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この人に聞きたい

081203up

石内都さんに聞いた

ワンピースの記憶

国内外で勢力的に活動を続けている写真家の石内都さんの、
初期の作品から最新作「ひろしま」までを展示した
企画展「石内都展 ひろしま/ヨコスカ」が、現在目黒区美術館で開催中です。
新作を中心にお話をお聞きしました。

いしうち みやこ
1947 年生まれ。木村伊兵衛写真賞、東川賞国内作家賞、日本写真協会賞作家賞など受賞。詳しいプロフィールはこちら


ひろしま #71 Dress 2007年

あうべきしてあってしまった
「ひろしま/ヨコスカ」

編集部

 今年の4月に、写真集「ひろしま」(集英社)が出版されたのを機に、夏に広島市現代美術館で開催された「ひろしま Strings of Time」の模様やレビューをテレビなどで興味深く拝見しておりましたが。この冬東京でも大きな作品が見られるとのことで、楽しみにしておりました。

石内

 広島の美術館では、40点ぐらいの「ひろしま」だけを展示しました。写真集は、カラーの写真だけで構成していますが、モノクロも撮っているので、それらを一緒に展示しました。ただ、目黒ではカラーのものだけを展示しています。一番大きな作品は、目黒区美術館の壁の大きさにあわせて作りましたし、構成も組み替えをし、広島では出ていない写真もあります。ということで、いわゆる「巡回展」というものとは、異なります。

編集部

 展覧会のタイトルは「ひろしま/ヨコスカ」。リリースによると、3部構成になっているのですね。一つめは、横須賀を題材に撮られた初期の作品群。二つめは、1947年生まれの女性の身体に刻まれた年輪や傷を映し出した「1・9・4・7」や、亡くなったお母様の衣装や遺品を撮り、ベネチア・ビエンナーレでも高い評価をうけた「Mother’s」など「身体」をめぐる作品。そして三つめが、「ひろしま」ということになっていますが、この展覧会の企画や構成は、どのようにして考えられたのでしょうか?

石内

 企画はこちらの学芸員の方が考えたのですが、もともとは「Mother’s」までの予定だったのですが、ちょうど、タイミングよく「ひろしま」ができあがっていたので、「では新作の『ひろしま』までひっくるめてやりましょう」ということになったのです。で、「ひろしま/ヨコスカ」と並べてみたら、ああ、1本筋が通ったという感じでね。なんというか、あうべきしてあってしまった企画というか、そんな感じですね。

編集部

 ひろしま/ヨコスカ」。そこに通じるものは・・・なんとなくわかりますが、「あうべくしてあってしまった」という感覚、もう少し具体的に言うとどんなことが、でしょうか?

広島は、私にとって遠い町だった

石内

 うーん、そうですね。広島は、私にとって今回行ったのが、生まれて初めてだったんです。私にとって非常に遠いというか、一生行かなくてもいいかもしれない、と思っていた場所でした。長崎は、修学旅行で一度行きましたけれど。

編集部

 石内さんにとって、非常に遠い場所?

石内

 はい。なぜかというと、私が広島を写真に撮る、ということは無いと考えていました。要するに、広島は撮り尽くされたテーマですよね。だから、私には縁のない場所だな、と。しかし、「Mother’s」の展覧会を見た編集者が「広島」を撮ってみませんか? と声をかけてくれて。でも即答はできなくて、1週間ぐらい考えさせてくださいと答えました。でも結局、断る理由も見つからない。それに「Mother’s」の流れもありますし、遺品という大きな意味では、同じですよね。死んだ人のものを撮るということですから。でも原爆死は、病死とは違いますが。
 とにかく、広島へは一度も行ったことがないので、そこに初めて行くということは、意味があることかな、と思い、去年の1月に初めて行きました。

編集部

 一度も行かれたことがなくても、広島へのイメージはありますよね?

石内

 それはもう、まさに「広島」なんですから。原爆という大きな大きなイメージがあり、反戦平和的な「広島」が私にもありました。そんな“うえつけられたイメージ”の広島を持っていたのですが、実際にこの目でみたら、ぜんぜん違っていたわけ。


ひろしま #69 Blouse ABE Hatsuko 2007年

遺品との衝撃的な出会い

編集部

 「ひろしま」の制作は、どのように始められたのですか?

石内

 まず、広島的なもの、被爆し象徴的なものは、いろいろとひと通りまわってみました。その中で、平和記念資料館に収蔵されているものたち、いわゆる遺品との出会いが、かなり衝撃的でした。思いのほか、衣服の色がすごく残っていてきれいだったり、素材が純正だったり、これが被爆しているものとは、ちょっと考えられないような、おしゃれなワンピースとかに出会って。もうこれを撮るしかないな、ということで、2回目からは集中的に資料館の遺品を撮り始めました。

編集部

 私は、おととしに広島の平和資料館を訪れましたが、今回のものは見た記憶のないものばかりでしたね。

石内

 上の資料館に展示してあるものは、1点だけ。あとは全部地下の収蔵庫に保管してあるものの中から、出してもらって撮りました。

編集部

 資料館には、1万9000点もの遺品が収蔵されているそうですが、どうやって選び出したのですか?

石内

 資料館の方で整理されている画像を見て、基本的に身につけていたものを選びました。「Mother’s」は、ガラスに下着などを両面テープで貼り付けて、太陽の透過光で撮影したので、今回も同じ条件で撮りたかったのですが、さすがにガラスに貼り付けることはやはりできませんから、ライトテーブルを作ってもらい、そこに置いて撮りました。また自然光の入る廊下の隅で、完全にその光だけで、撮ったりもしました。「Mother’s」と同様に、35ミリのカメラです。

編集部

 撮影中はどんな感じだったのですか?

