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この人に聞きたい

081217up

ピーター・バラカンさんに聞いた

アメリカが抱える問題の全ては、
差別から生まれたもの

日本での生活はすでに30年以上、というピーター・バラカンさん。
ラジオやTVの音楽番組でおなじみの一方、
平和や政治の問題についても、積極的に発言を続けています。
まずはオバマ新大統領の誕生で、アメリカが、そして日本と世界がどう変わるのか、
ご意見を伺いました。

ピーター・バラカン
1951年ロンドン生まれ。ロンドン大学日本語学科を卒業後、1974年に来日。音楽出版社、マネジメント事務所などを経て、現在はフリーのブロードキャスターとして活動。TV、ラジオ番組などを通じて、世界の音楽を日本へ紹介し続けている。レギュラー番組に「CBSドキュメント」(TBSテレビ)、「ビギン・ジャパノロジー」(NHK総合テレビ)、「ウィークエンド・サンシャイン」(NHK-FM)など、著書に『魂(ソウル)のゆくえ』(アルテスパブリッシング)、『ロックの英詞を読む』(集英社インターナショナル)、『ぼくが愛するロック名盤240』(講談社+α文庫)などがある。

オバマ大統領に望むこと

編集部

 ピーター・バラカンさんのソウルミュージックへの熱い思いが溢れる名著『魂(ソウル)のゆくえ』(アルテスパブリッシング)が今年、新版となり話題ですね。その本の中に、「ソウル・ミュージックはもともと大好きです。どうやら”ブリティッシュ・ロックのバラカン”のイメージがあるようですが、むしろ”ブラックのバラカン”の方が正確かもしれません」という一節を見つけまして・・・。オバマ氏が選挙で勝利し、アメリカ大統領になるということについて、格別の思いがあるのでは、と想像していますが、このニュースをどう考えてらっしゃいますか?

バラカン

 多分、世界のほとんどの人たちが同じ思いなのでしょうが、かなり期待したいと思っています。そしてそれは、アメリカが抱えているほとんどの問題の裏には、やはり人種差別の問題が潜んでいると思うからです。
 もちろんオバマ氏は、自分の意思でケニアから移住してきた父親と、白人の母親との間に生まれたハーフで、祖先が奴隷だったアフリカンアメリカンとは微妙に立場が違います。それでも、彼らの立場を白人よりはずいぶん理解できるはずです。アメリカ社会の中では肌の色が微妙にでも黒ければ似たような差別を受けますから。
 だから、彼がその気になれば、かなりアメリカ社会に変化をもたらすことができるはずです。そして、当然彼にはその意志があると思う。

編集部

 日本ではなかなか理解しづらいのですが、今なおアメリカの人種差別には酷いものがあるそうですね。

バラカン

 1960年代の公民権運動の結果、たしかに法律の上ではどの人間でも平等な権利を持つ、ということになりました。それはもう40年以上前の話だけれど、でも実態は全然そうなっていない。

編集部

 そしてそれが、アメリカが抱えている多くの問題の裏に潜んでいる…

バラカン

 アメリカでは、人種問題イコール経済格差だから。それに教育格差でもあるし、就職格差でもある。そして、犯罪や治安の問題一つとっても、そことは切っても切れない関係にある。全部連動しているんです。

 たとえば、1970年代の初めごろまで、アメリカの都市のダウンタウンには、結構白人たちが住んでいた。ところが、公民権運動の結果として、公立の学校で白人と黒人の子どもの分離はいけないということになった後、「うちの子を黒人の子とは一緒に勉強させたくない」という白人の親たちが、郊外に引っ越していったんです。

 だから今、ダウンタウンの学校に行くと黒人の子どもが圧倒的に多い。あとヒスパニック。逆に郊外に行くと、白人の子どもが圧倒的に多くて、黒人はわずか3、4%ということもある。そして、そういう学校では教育予算がダウンタウンの学校の倍くらいだったりする。白人のほうが収入のいい仕事をしているから、収入も多くて納税額も多い。結果としてその町の教育予算も変わってくる、という単純な図式です。もちろん、教育のクオリティは全然変わってきますよね。

 この格差を打破するには、かなり大きな努力をしないと無理。貧しくて教育がなくていい仕事に就けない人が多いとなると、その町は当然治安も悪くて犯罪も多い、ということになるし。悪循環なんですよね。アメリカほど刑務所やそこにいる受刑者の数が多い国はほかにないし、そこには若い黒人男性が圧倒的に多い。受刑者1人を維持するのに年間どのくらいの予算がかかるかと考えると、そのお金を教育につぎ込んだほうがよほどいいはずなんですが。

編集部

 まさに悪循環。でも逆に、人種問題、格差の問題に取り組めば、いろんな問題が解決に向かう可能性もあると言えるのかもしれません。オバマ氏が大統領に決まったことで、何かある程度問題が解決したような雰囲気もあるような気がするのですが…

バラカン

 それは全然違いますね。まだ始まってもいないんですから。

 それに、オバマ氏は今までのどの大統領よりも、就任したその日から目の前に問題が山積み。イラク、アフガニスタンをはじめ、財政赤字もひどいし、それはもう、想像を絶する量だと思います。ほとんど最初からお手上げと言ってもおかしくない。

 だから、あまり多くを望まないほうがむしろいい。とにかく誠意を持って取り組んでくれれば、それだけでもとりあえずよし、と。気長に見守りながら応援することがとりあえず必要なんじゃないかという気がしますね。

