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2012-05-30up

B級記者どん・わんたろうが「ちょっと吼えてみました」

【第94回】

もし警察官OBが
生活保護の窓口にいたとしたら

 次長課長の河本準一さんのケースをきっかけに激しいバッシングの対象になっている生活保護ではあるが、現場でこの春以降、議論の続いている問題がある。生活保護の窓口(福祉事務所)に警察官OBを配置する、というのがそれだ。

 行政側の狙いは「不正受給の防止」にあり、今回のバッシングと通底している。しかし、関係者の間では「生活保護を必要とする人の排除につながる」との批判も強い。河本さんが記者会見をした2日後、この問題をテーマにした集会が横浜市で開かれたので、現場の声を聞いてきた。

 ケースワーカーらでつくる全国公的扶助研究会の渡辺潤・事務局長によると、警察官OB配置の問題が顕在化したのは、3月1日に厚生労働省が都道府県・政令指定市の担当課長を集めて開いた会議だった。同省が「退職した警察官OB等を福祉事務所内に配置すること」を「積極的に検討し、不正受給者対策の徹底を図っていただきたい」と求めたのだ。

 必要な予算は、国から全額補助される。調べたところ、10年ほど前から警察官OBを配置している自治体があり、2010年度は全国74自治体で116人にのぼっていたそうだ。

 集会で取り上げられた横浜市の例では、「生活保護特別相談員」として4月に4人を採用している。応募資格は、警察官としての勤務経験がある45~64歳。平日の午前9時から午後4時まで勤務する嘱託職員で、年収は324万円である。

 業務の柱の1つは不正受給対策で、悪質な不正受給者を警察に告訴するのを手伝ったり、告訴基準の見直しや告訴マニュアル作りに助言をしたりする。2つ目は、暴力団関係者や窓口で暴れる人への対応を支援すること。そして、もう1つには「県警との組織的な連携体制の構築」が掲げられている。制度導入の目的自体が警察官の再就職先の確保なんて勘繰る向きもあるけれど、なかなか意味深長な表現ではある。

 同市の生活保護行政の現場は、今年度の当初予算が発表された段階で初めて説明を受けたという。当初は18区すべての窓口に配置し、生活保護の申請者の案内や受付にも当たる計画だったが、労働組合などの反対で中止になったそうだ。採用された4人も窓口にはおらず、必要な時に担当の事務所に出向く形になっている。しかし、同じ事務所の職員でも「どんな仕事をしているのかはおろか、名前さえ分からない」なんて発言もあった。

 厚労省は警察官OB配置の目的として、「不正受給に対する告訴等の手続きの円滑化」や「申請者等のうち暴力団員と疑われる者の早期発見」を挙げている。横浜市の業務内容も、基本的にはこれに沿った形だ。しかし、集会では弊害を訴える声が相次いでいた。

 たとえば、路上生活者は警察官に寝床を追い出されるなど、少なからずひどい目に遭わされた体験がある。警察官は「敵」であり、生活保護の窓口に配置されていると知れば、本当に必要な状況になっても行けなくなるという。その結果、孤独死や餓死の増加につながることが懸念されるそうだ。

 「ごく一部の不正受給を理由に、まじめに生活しているほとんどの受給者まで犯罪者として扱うようだ」との批判も聞かれた。関西の自治体では、警察官OBの職員が生活保護受給者に対して「虫けら」などの暴言を吐き、弁護士会から人権救済の勧告を受けたケースもあるという。

 そもそも、生活保護の不正受給が大幅に増えているわけではないと、渡辺さんは強調していた。2010年度の不正受給は、全国で2万5355件、128億7425万円。生活保護全体に占める割合は、件数で1.8%、金額で0.38%。3年前(件数で1.44%、金額で0.35%)から、それほど変動していない。「不正」の内容をみても、高校生の子どものアルバイト代の申告を忘れたというような、故意ではない事例が少なくないそうだ。

