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この人に聞きたい

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渡辺真也さんに聞いた(その1)

9条と戦後美術

NYを拠点に現代美術美術展のキュレーターとして活躍中の渡辺真也さんは、
今年1月に憲法9条をテーマとする企画展をNY/ソーホーで行い、オープニングには、
オノ・ヨーコさんやべアテ・シロタ・ゴードンさんなども顔を見せ話題となった。
そして、この8月にはいよいよ日本に巡回する。
なぜ、9条がテーマの展覧会なのか? まずは、企画意図についてお聞きしました。

わたなべ・しんや
日本とアメリカにて経済学を専攻後、ニューヨーク大学大学院にて美術修士課程を修了。世界34カ国を陸路にて単発的に放浪する過程にて、国民国家とアートとの関係性をテーマとした国際美術展を製作するようになる。2005年愛知万博開催の際には、日本国内とニューヨークを舞台とした展示「もう一つの万博 - ネーション・ステートの彼方へ」をキュレーションした。この展示では、万博の構成単位となっている国民国家そのものを作品のテーマとして扱っている美術作家を旧ユーゴスラビア諸国などから集め、2005年8月15日の60回目の終戦記念日にニューヨークにて開催することで、二つの世界大戦を産んでしまった近代国家と、その現状への影響を批判的に展開。今年1月には、憲法第9条をテーマとした美術展「アトミックサンシャインの中へ - 日本国平和憲法第9条下における戦後美術」を、ニューヨークにて開催し、大きな反響を得た。

ニューヨークで9条を考える美術展開催

編集部

  渡辺さんは、この8月6日よりヒルサイドフォーラム(東京都渋谷区)にて開催される「アトミックサンシャインの中へ」という美術展をキュレーションされていますが、これは今年の1月にニューヨークで開催した「アトミックサンシャインの中へ 日本国平和憲法第9条下における戦後美術」の日本への巡回ですね。その展覧会では、オノ・ヨーコ、森村泰昌、柳幸典、照屋勇賢をはじめ、アメリカ、キューバ、ドイツ、ベルギーの各国の現代美術家11名の作品を展示されました。
 まず、この展覧会の企画意図について教えてください。

この美術展に関連し、ベアテ・シロタ・ゴードンさん、「映画日本国憲法」のジャン・ユンカーマン監督、一水会顧問の鈴木邦男さん、キャロル・ブラックさん(コロンビア大学の日本史家)、フランシス・ローゼンブルースさん(エール大学の日本研究の経済学者)といったメンバーによる「世界における憲法第9条」というテーマで、シンポジウムも渡辺さんが企画し、行った。

渡辺

 簡単に言うと、私は、憲法や国民国家そのものを「近代の問題」として捉えており、またそれらは、現代美術の構造と基本的に一致しているので、それをテーマに美術展を行いたいと考えていました。

編集部

 憲法と現代美術の構造が一致しているとは? 

渡辺

 近代ヨーロッパにてナポレオン戦争以降、共和制が生まれたのですが、そこで文化統治の新しい形として、権力者の視点を市民へと解放する、というナショナル・ミュージアム構想がフランス国内にて生まれます。共和制、すなわち国民主権へと移行した中で、公開処刑といった王権による統治方法から、美術館などの文化統治へとシフトして行ったのです。ですから、国民主権を規定する憲法も、美術の価値を規定する美術館も、基本的には同じ近代の構造の内部にあります。

編集部

 そういう視点から憲法の問題を見てこられたのですね。

渡辺

 例えば大学院の卒業論文では、ユーゴスラビアの解体と、そこにおける芸術の価値査定をテーマとしました。共産主義崩壊以降のユーゴスラビアにおいて、ナショナリズムが新しく勃興して国家ができる中で、どういった芸術が受け入れられるのか、ということについて、書いたりしたんですけど、そういう国民国家の発生、それと憲法の発生というものに興味がありました。

 そして2006年9月、安倍政権になった時に、9条がなくなるかもしれないという一つの流れがありました。それはやばいなと思って。9条は、世界的に考えるとちょっと異常な憲法で、本当に他にはない憲法ですよね。制定された歴史的な背景も稀ですし。
 ですから、こんなにおもしろい憲法が外部に知られていないということが残念だというのが1つ。それから、憲法は、ネーション(国民国家)そのものを規定するものですが、ネーションの規定というのは敵対概念の規定であるにもかかわらず、憲法第9条では、他者である人たちに向かって、「私はあなたと戦いません」と言って、ネーション規定そのものを飛び越えてしまっている。しかしそうやって、外部に放たれているものにもかかわらず、外部から9条の存在認識されていないというのは非常に残念だなと。だから、そういうものを日本は持っているんだよというのを、芸術作品を通じて、例えばアメリカであるとかに、提示することに私は意味があることだと思ってやってみた次第です。

NYでのオープニング会場風景。奥は、大浦信行の版画作品「遠近を抱えて」。

編集部

 9条について、世界に認知してもらうには、いろいろなアプローチの仕方があると思うんですけれども、その中でも、芸術、特に現代美術に注目したのはなぜなんでしょうか?

