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2013-04-17up
小石勝朗「法浪記」
とかく、「難しい、とっつきにくい」と思われている「法」。だから専門家に任せておけばいいと思われている「法」。しかし私たちの生活や社会のルールを決めているのもまた「法」なのです。全てを網羅することはとてもできませんが、私たちの生活や社会問題に関わっている重大な「法」について、わかりやすく解説してもらうコーナーです。今あるものだけなく、これから作られようしている「法」、改正・改悪されようとしている「法」、そして改正の必要があるのに、ちっとも変わらない「法」について、連載していきます。「法」がもっと身近になれば、いろんなことが見えてくる!
第3回「脱原発基本法案」
不十分な内容であっても「脱原発」を法律でうたう意義
長いこと反原発運動に関わってきた人から見れば、たしかに不十分な法案かもしれない。脱原発の時期が「平成32(2020)年~平成37(2025)年」なんてあまりに遅すぎて甘っちょろい、という批判は何度も耳にした。
「脱原発基本法案」をご存じだろうか。大江健三郎氏、坂本龍一氏、瀬戸内寂聴氏ら、文化人や弁護士らによって昨年8月に結成された「脱原発法制定全国ネットワーク」が中心になって成立を目指している。4月9日に国会議員会館で開かれた「審議を求める集い」で現況を聞いてきた。
実はこの法案、昨年9月に衆議院に議員提案されている。国民の生活が第一、社民党などの13人が提出し、23人が賛成していたが、11月の突然の衆議院解散によって審議に入らないまま廃案になってしまった。
そこで今年3月11日、今度は参議院に議員提案した。発議者は、生活の党、みどりの風、社民党の4人で、この3会派と無所属の計14人が賛成者に、民主党、みんなの党の計8人が賛同者に名を連ねている。しかし、審議入りのメドは立っていないそうで、機運を盛り上げようと集いの開催となった。
法案はどんな中身なのだろう。
特に重要なのは前文だ。3・11によって「原子力発電所の事故がもたらす重大な影響を知った我々は、今こそ『脱原発』の意思決定をする責務がある」と決意を語る。原発の利用をやめることに伴う諸課題に対応しつつ、原発によらずに電気を安定的に供給する体制を確立することが差し迫って必要としたうえで、「ここに、我々は、国家として『脱原発』を明確にし、その確実な実現を図るため、この法律を制定する」とうたっている。
「国家として『脱原発』を明確にする」とは、つまり「脱原発を国是・国策とする」ということだ。今は原子力基本法で「原子力利用の推進」が明文化されているから、脱原発基本法が成立すれば、それを覆して国として脱原発に向かうと内外に宣言することになる。
条文に移ると、「基本理念」で脱原発の時期を「できれば平成32(2020)年3月11日を目標として、遅くとも平成37(2025)年3月11日までに」と定め、再生可能エネルギーの利用拡大や原発立地地域の経済対策を進めること、停止中の原発の再稼働を事実上認めないことを盛り込んだ。
「国の責務」として、立地地域の雇用対策、原発事業者の損失への対処などを記したが、「国民の責務・努力」は設けていない。電気料金を値上げする根拠に使われかねないからだそうだ。「必要な関係法令の制定・改廃」を国に義務づけているので、原子力基本法や電源3法などは改正される。
脱原発へ向けた施策は、政府がつくる「脱原発基本計画」で具体化することになる。その内容として上記のテーマのほか、廃炉、電気料金の高騰防止、発送電分離、使用済み核燃料の管理、放射性物質による環境汚染対策などを列挙した。もちろん原発の新・増設は認めない。
法案が衆議院に提出されてから、冒頭で触れたように、むしろ脱原発派から「脱原発の時期」への批判が浴びせられた。「即時原発ゼロ」を公約に掲げる共産党も、賛成していない。
