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オバマ米大統領の「プラハ演説」に始まり、
「核軍縮・核廃絶」を求める声が、急速に高まっています。
今、世界でどんな動きがあるのか。
そしてこの潮流を止めないために、日本はどうしていくべきなのか。
平和問題のシンクタンクNPO「ピースデポ」の梅林宏道さんに伺いました。
うめばやし・ひろみち
1937年兵庫県生まれ。東京大学大学院を修了後、大学教員を務めるが1980年に退職。フリーの反戦平和活動家として、NPO「ピースデポ」を設立、代表を務める。現在はピースデポ特別顧問。核軍縮を目指す国際NGO「中堅国家構想(MPI)」運営委員なども務める。主な著書に『米軍再編−−その狙いとは』(岩波ブックレット)、『在日米軍』(岩波新書)などがある。
今年9月、ニューヨークで初の「核不拡散・核軍縮」をテーマとした国連安保理サミットが開かれ、「核なき世界」を掲げた決議が全会一致で採択されました。さらに、10月の国連総会でも、日本がアメリカなどとともに提出した核兵器全廃決議案が採択されるなど、世界が「核廃絶」に向けて、にわかに動き始めているようにも見えます。
この大きなきっかけになったのが、今年4月のオバマ米大統領による「プラハ演説」ですが、梅林さんはこれをどう見ておられますか? オバマは、アメリカはどこまで本気で核廃絶に取り組もうとしているのか……。
プラハ演説は、世界的に非常に大きなインパクトがありましたよね。特に、ヨーロッパ諸国に与えたインパクトは大きかったと思います。
オバマ大統領は、おそらく真剣に、核の大胆な削減をしたいと考えているのでしょう。パグウォッシュ会議(※)がノーベル平和賞を受賞したとき、その事務局長だった科学者のジョン・ホルドレンが科学顧問としてオバマの側近の1人になっていることも、その表れだと思います。
ただ、オバマにやる気はあっても、やはり政治の世界ですから、それだけで突っ走るわけにはいかない。核の問題については、アメリカ国内の「抵抗勢力」による反対も非常に根強いんです。
※パグウォッシュ会議
核兵器廃絶、戦争の根絶を目指す科学者らによる国際会議で、正式名称は「科学と世界の諸問題に関するパグウォッシュ会議」。1957年、英国の哲学者ラッセルと米国の物理学者アインシュタインの呼びかけにより、日本の湯川秀樹らを含む科学者22名の署名によって設立された。1995年にノーベル平和賞を受賞している。
抵抗勢力というのは?
基本的には保守派、共和党勢力。民主党の中でも、ゲーツ国防長官などはそれに近い主張の持ち主です。そしてそれを支える世論。軍事力で負けないアメリカ、強いアメリカを支持する人々ですね。
10月にオバマ大統領がノーベル平和賞を受賞したときにも、アメリカ国民みんながそれを単純に喜んだわけではなく、一部では「強いアメリカ」に逆行するものとして非難の声もあがっていたと聞きました。
オバマにはカリスマ性もあって、だからこそ就任前からの期待も大きかったわけですが、それだけではうまくいかないということは、医療改革が難航していることなどからも分かってきていますよね。世論を敵に回すと、そこから先にはなかなか進めなくなってしまう。
おそらく、クリントン政権時代の失敗の例もオバマの姿勢に影響を与えているんでしょう。クリントンも当時、そうとう大胆に軍縮を進めようとしたんですが、結局は成功しなかった。民主党が議会で少数派であって進めづらかったということもありますが、世論を先に敵に回してしまったことが大きかったんです。
その教訓もあって、世論を無視して一気に進むのではなくて、慎重に、じっくりやっていこうというふうにオバマは腹を据えているのではないか、と思います。
では、そうした方針のもとで、アメリカは今、核廃絶や軍縮に向けてどう動いているのでしょうか?
大きな動きとしては、ロシアとの間で始まっている「第一次戦略兵器削減条約(START1)」の後継条約に向けての交渉が挙げられると思います。
それは、どういうものなんですか?
