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この人に聞きたい

090422up

辻井 喬さんに聞いた(その2)

世界多極化の時代に、
日本があるべき姿とは?

2008年から現在にいたるまで、不況の嵐が吹き荒れた日本経済と社会。
経済人としての経験も長い辻井さんは、この事態をどのように見ていたでしょうか? 
そして未来はどうなるのでしょうか?

つじい たかし
詩人・作家。本名は、堤清二。1927年生まれ。元セゾングループ代表。1955年に詩集『不確かな朝』を刊行、以来数多くの作品を発表。これまでに室生犀星詩人賞、高見順賞、読売文学賞詩歌俳句賞、平林たい子文学賞、谷崎潤一郎賞、野間文芸賞などを受賞。憲法再生フォーラム代表、マスコミ九条の会呼びかけ人。近著に詩集『自伝詩のためのエスキース』(第27回現代詩人賞受賞)、小説『遠い花火』、随筆評論集『新祖国論』、講演録集『憲法に生かす思想の言葉』などがある。

なぜ「第三極」は生まれないのか

編集部

 前回、辻井さんは「自民と民主の二大政党制というのは架空の議論にすぎなかった、なぜなら二つの政党は結局は同根だからだ」とおっしゃっていました。
 では、その「同根」ではない政党、第三極はなぜ生まれてこないのでしょうか。たしかに社民党や共産党といった政党はありますが…

辻井

 国会に議員が5人とか8人とか、数字でいえば勢力としては問題にならないんですよね。共産党なんか、言っていることを聞けば一番まともだと思うんだけど、何でまともなことを言っている政党の議席数がそんなに少ないのか、と思います。
 やっぱり大きいのは、小選挙区制の問題ですよね。私はあの導入のとき、一所懸命反対したんです。今小選挙区制をとったら、下手な独裁者が出てきて、また危険な道に入る。しかも、アメリカに従属した独裁国家なんて、日本人にとってきわめて悲劇であり喜劇でもある、と。

編集部

 でも、あのときはほとんどどの政党からも、大きな反対の声は上がりませんでしたね。たとえば共産党も、当時の社会党との駆け引きみたいなところがあったのか、比例代表制との並立だからそっちのほうで得票できるという読みがあったのか、はっきりした反対の姿勢は示さなかったと記憶しています。(*読者からの指摘があり事実関係を調べたところ、共産党は小選挙区制には、一貫して反対を表明していました。事実関係を間違えたことをお詫びします。)

辻井

 そうだとしたら、それは自分の党利を考えて国の将来を考えていないということですよね。
 そういえば私のところにも、毎年8月が近づくと、原水禁と原水協の両方から集会の案内状が来るんです。

編集部

 両方ですか。

辻井

 両方来ますね。原水協が共産党系、原水禁が社民党系でしょう。「今どき何を考えてるんだ、こんな核問題なんていう、誰にでもわかりやすいところで一本化できなくて、統一戦線もへったくれもないだろう」と思うんですが。それぞれに「一本化はできないのか」という話をしても「おっしゃることはわかります、でもいろいろいきさつがあって」という返事しか返ってこない。
 たとえば日本が中国大陸に侵略したときには、中国共産党と国民党は国共合作したじゃないか、と言うんですけどね。今もう日本が駄目になる時なのに、何を考えているんだ、と思います。両方とも、レベルが低すぎる。

編集部

 そこがどうしても手を結べない、というのはありますね。それが実現しなければ、第三極というのはなかなか難しいだろうな、と思います。

辻井

 ただ、僕はあんまりがっかりもしていないんですよ。というのは、今回の世界恐慌で、みんな経済的に、追いつめられるところまで追いつめられてしまいます。生活の問題としてなんとかしなきゃならないことが山積みになっている。そうすると、ごちゃごちゃ言って仲間割れしていること自体が大衆から非難される、そういう状況が出てきていると思います。
 昨年も、『蟹工船』が60万部売れたとか、共産党の党員が2万人近く増えたとかいう話がありました。あれは僕はいいニュースだと思ってるんですよ。なぜかといったら、増えた2万人はおそらくマルクスの『資本論』もレーニンの『国家と革命』も読んでない。だけど、共産党の言ってることは正しいと思うから入った。そういう人が体質を変える力になるといいと思うんです。