渡辺

 まず、政治活動としてやってしまっては失敗するだろう、ということが私の中にありました。しかし、芸術という、異なったジャンルのある種遊び場的な交流空間においては、こういった困難も比較的扱いやすいのではないか、というのがありました。また、芸術家の社会における仕事の一つは、理想を述べることですが、憲法第9条の究極的な理想は、芸術の仕事と一致する所があります。

 また、戦後美術という考え方ですね。私は「戦後」という言葉にこだわったのですが、これには理由があります。私はアメリカに過去7年住んでいますが、英語における「戦後」、すなわちPost-War、という言葉は、何も意味しません。なぜなら、アメリカはずっと戦争を続けているので、「戦後」が存在しないのです。私はこの「戦後」=1945年以降、という考え方に、全ての戦争は終わった、という日本人のネーション的な前提を感じるのですが、これは9条の存在とも関係しています。しかし、私は今の日本を見ていて、「戦前」、すなわち戦いがまた始まる、という空気を感じてしまいます。

 さらに、いわゆる日本の芸術っていうのは、輸出にすごく失敗していて、それは美術に限らず文学もそうでしたし、輸入ばっかりしていて、私はそれが非常にふがいないなと思っているのです。なぜ、そういう状況が生まれるかというと、スポークスマンがいないとか、あまりにも英語ができないとか、そういうすごく単純なところでつまずいてしまっているんです。
 9条については、戦後から今までの日本において、これくらい長いこと議論になってきたというのは稀なわけで、そういったものをとにかく日本の外に出していきたいっていう思いが強くあったのと、ちょっとはみ出して言ってしまうと、私は日本国内での憲法議論というのは、議論というよりも自己暗示に近いと思っていて、他者的な発想があまりにも狭いがために、議論そのものが自家中毒になっているようなところが非常に残念だなと思っていましたから。

左は、森村泰昌によるビデオ作品「なにものかへのレクイエム〈MISHIMA〉」
三島に扮した森村による演説が映し出される。
右奥は、柳幸典の「The Forbidden Box」。箱から立ち上るキノコ雲には、9条の条文が日本語と英語で書かれている。

9条のことは、
NYでもほとんど知られていない

編集部

 ここにNYでの展覧会の図録がありますが、どんな内容だったんでしょうか? ちょっと紹介いただけますか? 図録の表紙にもあるこの作品は?

渡辺

 これは、オノ・ヨーコさんの1966年のホワイトチェス・セットで、サブタイトルが「Play it by Trust」というものです。ほとんど説明の必要はないと思うんですけれど、チェスという戦争ゲームを、頑張って2人でやっていくわけです。しかし、全てのチェスの駒が白く塗られている為、ゲームを進めていくうちに、だんだんと敵対概念そのものが解体していく、というものをビジュアルアートで表現した、非常にオノ・ヨーコさんらしい作品です。
 私は、この作品を見たときに、アメリカ生活が長い身として、これは非常に日本人的な発想だな、と思ってしまったんです。彼女は終戦まで日本とアメリカと半々で生活していて、しかもキリスト教徒と仏教徒の教育を両方受けている。ヨーコさんは戦後、60年代にアメリカに渡る訳ですが、その人がつくった作品だなという印象を、私は非常に強く受けました。

オノ・ヨーコと「ホワイトチェス」をする渡辺真也。(撮影:高松夕佳)

編集部

 オノ・ヨーコさんに出品依頼をされた時は、どんな反応だったんですか。

渡辺

 多少時間はかかりましたね。でも、思っていたよりや比較的簡単にオーケーを出していただきました。手紙には、「私の考えている9条論と、あなたの考えている9条は違うでしょう。オノ・ヨーコさんの考えている平和は絶対平和であって、私の考えている平和とは違うかもしれません。しかし、9条というものがとりあえず重要なものである、という認識に関しては一緒だと思います。私は、非常に微力な若輩者のキュレーターとしてやってきて、おそらく社会的な影響力を持つことは難しいと思います。しかし、アメリカでやる限り、それを理解してくれる窓口になるような、受け口となるような存在が必要です」みたいなことを書いて、それで了解をいただきました。

ニューヨークの会場には、日本国憲法の草案作成者、ベアテ・シロタ・ゴードンさんの姿も。

編集部

 アメリカで「9条がテーマの展覧会」と言うと、どういう反応がありましたか?

