでしょう。その場合の法的根拠は、従来の自衛隊法82条から、海賊新法6条に変わります。
Q1と併せて整理すると、①武器使用の範囲と護衛対象が拡大したこと、②護衛任務は、事実上、海保に変わり海自が担うことになったということです。この結果、世界中どこでも、いつでも、武装した自衛隊を海賊行為対処という名目で派兵でき、船体射撃を含む事実上の戦闘行為を可能にしたということです。しかもこうした重大な海外派兵に対しての国会の事前承認は不要となっています。自衛隊の活動内容が補給活動に限られ、期間も1年に限られていた新テロ特措法(2008年1月制定)と異なり、地域も期間も限定がないにもかかわらず、国会の承認を不要とすることはシビリアンコントロールの点から大きな問題です。
第5条(海上保安庁による海賊行為への対処)1 海賊行為への対処は、この法律、海上保安庁法その他の法令の定めるところにより、海上保安庁がこれに必要な措置を実施するものとする。
2 前項の規定は、海上保安庁法第5条第17号に規定する警察行政庁が関係法令の規定により海賊行為への対処に必要な措置を実施する権限を妨げるものとして解してはならない。
第7条(海賊対処行動)
防衛大臣は、海賊行為に対処するため特別の必要がある場合には、内閣総理大臣の承認を得て、自衛隊の部隊に海上において海賊行為に対処するため必要な行動をとることを命ずることができる。この場合においては、自衛隊法第82条の規定は、適用しない。
A9まず、海上自衛隊のソマリア沖派兵の違憲性を確認しておきましょう。 政府がこれを合憲とする理由は、海賊退治は警察活動であって武力行使ではないので許されるというものです。しかし、海賊という犯罪に対しては警察活動をするだけだから、武装した自衛隊を派兵しても憲法9条に違反しないという形式論は許されないはずです。それは、テロは犯罪だから自衛隊をテロ掃討作戦に参加させてもよいとはいえないのと同じです。さらに昨年の数回にわたる安保理決議では、「ソマリア領海内で海賊制圧のため必要なあらゆる措置」を承認し、これに基づいて欧米各国は海軍を送って軍事力による鎮圧を行っています。こうした実戦の場に自衛隊が共同参加する可能性があるのですから、これを警察活動などと言って許すわけにはいきません。これまでの自衛隊の海外活動である後方支援とは大きく異なり、まさに前線に出て戦闘する可能性があるのです。
海賊対処法に関して、当初、防衛省は、自衛隊の海上警備行動をもっと大幅に拡大することをもくろんでいました。しかし、従来から9条との関係で、海外での武器使用に慎重な姿勢をとってきた内閣法制局がそれを押さえ、結果として今回のような武器使用の範囲にとどまったといわれています。
しかし、今回の海賊新法案によって、武器使用を、外国船の保護まで拡大したことは、質的な変化といえます。従来は、武器を使用できる場合として、警告射撃、正当防衛、緊急避難、武器防護に限っていました。言い換えれば「自衛」という線は維持してきたわけです。が、海賊新法案が認めるところの、外国船を守るための武器使用は、「自衛」とは異質の武力行使といわざるを得ません。これは武力行使を禁じた憲法9条1項に反します。
A10 「海賊だから仕方ない」と考えるのは単純に過ぎます。武力行使を禁止する日本国憲法のもとでは、海賊を駆除する手段としてであっても武力を行使することはできません。Q11で述べるように、ほかの手段で国際貢献をすべきです。
海賊新法案は、憲法9条との関係で、従来までの自衛隊の運用において、2つの変化の兆しがみられます。
ひとつは、「外国船」を守るために武力行使を認めて「自衛」の枠を超え始めたことです。これは先に指摘したところです。
もうひとつは、海賊新法案が、この法律の目的として「『我が国の経済社会及び国民生活』にとって海上船舶の航行が重要だからこれを守る」と明記したことです(1条)。自衛隊はすでに外国軍隊へ油を補給しに海外に出かけていって、対テロ戦争の片棒を担いでいます。そのことの大義は、名目上は「世界のため」でした。ところが、海賊新法案では、経済社会や国民生活のために武力を行使することを認めているのです。いいかえれば「国益のため」「お国のため」の武力行使です。いかなる戦争も、国のためという名目で始まることは歴史の示すところです。太平洋戦争も、アメリカの圧力と緊張関係から国を守るために始めたものです。中東における石油利権確保のためにイラク戦争が引き起こされたという見方もあります。日本国憲法は、そういう戦争をしないことにしたのです。日本企業のためであっても、たとえ日本国民のためであっても、戦争や武力行使をしないことにしたのが憲法の立場であることを、多くの人が学ばなければなりません。
A11国益、ひいては国民の利益を守ることはたしかに大事なことです。四方を海に囲まれ、資源をほとんどもたない日本にとって、海上の安全な運行は、国民生活や日本の経済を維持するうえで本当に大切なことです。
しかし、そんなことは、憲法を制定した当時から分かりきっていたことです。それがいかに大事であっても、日本国憲法は、武力によって守ることを放棄したのです。そのことが広く国民や議員に浸透していれば、国会における議論も違ったものになったことでしょう。
紛争には必ず原因があります。紛争が起きてからそれを軍事的に制圧しようとするのではなく、紛争の原因をなくすために最大の努力をするのが憲法の立場です。ソマリア沖の海賊にしても、ソマリアの政治的不安定からくる貧困、外国船による非合法漁業活動、外国企業による廃棄物違法投棄など複雑な原因があるようです。こうした原因に対して、外交努力や開発援助、ソマリア周辺海域での海上保安活動への援助などさまざまな対処方法があるはずです。
国会において議員が、また、われわれ国民が「どこまでの武力を認めるか」という議論に終始するだけでは、憲法を活かすことはできません。それができないとすると、憲法が求める平和のあり方が、日本人には高すぎるハードルだということなります。そうならないように、私たちが政治を監視し、声を上げていかなければならないのです。
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