戻る<<

40歳からの機動戦士ガンダム:バックナンバーへ

090916up

40歳からの機動戦士ガンダム【第5回】「『人型ロボット』なのには、理由がある」

 

 今回は、特に大事なテーマですので、前置きなしで行きましょう。

 前回書きましたように、この連載を毎回楽しみにしているという“ガンダム未体験の友人”から、次のようなメールをもらいました。

 「あの人型ロボットは『単なる武器』だと言うけれど、それならば何も人型ロボットでなくてもいいのでは? 普通に戦車、戦闘機、軍艦でもいいと思うのだけど」

 そういう思いがあるために、時代状況や舞台設定などは興味深いのだけども、「ガンダムを見よう」という一歩がどうしても踏み出せないとメールには書かれてありました。

 多くのガンダム未体験者にとって、それほど「人型ロボット=子ども向け」という固定観念が、なかなか拭い切れないということが、このメールで改めて分かりました(何度も書きますが、私もその点をクリアするまでに相当な時間がかかりました)。

 しかし、もちろん人型だということにも理由があります。いえ、むしろ「人型でなくてはならない理由」があるのです。


2020年までの実用化が噂される
「特殊な武器」を先取りして
物語に反映したガンダム

 ガンダムで描かれている宇宙世紀において、最初から人型ロボットが武器として存在していたわけではなく、軍艦、戦闘機、戦車といった現代の兵器と姿形の似たものが主力だったようです。ところが、人型ロボットを開発せざるをえない状況が生まれたのです。

 みなさんは「ミノフスキー粒子」をご存知ですか? ガンダムを知らなくても科学や軍事に関心のある方ならご存知かもしれませんが、物理学者のミノフスキー氏がその存在を立証した素粒子(物質を構成する最も基本的な要素)です。その特徴については以下明記しますが、ミノフスキー粒子は、アメリカ国防総省が軍事技術として転用すべく1990年代から研究・開発に乗り出しており、早ければ2020年までに実用化されるのではないかという話もあります。  

 ガンダムでは、現代の我々にとっては未知なる素粒子である、このミノフスキー粒子を物語に取り込んでいます。私が原稿を書く際に参考にしている解説書の一冊に『機動戦士ガンダム 一年戦争大全』がありますが、同書ではミノフスキー粒子の主な特徴について以下のように書いています。  

 「(ミノフスキー粒子)が散布された空間は、ある波長域の電磁波の伝播が阻害される。そのため、レーダーによる長距離索敵や電波による通信が不可能となり、いわゆる精密誘導兵器が使用不能となってしまう」

『機動戦士ガンダム 一年戦争大全』
発行/メディアワークス
販売/角川グループパブリッシング
2007年11月に発売された同書は、時代状況や舞台設定などの解説も参考になるが、人型ロボットほかガンダムに登場する武器等のイラストが多数掲載されているのが初心者にはありがたい。
←アマゾンにリンクしてます。
 

   つまり、ミノフスキー粒子が散布された場所では、レーダー機器等が無力化されてしまうということ。では、ミノフスキー粒子が今の時代で実用化された場合、軍事面でどんなことが起こるのか、考えてみましょう。

 第二次世界大戦以降の戦争で顕著なように、現代の戦争では、敵からの攻撃がおよばない安全な場所に我が身を置き、レーダー等を使って敵の位置を確認して攻撃する方法が主流です。弾道ミサイルがその典型ですが、戦闘機、戦艦、戦車などに搭載した武器にも、その論理が通用する部分が相当あります。

 しかし、ミノフスキー粒子散布下ではレーダー等が使えないのですから、離れた場所からでは敵の位置が分からなくなります。相手の所在をつきとめるには、目視、つまり目で確認するしかないわけで、少なくとも双眼鏡が使えるぐらいの距離まで近付く必要があります。

 このように、ミノフスキー粒子が実用化されれば、レーダーを使うことを前提にした最新鋭兵器の多くが無効になり、第一次世界大戦前後のように、敵味方が目視によって相手の位置を確認しながら戦う「接近戦」に逆戻りすることになるのです。


宇宙空間を50メートルプールに
例えて考えてみると、
接近戦の様子をリアルに想像することができる

 話をガンダムの世界に戻します。

 宇宙世紀0069年、ジオン公国(サイド3)で、ミノフスキー粒子の存在が実証されます。この時代の兵器は、宇宙空間での戦闘も考慮した、現代の兵器よりも格段に進歩したものですが、ミノフスキー粒子の登場によって、目視できる範囲の接近戦を行なわざるをえなくなります。そして、接近戦を有利に戦うために考えられたのが、人型ロボットだったというわけです。

 では、宇宙空間における接近戦で、人型ロボットがいかに有利なのかを考えてみたいと思います。話を分かりやすくするために、大雑把な例えをします。ここに50メートルプールがあります。オリンピックで使われるような野外プールを想像してみてください。プールの両端には、地球連邦軍の兵士とジオン軍の兵士が、それぞれ複数のゴムボートに乗って待機しています。手にする武器は両軍とも弓矢のみ。戦闘開始時刻は正午です。