「選択」を迫られている日本

編集部

 山積みの問題の一つといえば、やはりここのところの経済危機でしょうか。

バラカン

 アメリカの人たちは今、収入より多い支出で生活するのが当たり前になっていますからね。クレジットカードで借金をするのが当然で、新聞で読んだんですけど、個人の平均借金額が数千ドルあるといいますから。

 ただ、今の経済危機の根本は何かと言ったら、僕は市場型資本主義そのものの限界だと思います。アメリカでは、1980年代のレーガン政権から、規制緩和がどんどん進み始めた。でも、規制のない、人間の欲望を抑制しない資本主義が今のような危機に陥るのは、目に見えていたことじゃないかと思うんですね。

編集部

 これを機に、経済のシステムそのものが変わるのではないかとも言われていますね。

バラカン

 多少は変わらざるを得ないんじゃないでしょうか。

 1980年代の終わりから90年代にかけて、東ヨーロッパやロシアで社会主義体制が崩壊したでしょう。それまではもうずっと何十年も冷戦が続いていて、資本主義対社会主義という構図があったのが、それによって終わった。そのときに、資本主義を支持していた人たちは、みんな「勝利した」という気になったんだと思うんです。アメリカや西ヨーロッパではその後、どんどん経済状況がよくなっていったし。

 でも、実際はそれは勝利じゃなくて、相手のほうが勝手に負けちゃった、自滅したというだけだったと思うんです。どの経済制度も、人間がやる以上多分完璧ではない。人間には欲があるし、それがある限りは結局どの制度もうまくいかなくなる(笑)。ただ、その中では資本主義は、うまく規制すればまあまあ使える、その程度のものに過ぎない。

 その規制をやめたから、今のようなことになっちゃったわけですよね。だからこれからは、もう一度客観的に、世界各国が制度を見直していく必要がある。

編集部

 もちろん、日本も含めてですね。

バラカン

 もちろん。盲目的にアメリカのやることを真似するんじゃなくて、日本のために今どうしたらいいのかを考える必要があります。

 特に、これからの日本社会には少子高齢化の問題があるでしょう。2050年には人口が今の半分になるという説もあるし、そこまでは行かないにしても、事実すでに人口は減り始めている。そうなれば、今のままで経済規模を維持することは不可能ですよね。そこで、日本人は一つの選択を迫られているんだと思う。つまり、大量の移民労働者を迎え入れるか、それとももっと「小さな国」でいいんだという結論を出すか、です。

 前者の選択肢については、ここ数十年で少しずつ変わってきたとはいえ、まだまだ日本は排他的な部分が多いという問題があります。数千万人の外国人を迎え入れて、すんなり「多様な価値観を受け入れる」というふうになるとは思えない。

 というか、どんな国でもいきなりは無理ですよ。僕が育ったイギリスだって、1950〜60年代に西インド諸島やアフリカ、さらにインド亜大陸やアラブ諸国からどんどん人が入ってきて、大変な人種差別があった時代があった。今だって、ロンドンは「多文化都市」に発展してきたけれど、イギリス全体を見るとまだまだ問題が多い。日本はそういう道をたどる覚悟があるのか、ということです。そんな議論、テレビなんかでも誰もしていないですよね。でも、そろそろ考えていかないと——というか、もう今、考え始めないと遅いはずです。

「人生の目的はお金」以外の価値観を

編集部

 もう一方の、「小さな国」でいいのではという方向の議論も、あまり見られないですね。

バラカン

 「大国でいたい」という野心が、日本にはまだまだありますよね。1980年代、日本が経済大国といわれて、みんなそれをすごい自慢してたじゃない。でも、経済大国のどこが偉いのか? お金持ちならそれで幸せなのか? と思う。特に今、これだけみんなストレスが溜まって大変なことになっているんだし。

編集部

 本当に、鬱病の人が非常に増えていて。自殺者もここ数年、ずっと年間3万人を超えています。

バラカン

 僕が最初に日本に来た30年くらい前は、鬱病なんて言葉はあまり耳にしなかったんですよ。「私は鬱病なんです」という人が増えたのは、ここ10年くらいじゃないですか。僕の知り合いだけでも何人もいますよ。でも、こういう病気や自殺が社会現象になるというのは、やっぱりどこかおかしいと思う。僕も専門家ではないけど、社会に何か問題があることは絶対確実だと思うんです。

 とにかく、今の日本社会はストレスが多すぎるよね。子どもの教育一つとっても、いわゆる「いい学校」に入るための競争が行き過ぎてる。本来、いろんな生き方があるんだから、何もみんなが高給取りにならなきゃいけないというわけじゃないのに。

 テレビを見ていても、「これは幾ら」みたいに、何でもお金に換算するような作りの番組が多い。それが小さいころから付けっぱなしになっていたら、子どももそういう考え方が当たり前だと思って、気がついたら「人生の目的はお金持ちになること」になっちゃう。

 もちろん、大人も「多様な社会」というのを口にはするけど、本心からそう思ってるわけじゃない。子どもたちはそれを見抜いてるんだと思います。そうじゃなくて、これからは「人生はお金だけじゃないんだ」というきちんとした価値観を、大人たちがちゃんと行動で示す、子どもたちに見せていく必要があるのではないでしょうか?

これまでのようなアメリカ追随ではなく、
自分たち自身、そして子どもたちのためにどんな選択をすべきなのか。
先延ばしのできない問いが今、目の前に突きつけられています。
次回、憲法9条、そして日本という国について、お話を伺っていきます。

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