石内

 すごく感動して、興奮状態で撮っていましたね。私は、撮影に時間はかけずに、出会い頭に撮っていく、というタイプなんですが、でも、できあがったプリントを見ると、やはり考えることが多いというか、感慨深いものがありました。母が、私を広島に連れてきてくれたのかなと。

 このポスターにもなっている黒いワンピース、まるで、コムデギャルソンみたいなデザインで、かっこいいでしょ。これが最初に撮った写真なんです。そして、最後にとった写真が、この花柄のワンピース。この二つというのは「ひろしま」撮影の、“始めと終わり”の、とっても意味のあるワンピースなんです。

 遺品には、それぞれどこの誰のもの、誰からの寄贈といった資料がついてあるのですが、私はそれらのデータは見ませんでした。というのは、私は過去ではなく、今、目の前にあるこの洋服と対面しているのであるから、過去の物語は、私にとっては必要がないので、撮影中は一切、見なかったんですね。

 で、今年になって「ひろしま」の写真集を作る時に、後書きを書くということで、はじめて、一つ一つの物語を読んだのです。すると、この二つのワンピースだけが寄贈者の名前がないの。なんで? と広島の資料館に電話でたずねたら、この二つはあまりにも早く、最初期に収蔵されたものだったので、データがない。誰の持ち物だったのかわからないんだと言われて。それを聞いたとき、もう、胸がきゅーんと痛くなってね。「ああ、君たちそうだったんだ」と思って。だから、私のものでもおかしくないの。私がその時、そこにいたら、着ていたかもしれないワンピース。そう思ったらものすごく身近になって、まったく人ごとではなくなったんですよ。

編集部

 これを着ていたのは、私だったかもしれない・・・。私もそんな気持ちになりました。それほどに「ひろしま」の洋服は、それぞれに色が美しいし、形や柄もかわいくて、びっくりしたんです。


ひろしま #45 DressTAKASE Futaba 2007年

“彼女たち”を大空へと解放した

石内

 でしょう? みんな広島っていうと、モノクロのイメージなんですよね。まさか、広島の人が、こんなにカラフルでお洒落なワンピースを身につけていたなんて、って思うでしょ。でも、それは当たり前のことで、年頃の女の子は、みんなおしゃれしたいし、かわいいもの着たいし、という気持ちは、広島だろうが、東京だろうが、長崎だろうが、それは同じこと。なのに、広島、長崎の人たちは、おしゃれしてちゃいけないみたいな、すごく差別されていたような気がする。

編集部

 最初から、ずっと喪にふくしていなくてはいけないような・・・

石内

 そうなんですね。だから、これは自分でいうのもおかしいけれど、一つの「発見」だったと思います。洋服は全部、手縫いなんですね。この手袋は、軍手なんですが、すごくおしゃれ。このツギがおしゃれでしょ。私、この写真大好きなんです。他のワンピースなんかも、みんなツギがしてあって、お母さんが、一生懸命ちくちく、縫ったんだなあってわかるんです。

編集部

 撮影中、興奮したとおっしゃいましたが。

石内

 歴史を目の前にみている感じ。戦後、60数年間の時間がそこにとどまってあるんですから。「私がこれまで生きてきたのと、ほとんど同じような時間をすごしてきたんだね、君たちは」という感じ。すごくいとおしいと思いました。

編集部

 いとおしいと。 その感情はそれらが単に“モノ”ではない、ということですね。

石内

 そう。モノではありません。人間は、生ものですから、死んだら焼かれて形はなくなってしまう。でも、“彼女たち”は、モノだけれど、ちゃんと時間をとどめて、人間より長くいなくちゃいけない。一般の遺品はこんなに長くは、時間をとどめてはいない。じゃ、なんで63年たってもそこにあるの? と考えた時に、それは「被爆しているから」。資料としてそこにいなくちゃいけない。ほんとうなら、死んだ人といっしょに、焼かれたりするものなのに。だけど、ずっとそこにとどまっていなくてはいけない、彼女たちは、それは、それでかわいそうだなと。

編集部

 収蔵庫もそうでしょうし、展示室もかなり暗い感じですから、これらの洋服たちは、暗いところから明るい世界へと連れてこられた、って感じですね。

石内

 そう。連れ出してあげたと思ってます。今回の展示では、8メートル高の壁に2枚、大きな作品を展示しています。あの場所は、天井から自然光が入るでしょ。だから、「大空にとんでいけ!」っていう展示。空に解放してあげたい私の気持ちが、あそこにあるんです。

その2へつづきます

戦時下であっても、女性たちの日常には、
うれしいことも楽しいこともあったでしょう。
今日はちょっとおしゃれして、学校へ行ったり職場へ行ったり。石内さんの作品は、
そんなワンピースの上に刻まれた記憶を、伝えてくれています。
さらに石内さんが写真に撮り続けてきた、
「個人的な体験」や「違和感」についてお聞きしていきます。

*********

◯「石内都展 ひろしま/ヨコスカ」 
目黒区美術館(〜2009年1月11日)(月曜日と年末年始は休館) 
10:00〜18:00(入館は17:30まで)

◯「石内都作品展 ひろしま/ヨコスカ」 
ZEIT-FOTO SALON (〜12月25日)日・月・祝日休廊 
10:30〜18:30(土〜17:30)  
目黒区美術館に出品していない写真を中心に未発表写真、
モノクローム2点カラー1点も展示しています。

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