編集部

 昨年の暮れには「派遣村」が注目を集めましたが、あれを組織した人たちというのも、従来の「運動」のイメージとはだいぶ違うんですよね。湯浅誠さんとか雨宮処凛さんとか、そういう人たちがリーダーになって、辻井さんのおっしゃる「日本生まれの新しい革命思想」を少しずつ作っていくのかな、という気がしますね。

辻井

 あれは新しい“革新”の在り方を示唆する動きだったと思います。世の中に、エネルギーがなくなってしまったのではないことを示していました。

9条なしに、日本の経済は成り立たない

編集部

 さて、憲法9条のお話も伺いたいと思うのですが、辻井さんは1927年のお生まれということで、戦争体験がおありですね。

辻井

 そうですね。消防士が兵隊にとられていなくなった補充に動員されて、帝都防衛隊というのに編入されていました。

編集部

 そのときは、おいくつだったんですか。

辻井

 高校生で、17かそこらでした。空襲警報が鳴ると、自宅から青山墓地を抜けて、四谷の消防署へ行くんです。そこが僕の勤務先だった。
 そして、なぜか僕は班長だったから、第何班は江東区へ行け、墨田区へ行け、と指示を出すんです。それで3人が死にました。その、僕が「行け」と言ったことでね。
 それで、人間って怖いなと思うのは、空襲が終わって、朝になって家に帰るでしょう。途中、死体があちこちに転がってるわけですよ。最初はそれにびっくりする。ところが、3回、4回目となると、もうびっくりしないんです。

編集部

 慣れてしまうんですね。

辻井

 そうです。同じように、戦場へ行って残虐な行為をしてしまうというのも、慣れてしまって、つまり言い換えれば正常な感覚が麻痺してしまえば十分に起こりえると思った。だから戦争は怖い、戦場へ行っちゃいけないんだと思いましたね。
 そういう経験もしてますから、9条はもう、絶対に大事です。マスコミ9条の会の呼びかけ人にもなっていますし、かたや経済人として考えても、今、9条がなかったら日本の経済は成り立たないと考えています。

編集部

 そう考えておられる理由を、もう少し詳しくお話しいただけますか?

辻井

 今、日本が工業生産を維持するためには、石油を積んだ船がマラッカ海峡を平和に航海できなくてはなりません。そうでなければ、日本の産業は一ヶ月しかもたない。平和が維持されているということは、日本経済の維持、発展の前提条件なんです。9条があってこそ、日本の経済は生きていけるんですよ。
 それから、経済ばかりじゃなくて、日本の主要穀物の自給率は40%を切ってます。ということは、海外からの輸入がストップしたらとたんに人口の60%は餓えるんですよ。そのときになって急いで畑を耕しても、収穫まで1年かかるんですからね。
 そういうあらゆる条件をとってみても、9条でもって平和が保たれていないと、日本はやっていけない。9条は、日本のためだけじゃなく相手にとっても——つまり国際的にも、有益な憲法なんだと思います。