「時期」については、衆議院への提出者になった6会派でそれぞれ考えが異なり、民主党の一部を含む各会派の主張をミックスする形で幅を持たせた表現にしたそうだ。「即時廃止にしたら、衆議院への議員提案に必要な人数を確保できなかった」という説明だった。
不十分な内容であっても、「脱原発」の法制化を目指すことに意義はあるのだろうか。同ネットワークの中心メンバーである河合弘之弁護士は、衆議院提出後の昨秋、こう語っていた。
せっかく脱原発運動が盛り上がって、一時期であっても原発が1基も稼働しないような状況が実現したのだから、成果を固定化しておく仕掛けが必要だ。それに脱原発を進めるうえで、原発推進を国策と定めた条文が足かせになっている。脱原発の立法をすれば両方の課題を解決できるし、政権が代わろうとも容易に揺り戻しが起こり得ない構造ができる――。
実際、民主党政権は「2030年代の原発稼働ゼロ」を掲げた新エネルギー戦略を、きちんと閣議決定することさえできなかった。その結果、政権を取り戻した自民党がいとも容易に脱原発政策をひっくり返そうとしている昨今の様子を見れば、河合弁護士の狙いが正しかったことが分かる。法律は、唯一の客観的な価値基準とされ強制力も持つので、「脱原発」を明文化できればそれだけで強力な歯止めになるのだ。
加えて、法案の可決には国会議員の過半数の賛成が必要だから、議会制民主主義にあって、成立すれば民意とみなされる(議員の選出方法の問題は措く)。国内だけでなく、海外へメッセージを発信する効果もある。いったん施行されれば、そう簡単に改廃はできない。
不十分な内容でも、妥協を迫られようとも、法律が成立し得る範囲を探り、可能であるのなら小さな一歩でも踏み出しておくべきなのだろう。仮に「時期」が遅くなろうとも、まず「脱原発」を法律でうたうことが肝心だ。そのうえで「時期」を早める方法を模索していけば良い。運動の出番である。
「脱原発」を含め、国会で原発問題がまともに議論されていない、という指摘が集いでは出ていた。脱原発基本法案を提出したことによって、国権の最高機関たる国会を舞台に国民注視の中で討論が実現するとすれば、その意味はとても大きいと言えそうだ。
ところで、同ネットワークがつくって提出した法案のほかに、民主党が「2030年代の原発稼働ゼロ」を柱にした法案を、みんなの党が「コストを計算できない原発は安いエネルギーではない」として脱原発を進める法案を、それぞれ国会に提出する準備をしていることが両党の国会議員から報告された。3つの案がまとまれば、民主党が第1党の参議院では過半数を確保できる可能性も出てきた。
河合弁護士は「法案の仕組みこそ違え、最終的に『脱原発』であるのなら調整は可能。まずは国家目的として脱原発を目指すと宣言することが大事だ。小異を捨てて大同に就いて、法案の成立を」と訴えていた。
脱原発基本法を制定するためには、国民の参加も不可欠だ。最も根源的な形態が、選挙である。
同ネットワークは7月の参院選の立候補予定者に対して、法案への賛否を問うアンケートを実施し、結果を公表して投票の参考にしてもらう方針だ。法案に賛成する議員がたくさん当選すれば、その分、成立の可能性も高まる。私たちの1票が法律の制定に直結していることを実感すると、投票行動がこれまでと違った価値観を持って見えてくるかもしれない。
理念や方向性を明文化することで、
簡単にはひっくり返せない仕組みをつくる。
それもまた、法律の大きな役割だといえるかもしれません。
「まずは国家目的として脱原発を目指すと宣言することが大事」との河合弁護士の言葉、
あなたはどう思いますか?
河合弁護士のインタビューもあわせてお読みください。
小石勝朗さんプロフィール
こいし かつろう記者として全国紙2社(地方紙に出向経験も)で東京、福岡、沖縄、静岡、宮崎、厚木などに勤務するも、威張れる特ダネはなし(…)。2011年フリーに。冤罪や基地、原発問題などに関心を持つ。最も心がけているのは、難しいテーマを噛み砕いてわかりやすく伝えること。大型2種免許所持。
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