START1は1991年、アメリカとソ連の間で結ばれた軍縮条約です。戦略核弾頭数を6000発以下にするなど、核弾頭やその運搬手段である弾道ミサイル、爆撃機などの削減を定めたもので、削減そのものの履行は米ロとも2001年までに終了しました。
ただ、このSTART1の重要な点は、数の削減そのものだけではなく、その弾頭が再び使用されたりすることのないよう破壊する、そしてそれを検証するシステムが含まれていることにありました。そして、その検証システムを含めたSTART1が2009年12月5日に失効するということで、いまそのことが重要課題になっているわけです。
以前のブッシュ政権はこのSTARTの流れを踏襲せず、2002年にロシアとの間に「戦略的攻撃能力削減条約(SORT)」を締結しました。モスクワ条約とも呼ばれるこの条約は、2012年を目標に、核弾頭をSTART以上に削減すると合意したもので、削減そのものは継続する内容のものでした。
このモスクワ条約が現在実行段階にあるわけですが、これをアメリカの民主党やNGOは「本当の軍縮ではない」といって批判していた。というのは、モスクワ条約で削減対象になっているのは核弾頭だけ、しかも作戦配備しているものだけです。STARTと違って運搬手段は削減対象になっていないし、何よりも削減したものの解体が義務づけられていない。また、削減の検証システムも合意していない。いったん削減したはずの弾頭が将来的にまた使われてしまう可能性があるんですね。つまり、モスクワ条約では、START1で保証された米ロ間の信頼を維持できない恐れが強い。
一時的な数字上の「削減」にはなっても、また元に戻すことができてしまう。それを防ぐための検証が含まれない内容なんですね。
そこでオバマは、今年のSTART1の失効にあわせ、その後継になる条約をロシアと締結するというのを公約にしていた。その交渉が今、始まっているんです。
この内容について、我々NGOは非常に大きな期待をしていました。12月に締結という時間的な制約はありますが、その中でもなんとかその「次」につながるような、画期的な内容のものにしてほしいと考えていたんです。
しかし、現状としてはなかなか厳しい状態ですね。
といいますと……
7月に交渉の中間文書が出されたんですが、そこに書かれた削減目標は、非常に緩やかな数字でした。もちろん、削減した弾頭は破壊する、それを検証するシステムが組み込まれているという点で、モスクワ条約よりは意味のある内容になっていますが。
それと関連して、夏にはほぼ完了するだろうと言われていた「4年ごとの国防見直し(QDR)」の作成も、なかなか思うとおり進んでいないようです。これは、アメリカ政府が4年ごとに作成して議会に提出することが義務づけられている公文書で、国防政策全体の方向性を定めるもの。ブッシュ政権時代、2001年、2006年と作成されたQDRには、「テロとの戦いのためには先制攻撃も辞さない」といった、悪名高い攻撃的なブッシュ戦略が描かれていました。今回も、このQDRの中身が見えてこないと、オバマ政権が今後どの程度のことをやれるのか、やるのかがはっきりしないんですね。
また、QDRとセットで議会に提出されるのが、QDRに基礎を置きながら核兵器にかかわる政策を定める「核態勢見直し(NPR)」という文書です。こちらは、アメリカが何のために核兵器を持つのかという、核兵器の政策上の位置づけを決定づけるもの。中でも、今回のNPRについて注目されているのが、「ノー・ファースト・ユース」政策が可能なものになるかどうかです。
「核の先制不使用」ですね。他国から核攻撃を受けない限り、自分の側からは核を使用しない、という…。
そう。今はアメリカは先制使用を想定して核体制を維持しているわけですから、そこが変わるかどうか。また、アメリカもロシアも今「警報即発射(LOW)」といって、他国からの核攻撃が探知されたら即座に核のボタンを押すという、冷戦時代そのまま体制を維持しているんですが、これが解除されるかどうかもポイントです。そうしたことが、NPRによって導かれることになる。そしてそれが、アメリカが今後どれだけ軍縮を進められるかを左右するわけです。
このNPRの作成も、当初の予定どおりには進んでいないし、状況の厳しさがだんだん明らかになってきてはいる。しかし、それでもオバマは単なる言葉だけのリップサービスではなく、本気で「核のない世界」を目指すつもりだ、というのが私たちの理解です。ただ今のところ、先ほど言ったように「一気に進んでいく」という形ではないということですね。
一方、日本でもアメリカに半年遅れて政権交代が起こり、民主党を中心とする連立政権が成立しました。
まもなくオバマ大統領の初来日もあるわけですが、新政権としては、この「核廃絶」への潮流を止めないために、どういった態度で臨むべきだとお考えですか?