編集部

 逆にいえば、もし9条が日本になくなったら…

辻井

 昔よく、いろんな国で言われたのは、「9条がなくなったら、あれだけ発達した経済権益を守るために、日本は必ず再軍備するだろう」ということですね。そうなったら、アジアにとって日本はもっとも危険な軍事国家になりかねない、と。
 私は、今回の恐慌でアメリカの一極支配の時代は終わったと考えています。今は長いトンネルの中に入っているけれど、そのトンネルを抜けたときには、完全に多極化の時代になっている。少なくとも中国がもう一つの極、そしてEUがさらにもう一つの極として残ることは間違いないでしょう。やっぱり50年かけてつくられてきたEUは強いですよ。技術もあるし文化もある。「今はEUは貨幣も下落してるし、だめだ」という財界人が多いんですけど、文化的要素をまったくカウントしていない考え方だなと思います。
 そしてアメリカも一つの極としては残るでしょうから、EUと中国とアメリカが三つの極です。日本はたぶんそこに残らない。残らないほうがいいでしょう。そしてどの極とも仲良くしていい関係を結ぶことで、中規模の通商国家、交易国家として残ればいいんです。その条件が9条の保持なんですよ。

財界人ではなく、経済人でいたい

編集部

 経済人としての目から見ても、それが日本の進むべき道だということですよね。しかし、実際には大企業などからは「9条改憲」の声が多く聞かれます。また、今回の大不況では「派遣切り」など、大企業による労働者の切り捨ても大きな問題になりました。

辻井

 そういうことを考えても、日本は今、本当に危ない。最近私は、9条の話をするときには25条の生存権の話も一緒にしているんです。
 「労働する」というのは、国民の基本的人権の大事な部分です。それを、会社がもたないからといって平気で無視するというのは、それ自体が反社会的行為。従って、労働者のクビを切って会社をもたせるというのは、基本的に間違いだし憲法違反だ、という話をしています。
 それから、労働権の一つとしてスト権がありますよね。最近、フランスで大規模な交通ゼネストがあったんです。みんな当然ぶつぶつ言いますよ。不便だから。だけど、労働者がストをする権利は基本的人権だという意識があるから、「社会性をどう考えているんだ」とか批判するメディアは一つもなかった。
 日本で同じことがあったら、今のメディアは「国賊だ」と言いかねない。労総組合の指導者を袋叩きにすると思います。メディアの中に、スト権、ひいては労働権が基本的人権だという感覚がないんですよ。その観点からしても、本当に日本のメディアはダメですね。
 それに、経済界のリーダーも本当にひどくなりましたね。会社が危ないからクビを切って何が悪いんだ、と居直りするんですから。

編集部

 以前、辻井さんが「(自分は)財界人ではなくて経済人だ」とおっしゃっていたのをお聞きしたことがあります。

辻井

 それは今でも変わりませんね。自分を財界人だと思ったことはないし、言ったこともない。そう言われたら否定します。どうせ誤解されるんなら、ちょっとでも名誉な方向に誤解されたいじゃないですか(笑)。

編集部

 さて、最後に「マガ9」読者からの質問を一つ。作家の村上春樹さんによる、文学賞の「エルサレム賞」授賞式での「壁と卵」のスピーチをどうお聞きになりましたか、というものなんですが…。

辻井

 僕は素直に評価します。やっぱり村上さんはいいな、と思った。「私は常に卵の側に立つ」という言葉は素直に受け取ったし、こういう発言をするのなら、今後たとえば彼がノーベル賞をもらっても抵抗はないな、という感じでした。
 もちろん、批評家は「それは素直すぎるよ」と言うでしょうし(笑)、わざとらしいとかPRの匂いがするという声もありましたが。でも、これだけ評価できるものが乏しい時代ですから、ちょっとでも評価できるものは、僕は素直に評価したいと思うんです。

編集部

 本当にそうですね。ありがとうございました。

遠い花火

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世界恐慌の末に、世界は多極化の時代に入り、
日本は、どの国とも仲良くできる中規模の通商国家、交易国家として残るといい。
しかしそうなるための条件が9条の保持だという、辻井さんの言葉には、大きな希望が持てます。

これまでのアメリカべったりの政治や外交とは決別し、
新しい日本の在り方を世界に示すためにも、一国平和主義に陥らないためにも、
今こそ憲法と9条の理念をきちんと世界にアピールしていく時ではないでしょうか? 
辻井さん、ありがとうございました。

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