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2013-01-09up

B級記者どん・わんたろうが「ちょっと吼えてみました」

【第116回】

違和感が残った元旦の朝日新聞1面から

 新聞の元旦紙面ってのは、かなり頑張って作る習わしになっている。特ダネをわざわざこの日のために取っておくことの是非はともかくとしても、これから1年の姿勢を紙面で示すことの意味は大きい。読む側も正月休みで普段と違って時間があり、じっくりと向き合ってくれるのだから、力が入ることを肯定的に受けとめたい。

 ところが、今年の元旦紙面を見て、驚かされたというか、肩透かしを食わされたというか、複雑な気持ちにさせてくれたのが朝日新聞だった。

 1面トップの連載「ビリオメディア」。記事の前文によると、「10億(ビリオン)を超える人たちがツイッターやフェイスブックなどの『ソーシャルメディア』で発信するようになった世界」のことを命名したそうだ。その中身は……。

 舞台は、沖縄。1人の記者がツイッターを使いながら現地で取材した、という内容である。1面には沖縄の高校生4人が登場して、米軍基地談義。記事は2面にも続き、本土を含めたツイッターでのやりとりや、そこを起点にしての取材の様子がつづられる。米軍普天間飛行場の移設先とされる名護市辺野古へ記者が出向いて、移設容認・反対両派の話を紹介して終わる。

 新聞記事として物足りないと感じたのは、長文の記事に「ニュース」がないからだろう。これまでに沖縄の記事を少しでもかじったことのある読者なら、「そんなこと知ってるよ」というレベル。ああだこうだと意見は出ているけれど、垂れ流しのようで表層的だ。4人の高校生が普天間飛行場のフェンスの前に並ぶ1面の写真も、場面を演出した「やらせ」だし。

 今回の記事を書いた記者は、両親が沖縄出身の「ウチナーンチュ2世」だそうだ。そうであれば尚のこと、社会部記者の知識や問題意識はこのくらいなのかなあと、沖縄取材に携わった経験のある者として残念になった。

 1面の主見出しが「つぶやきながら現場歩いた」であることが象徴的と言える。ツイッターを使ったことだけがニュースなのだ。見出しを付ける整理部も、さぞ苦労したに違いない。

 ツイッターを活用して多様な意見をくみ上げることを否定はしない。基本は対面取材であるにせよ、市井の人の声に耳を傾けることが、特に朝日新聞には欠けていたと思うからだ。それにしても、それらをうまく構成し、問題意識を加味して取材で掘り下げウラを取って、分かりやすく記事にするのが、新聞記者の仕事ってもんじゃないのかな。

 元旦の記事は連載の第1回。以後、日韓・日中関係、少子化、いじめ、自衛隊、風営法とテーマを変えて続いていく。自衛官のつぶやきを手がかりにソーシャルメディアの危険性を描いた回のように、読み応えのある記事もあった。今回の連載が実験的な試みだとしても、当たり前のことだが、いかに記事にするかが問われているのだろう。

 1月7日付の同紙朝刊2面に、連載に対する読者の感想が載っていた。ほめ言葉ばかりだろうと予想して読んでみると、「ツイッター上の反応から」と題した一覧表には厳しい声もいくつかあった(苦言も正直に取り上げた姿勢は評価したい)。

 「個人的なツイッター体験記でしかなく、テーマを全然掘り下げてない」「ネットのきれいなとこすくっても意味ない」「ツイッターやフェイスブックを使いました、ではなくどう使いこなすかが大事」……。読者の目は厳しいのだ。

 元旦の記事が出た段階で知り合いの朝日新聞記者に聞いてみたら、やはり違和感を持っていた。社内でも「変だ」と思っている記者は結構いるそうだ。でも、編集局内にソーシャルメディア担当とかいう管理職が置かれて前のめりになっているから、組織に従順な同紙記者の間では大きな声にならないらしい。この記者は「ソーシャルメディアを使ってこれから何をやろうとしているのか、よく分からないんだよ」とぼやいていた。

 個人的な意見を言えば、新聞はこれまで通り「紙」を中心に勝負した方が良いのではないだろうか。たしかに、紙の部数は減っていく一方だろうから、メディアミックスを意識することは大事だ。でも、鳴り物入りで参入した朝日新聞電子版の有料読者が目標だった10万の半分程度という惨状で、社内でも部署によっては全員の契約が事実上義務づけられているなんて聞くと、「あんまり背伸びしないで」と老婆心の一つも起こしたくなる。

 何より心配なのは、同紙がソーシャルメディアを使う大きな目的として「取材の過程をオープンにする」を挙げていることだ。それは、たとえば権力の不正を暴くといった調査報道的な取材スタイルと相反するのだ。

 特ダネ記者だったことがない身で、こんなことを書くのはおこがましいけれど、取材過程をいちいち明らかにしていたら特ダネなんて取れっこない。権力側が隠そうとしているネタであるなら尚更だ。取材対象が特定されてしまえば、口封じのためにひどい仕打ちを受けるだろうし、記者自身を含めて、傷つけられたり生命の危険にさらされたりする可能性もある。場合によっては同僚にさえ知らせず、潜行取材をせざるを得ない。

 朝日新聞のスタンスが「取材過程を公開する」方向にシフトしすぎるあまり、調査報道的な記事が減ることになりはしないだろうか。権力側の不正を暴こうという志のある記者が、少ないとはいえ残っている朝日だからこその懸念である。安倍政権が誕生して、これまで以上に権力と向き合うマスコミの姿勢が問われている時期だけに。

 もう一つ。元旦の朝日新聞1面カタ(2番手)の記事にも違和感を抱いた。原発の近くで暮らす住民に現金を支給する国の「原子力立地給付金」の受け取り辞退が、3・11後に2倍近くに増えた、という内容だ。

 記事によると、たしかに辞退件数は2010年度の94件が、11年度は171件と、1.8倍になっている。ところが、よく読むと、全体の給付対象は103万件。つまり、増えているとは言っても、比率からすれば微々たるものなのだ。しかも、13道県のうちで辞退件数がある程度動いているのは、青森、福島、茨城の3県くらい。数字の読み方として、これを「急増」と書くのはフェアではない。「一部地域でじわり増加」くらいが妥当だろう。

 給付金のあり方について問題意識を持つことは大切だ。でも、社会面の受け記事の見出しが「給付金は買収だ」、学者コメントの見出しが「露骨な利益誘導」であることからも分かる通り、「給付金=悪」という前提で記事は書かれている。

 原発をどこに造るか。国策として受け入れてくれる地元にどう報いるか。給付金は、そうした問いへの一つの答えとして設けられた制度に違いない。

 だからこそ、これからどうするかは、地元の人たちの現在の、そして将来の生活や気持ちと併せて考えなければ、根本的な解決にはならない。今のままで良いとは思わないけれど、ハナから悪と決めつけるばかりでは原発の地元の反発を増し、都会との対立を強めるだけだ。脱原発の立場で問題提起するのであれば尚のこと、フェアな報道を求めたい。

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どん・わんたろうさんプロフィール

どん・わんたろう約20年間、現場一筋で幅広いジャンルを地道に取材し、「B級記者」を自認する。
派手なスクープや社内の出世には縁がないが、どんな原稿にも、きっちり気持ちを込めるのを身上にしている。関心のあるテーマは、憲法を中心に、基地問題や地方自治、冤罪など。
「犬になること」にあこがれ、ペンネームは仲良しだった犬の名にちなむ。「しごと」募集中。

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