私は、核の問題については、「オバマだのみ」になるよりも、むしろ日本政府のほうからアメリカに対して具体的なメッセージを出すべきだと思っています。
具体的なメッセージ、ですか?
たとえば岡田外相は初閣議後の記者会見などで、先ほど触れた核の「先制不使用」について、「軍縮や核廃絶をいう以上は当然のことであり、アメリカにもそれを働きかけていく」という内容の発言をしていますね。個人的な発言だとしても、日本の外務大臣でそこまで言った人はおそらくいないし、メディアも市民ももっとそれを激励すべきだと思います。ただ、問題はそこからもう一歩進めて、「日本政府はアメリカが先行使用することを望んでいない」と言えるかどうかが、大切なんですよね。
つまり、今岡田外相が言っている「当然」の中身は、「すべての核保有国は先に核を使わないと誓約すべきだ」ということ。それはそれでもちろん重要な当然の主張だと思うんですが、一方で世界的に見れば日本はアメリカの核の傘の中にいる、もっと言えばアメリカに「核の傘」を要求している立場なわけですよね。アメリカの中にも「核の先行不使用を宣言すれば、アメリカの核の傘は実際には機能しない“破れ傘”じゃないかというので、同盟国の間に不安が生ずる」という議論があるように、核の傘の中にいる国はすべて、先行使用を期待しているという目で見られている。また、したがって、それを核削減を遅らせたい勢力に口実として利用されるわけです。
実際に、国際有識者会議の「核不拡散・軍縮に関する国際委員会」の共同議長を務める川口順子元外相は、その報告書作成の過程において「世界の安全保障が危機にさらされる可能性がある」として、核の先行不使用宣言に異論を唱え続けていました。10月13日にも長崎での記者会見で同様の発言をしています。
さらにこの11月にも、自公政権下で日本の政府関係者が「核軍縮が進めば核の傘の信頼性が低下しかねない」との懸念を米議会の諮問委員会に表明していたことが明らかになりました。
今でも、もし政権が自民党に戻れば政府はそうした方針を打ち出すでしょう。自民党の主張は以前から変わっていなくて、核の傘が確実であるためには、先制不使用をアメリカに言ってもらっては困るというものですから。
つまり、日本政府はこれまで、「核軍縮はもちろん重要だけれど、時間がかかる。いきなりは無理だから、一歩一歩前進していくしかない」と、まるで他人事のようにいい続けてきたわけです。その中で、先行使用についても「当面は必要だ」というスタンスを取っていた。新政権には、自国の政策として「もうそうではないんだ」というところを打ち出してほしい。
その意味で、岡田外相の発言はまだ「どの国も」先行不使用すべきでない、というところにとどまっていて、それを実現するために日本政府の政策が変わる、というメッセージにはなっていないんですよね。
そこを一歩進めて、日本は変わったんだ、「アメリカが」核を先行使用することは望まないんだ、という明確なメッセージを、オバマ大統領に、アメリカに伝えられるかどうか。それでこそ、日本がいう「核軍縮」「核廃絶」にも重みが出てくる。そのためには、やはり世論の後押しが非常に重要になってきますね。
岡田外相の発言なども、メディアももっと的確に取り上げて激励したほうがいいと思います。
まもなくオバマ大統領が来日。
政府が、ここからどんな日米関係を築いていくのか。
「核のない世界」への潮流を止めないためには、
それを後押しする私たち国民の声も、大きなポイントになるはずです。
次回は、注目が集まる沖縄・普天間基地移転問題についてもお聞きします。
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