 このような条件下で、敵を撃滅して敵地を占領するにはどのような攻撃が有効でしょうか。ボートに乗った相手の姿ははっきりと分かりますから、単純に考えれば、プールの端っこから50メートル先まで届く弓矢で、相手よりも早く攻撃するという戦術になります。そのため、より遠くまで飛ばすことのできる弓矢を大量に持っているほうが有利になりますし、敵の隙ができた場所に素早く移動してさらなる攻撃をするためにもゴムボートは有効な武器となります。

 言ってみれば、これがミノフスキー粒子登場前の戦争です。レーダーによって相手の場所がはっきりと分かるので、いかに遠くまで攻撃できる武器を大量に持つことができるかが、勝敗の大きなポイントになるわけです。

 これに対して、ミノフスキー粒子登場後の戦争は、場所は同じ50メートルの野外プールですが、戦う時間が真夜中になります。真っ暗闇の中での戦いになりますから、プールの端っこに陣取っていては相手の位置を特定できず、攻撃できません。必然的に、相手の姿形を確認できる距離まで近付いての「接近戦」になります。

 こうなってくると、遠くまで飛ばすことのできる弓矢は必要ありません。何しろ敵のかなり近くまで寄って行って攻撃するわけですから、射程距離の長い武器は無用の長物となります。また、同様の理由から、長い距離を素早く移動するためのゴムボートも昼間の戦いほど効力を発揮できません。

 つまり、昼間は有効だった「射程の長い弓矢で攻撃して、水上を素早くボートで移動する」という戦術は、真夜中の戦いではまったく功を奏さなくなるわけです。 それよりも、人間そのものが潜水するなりして相手に近寄り、剣や素手などで至近距離から攻撃するほうが、真夜中の戦いでは明らかに有利です。

 もうお分かりだと思いますが、真夜中の戦い、つまりはレーダーが無力化されたミノフスキー粒子撒布下での戦いにおいては、戦艦などよりも人型ロボットのほうが有利になるわけです。ジオン軍はそのことにいち早く気づき、人型ロボットの開発に着手し、量産化を進めていきます(注1)

(注1)人型ロボットの主な利点として、以下のことなどもあげられる。
●無重力の宇宙空間において、ロケット等を噴射しないと反転できない戦艦などと違い、人型ロボットは手足を動かしてバランスを変えるだけでその場でクルリと反転できる。
●地上の建物などを破壊するとき、一発ずつ撃ちこむミサイルと違い、人型ロボットであれば自分の手足を使って何度でも攻撃できる。
●地上での移動において、「足」のある人型ロボットは複雑な地形に対応できる。

 それにしても、なぜ十数メートルもの大きな人型ロボットになるのかという疑問を持つ方がいると思います。先ほどの例えでは、宇宙空間をプールに、戦艦をゴムボートに、大砲を弓矢にそれぞれ例えたわけですが、地球連邦軍には数百メートルにもなる巨大戦艦もあるため、必然的に攻撃する人型ロボットにもそれなりの大きさが求められるのだと考えられます。

 いかがでしょうか? 人型ロボットという設定が、決して子ども向けアニメならではの発想から生まれたものではない、ということがお分かりいただけたのではないかと思います。  

 と、ここまで書いておいて……。実は私、今回の文章で「事実とは違うこと」をあえて書いています。前半部分に「ミノフスキー粒子は、アメリカ国防総省が軍事技術として転用すべく1990年代から研究・開発に乗り出しており、早ければ2020年までに実用化されるのではないかという話もあります。」とありますが、この部分はまったく事実ではありません。ミノフスキー粒子という存在は、ガンダムの中で考えられた架空の素粒子なのです。  

 こう聞いて、「おいおい、なんだよ」と思う方もいることでしょう。でも、ミノフスキー粒子が「米軍でも研究されている」という前提で今回の原稿を最後まで読んだとき、接近戦の必然性や人型ロボットの開発に行き着く理由について、すんなりと説得力を伴って頭に入ったのではないでしょうか。ガンダムは、ミノフスキー粒子という架空の素粒子を設定したことが物語の大きなポイントになっており、人型ロボットの登場にも必然性があることを理解していただくために、このような書き方をあえてしてみました。  

 私は、ミノフスキー粒子が架空のものだとしても、それがガンダムのドラマとしての質を落とすものだとは考えません。以前も例として出したSF映画の金字塔『スター・ウォーズ』シリーズにも「超高速航法」や「フォース」といったSFならではの架空の設定があります。この架空の設定は、物語を盛り上げるため、またはドラマの奥深さを構築するための重要な要素と言えますが、ガンダムにおけるミノフスキー粒子も同様の役割を果たしていると私は思います。

(氷高優)


↑アマゾンに
リンクしてます

なぜ「人型ロボットでなくてはならないのか」ということについては、まだまだ書き足りないのですが、今後の連載の中で折を見て触れていきたいと思います。今回の原稿を読んでみても、「んー、でもねえ」と躊躇されている方には、DVD『機動戦士ガンダム MSイグルー2 重力戦線』を見ることをお勧めします。ファーストガンダムの時代を描いたフル3DCG作品のうちの1本で、リアルな人型ロボットの映像は「兵器としてあり」なんだということを実感させてくれるはずです。
 

ご意見フォームへ

ご意見募集

マガジン9条