 もちろん、不正受給を許していいという理屈にはならないが、悪質な不正受給の数は決して多くはないので、「個別に警察署と十分な連携を取ることで対応できる」と指摘していた。

 ところで、生活保護について考える時、私たちは、受給の抑制とか不正受給の防止とか、制度適用の是非という「入口」からしか見ていない傾向が強いのではないか。以前に生活保護の現場を取材した時、関係者が「生活保護は一時的な助け合い」と強調していたのがとても印象に残っている。困窮している人にはある程度緩やかに支給を認め、ただし、少し時間が経った段階で審査を厳しくしていくとか、自立や就労に向けた強力な支援をするとか、生活保護からの「出口」を探る施策にもっと力を入れるべきだと思う。

 その意味で横浜市について言えば、10年ほど前から取り組んできて全国のモデルケースとされる就労支援を、さらに推し進めるべきではないか。

 同市は嘱託職員の「専門員」を採用し、履歴書作成、模擬面接、さらに折り込みチラシで仕事を探してきたり目の前で応募の電話をかけさせたりする、といったきめ細かい支援をしてきた。その結果、09年度には受給者1200人以上が仕事に就き、約5億円分の生活保護費の支給削減につながったという。受給者にとっても行政にとっても、良い結果だ。生活保護の「入口」を狭くするために警察官OBを雇うくらいなら、同じ費用を「出口」を案内する専門員の増員に充てた方がよほど効果的だろう。

 それから、警察官OBの窓口配置をきっかけに生活保護について考える過程で、強く感じ、反省したことがある。私たちは、生活保護を受けている人たちの生活をほとんど知らないまま、極端な例を取り上げる報道や机上の論理を基に、生活保護のあり方にあれこれ言っているのではないか、と。

 生活保護が、憲法25条の保障する当然の権利であることは言うまでもない。しかし、河本さんの件をきっかけに、民主党の厚生労働大臣が自民党と一緒になって支給額のカットを平然と示唆するなど、このままでは受給の抑制や支給条件の切り下げという形で制度の見直しが行われるであろうことが予想される。国全体で年間3兆7千億円が生活保護に投じられる財政の問題を、避けて通れないことも確かだ。

 弱者の生存権を侵すような形で制度の改定が行われようとしていることに対抗するために、また、「出口」に向けた対策を充実させていくためにも、当事者の様子が分からなければ実効のある提案はなし得ない。生活保護の受給者が実際にどんな生活をしているのか、自立に向けてどんな活動をしているのか、そして、生活保護から脱せないとすれば何が原因なのか。受給者本人は無理でも、周囲の関係者にはできる限り現場の情報をたくさん発信してほしい。

 集会で受給者の1人が「多くの人は、まさか自分が生活保護を受けるとは思っていないだろうが、どんな人にも起こり得る問題です」と語っていた。身につまされるものがあった。マスコミ報道に煽られるのではなく、冷静に事実をとらえたうえで、どうすることが当事者にとって、社会にとって良いのか、議論を重ねたい。

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  不正受給は、ないほうがいい。
それは誰もが意見の一致するところでしょう。
けれど、同じ労力や予算をかけるのなら、
より重要なのは「受給が必要だけれど受けられていない人」を減らすこと、
そして受給者が生活保護なしで暮らしていけるようにすること、ではないのでしょうか。
今の議論は、そのまったく逆に行っているように思えてなりません。

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どん・わんたろうさんプロフィール

どん・わんたろう約20年間、現場一筋で幅広いジャンルを地道に取材し、「B級記者」を自認する。
派手なスクープや社内の出世には縁がないが、どんな原稿にも、きっちり気持ちを込めるのを身上にしている。関心のあるテーマは、憲法を中心に、基地問題や地方自治、冤罪など。
「犬になること」にあこがれ、ペンネームは仲良しだった犬の名にちなむ。「しごと」募集中。

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