渡辺

 まず、一般的にアメリカ人は、憲法9条のことを、知りません。全く知らないですから、理解してもらうのも非常に難しいですね。すごくひどい言い方をしてしまうと、そういう背景は承知していたので、ダメもとでやっているところもありました。悪く言ってしまえば、美術というメディアを利用しているところもあるのかな、と。ただ基本的には、アートそのものが「コミュニケーション」なので、そういうところでは美術を使うことも、有効なんじゃないかなと。

編集部

 日本の9条のことを知らなくても、美術作品として楽しむことはできる、というのはありますね。

渡辺

 展示のビデオもありますので、どうぞ見てください。これ、すごくいい作品です。ボランティアさんにビデオグラファーと写真を撮ってもらって、編集もやって、完全にノンプロフィットのイベントなので、みんなに手伝ってもらってようやく完成したものです。このビデオは、YouTubeにはアップして、誰にでも見られるようにしてあります。

近代の問題として9条を考えた時の、
自身のジレンマ

編集部

 アメリカでは9条のことが知られていないと伺いましたが、日本においては、9条のことはみんな知っているでしょう。「戦争の永久放棄」や「軍隊を持たない」と書かれてあることなどを。しかし、憲法についてはあまりにも縁遠い存在というか、無関心というか、興味も知識も問題意識もなさ過ぎる気がします。

渡辺

 実は、今、核心を突くところに来たんですけど、私、最初に述べたように、9条の問題を近代の問題として扱っているというのはまさにそういうことなのです。なぜ憲法があるかとか、なぜ国民国家があるかという問題を、ある程度理解しておかないと、9条の問題は理解できないと考えています。それで、そこまで行くと私自身、9条に対して自分のポジションを決めかねているところがすごくあるんですけれど。
 というのは、まず、国民概念を規定するネーションそのものが、これから先も可能なのかというのが1つあります。国民国家そのものがナポレオン戦争以降の発明品で、国民概念というものができ上がってきたのが、30年戦争という宗教戦争の延長線上でできたものであり、国民国家とか憲法というのは戦争抑止のシステムとしてつくられたものであったにもかかわらず、一たん戦争が始まると世界大戦になってしまう。しかし、そこから生まれたのが9条であった。そういったベースラインがあると思うんです。

編集部

 うーん、難しいですが・・・、渡辺さんは、「近代」の問題を追及していく上で、国民国家や憲法という概念は、「発明品」に過ぎない、しかし、9条もまたそういった「近代」の枠組みから生まれ出たということを、分かった上で考えていくと、自分のポジションをどうとるべき、簡単には答えが出せない、そうおっしゃっているのでしょうか?

渡辺

 簡単に述べるとそういうことです。「近代」の枠組み、そこからはみ出る形で、被爆の経験や外国人によって書かれた、という特異点の様な所から生まれてきたのが9条です。「近代」のなかで国民を規定し、敵対概念を規定していたネーションが、戦争という国家主権を放棄している、という意味で、ある一定の「近代」を超克しています。
 そして、憲法を「近代」批判の文脈で捉えると、美術館や美術のシステムそのものが近代の枠組みで成立しているので、「近代」というものに対し、私がキュレーターという近代の「発明品」または制度である美術館という立場に立つ人間として、どういうポジションを取るのか、というジレンマに陥ります。

 私、いろいろなところでレクチャーみたいなことをするときに、どうしても難しい話になってしまうと、みなさんに引かれてしまうということが多々あって、なかなか悩みます。でも、憲法の話はそんなに簡単じゃないんですよね。
 もちろん、それを非常にうまくやっている方もいらっしゃいますが、いろいろな意味で、簡単に説明してしまうことは、難しいなと思うことは、とても多くありますね。

編集部

 難しいというだけで、大事なことでも敬遠する、というのはよくないことですね。憲法の問題がまさにそうだと思います。

Photo by Ota Yasuo, Thanks to 福音館書店

今回はふんだんに展覧会の写真もご提供いただきました。
次回は、さらに9条をテーマとする展覧会や、
9条改憲について渡辺さんの考え方を伺っていきます。
お楽しみに。


アトミックサンシャインの中へ
  ー日本国平和憲法第九条下における戦後美術
日 時:2008 年8月6日(水)〜8月24日(日)11:00-19:00 月曜休
入場料:500 円
会 場:代官山ヒルサイドフォーラム ヒルサイドギャラリー 03-5489-1268
お問合せ:article9@gmail.com
詳 細: http://www.spikyart.org/atomicsunshine/indexj.html

寄付のお願い)
ニューヨークでのパネル・ディスカッション・イベント、映画上映会、美術展の開催後、日本巡回展に向けて準備をしてきましたが、展示の性格上、巡回の為の助成金を集めるのが非常に困難です。 そこで、この展示企画に賛同して下さる方々から寄付金を募りたいと思います。詳細はこちら
皆様からの寛容なるご協力をお待ち申し上げます。失礼します。
渡辺真也

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