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2011-04-20up

B級記者どん・わんたろうが「ちょっと吼えてみました」

【第44回】

震災後のドサクサでの成立はダメでしょう
~やっぱり危ないコンピュータ監視法案

 確かに、その法案が閣議決定されたのは3月11日午前。東日本大震災が起きる直前のことだった。でも、国会に提出されたのは、4月1日。早ければ大型連休前にも衆議院法務委員会の審議が始まり、今の通常国会での成立を目指すという。

 福島第一原発の先行きが依然予断を許さない中、復興税やら消費増税やらの国民負担が語られ始め、まだ当分の間、国会の、そして国民の関心は、被災地復興と原発事故への対応に集中する。マスコミ(とくに新聞)は震災と原発の記事しか扱っておらず、この法案の内容や問題点を含め、他のテーマにはまともに向き合っていない。そんな状況をわかったうえで、あえて今の時期に成立させようってだけで「ドサクサに紛れて」に違いあるまい。

 この法案が「震災後のドサクサに紛れて閣議決定された」という情報がツイッターなどで広がったのが批判されているけれど、ならば正確に言い換えれば良いだけのことだ。「菅内閣が震災後のドサクサに紛れて成立を目指しているコンピュータ監視法案」と。

 「情報処理の高度化等に対処するための刑法等の一部を改正する法律案」なんてもっともらしい名前が付いた法案だが、その危険な本質は、些末な揚げ足取りの議論によって覆るものではない。問題点は以前のコラムに記したが、4月13日に衆院議員会館で開かれた集会に参加して、危険性を改めて実感してきた。もう一度まとめておこう。

 第1の問題点として、いつ誰が誰にメールを出したかという「通信履歴(ログ)」の保全要請が挙げられる。警察などの捜査機関が裁判所の令状なしで、プロバイダーに対して、特定の人の通信履歴を最大60日間、消さずに保存するよう要請できる制度だ。山下幸夫弁護士によると、注意しなければならないのは、履歴を保存すれば自動的に通信内容(本文)まで一緒に保存されるということである。これが、本人のあずかり知らぬところで行われる。盗聴法のような、事後の国会報告も必要ない。

 プロバイダーによっては、保全要請が出された段階で、履歴や通信内容を任意で出してしまう可能性もある。先の入試カンニング事件で、ヤフーが警察に任意で通信履歴を提供したと報道されたのが記憶に新しい。保全要請をすれば、警察とのトラブルをきらうプロバイダーにかかるプレッシャーは大きく、実質的に強制捜査と同じ効力を持つことになりそうだ。

 しかも、歯止めがないから、捜査機関は狙った人物のまわりにいる人まで幅広く保全要請の対象にすることができる。犯罪に無関係のあなたが、そこに含まれるかもしれない。令状を取れるだけの犯罪の証拠がない段階で、メールの中味までが簡単に、広範に捜査機関に渡るようになるとすれば、通信の秘密を保障した憲法21条が踏みにじられてしまう。

 2番目の問題点である「リモート・アクセス」と呼ばれる手法についても、疑念は募るばかりだ。1台のパソコンを差し押さえる令状さえ取れば、そこからアクセス可能なサーバーのデータを一網打尽にできる仕組みである。山下さんは「本社のパソコンへの令状1通で、全国の支社のサーバーにあるデータまで捜査機関が持って行けることになる」と例を出していた。今はこういう場合、支社のサーバーについては別に令状を取り、現地に赴いてデータを差し押さえているそうだ。憲法35条に反し、捜索する場所を明示するよう求めた令状主義を形骸化させる恐れが強い。

 捜査機関にとっては実に都合が良いが、一般の利用者にとっては、容疑者のパソコンにつながっているサーバーにたまたま自分のデータが入っていたというだけで「犯罪に関係ありそうだ」と決めつけられ、差し押さえられる心配だって否定できまい。

 今回の法案の大義名分とされるウイルス作成罪(不正指令電磁的記録作成罪)に対しても、集会では問題点が指摘された。1つは、ウイルスだと誰がどう認定するかの曖昧さ。条文には、ウイルスの定義として「人が電子計算機を使用するに際してその意図に沿うべき動作をさせず、又はその意図に反する動作をさせるべき不正な指令を与える電磁的記録」とあるだけだからだ。もう1つ、足立昌勝・関東学院大教授が強調したのは、これを使わずとも「作っただけ」で処罰の対象になり得ること。社会的な害悪が発生していない段階で刑罰を科すのは刑法の規律に反する、と批判していた。

 折しも、総務省は4月6日、「地震等に関する不確かな情報等、国民の不安をいたずらにあおる流言飛語が、電子掲示板への書き込み等により流布」しているとして、自主的な削除を含めた「適切な対応」をプロバイダーの業界団体などに要請した。ネットの情報に神経質になっている様子が窺える。

 なぜなら、ネット情報はマスコミのように権力にコントロールされることなく、しなやかに広がっていくからだ。都合の良い情報だけを流したい権力側にしてみれば、迷惑この上ない存在なのだろう。コンピュータ監視法案の発想と、根は同じである。

 そう考えてみると、マスコミの責任は極めて重い。そもそも、私たちがネットへの依存を強めるのはなぜだろう。震災や原発事故を通じて顕著に表れたが、「マスコミは本当のことをきちんと伝えていない」という不信と不安がどんどん膨らんでいるからに他ならない。逆に、マスコミにとっては、自分たちが伝えない情報を伝えてしまうネットが邪魔で仕方あるまい。コンピュータ監視法案をほとんど報じないのも、本音ではネットへの規制を強めてほしいと思っているからでは、と勘ぐってしまうよね。

 いずれにせよ、国会議員には法案に対する危機意識はほとんどないようで、このままだとさほど関心も持たれずに成立してしまいそうだ。集会に来ていた民主党の辻恵・衆院議員は「監視社会を強める問題の多い法案」と断じる一方で、具体的な対応については「できるだけ審議の順番を後回しにして時間切れを狙う」と歯切れが悪かった。与党の議員としては、閣議決定された法案への精一杯の抵抗なのだろう。もちろん、政局に絡まない限り、自民党の反対は望めまい。

 ソフトバンクの孫正義社長、ジャーナリストの上杉隆さんをはじめ、コンピュータ監視法案に反対の意思を示している著名人は少なくないのだから、草の根から世論を盛り上げていくしかない。手遅れになる前に、これから何ができるか、みんなで考えたい。

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「犯罪を防ぐため」という文言のもとで、
ひたひたと締めつけが厳しくなっていく。
ひとたび法律ができてしまえば、
その対象が解釈でどんどん広げられていく可能性があることは、
これまでの例からも容易に予想できるのでは?
今ならまだ間に合う、と信じたいのですが…

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どん・わんたろうさんプロフィール

どん・わんたろう約20年間、現場一筋で幅広いジャンルを地道に取材し、「B級記者」を自認する。
派手なスクープや社内の出世には縁がないが、どんな原稿にも、きっちり気持ちを込めるのを身上にしている。関心のあるテーマは、憲法を中心に、基地問題や地方自治、冤罪など。
「犬になること」にあこがれ、ペンネームは仲良しだった犬の名にちなむ。「しごと」募集中。

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