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2010-10-06up

B級記者どん・わんたろうが「ちょっと吼えてみました」

【第20回】

失われる都立高校の自由 〜前三鷹高校長の裁判が問うていること

 私たちが高校生のころ、東京都立高校、中でも比較的歴史のある学校は、同世代からすると自由に満ち溢れた場所だった。とはいえ、背伸びしたい盛りの10代半ばが憧れる「自由」ではある。授業をさぼっても取りたてて何も言われないし、アルバイトや恋愛を規制する校則とも無縁だった。私服だから、酒を飲み、パチンコに行き、タバコも吸えた。もちろん、勉強や部活に燃える奴もいた。

 そこから学んだことは多い。社会のさまざまな断面を見ることができたし、いろんな考えを持つ大人と接することができた。何より、行動には責任が伴い、自由の責任は自分が負うことを実感した。簡単な例で言えば、好き勝手に遊び呆けて受験に失敗しても、誰のせいでもなく自己責任である。バカな青年でも、それだけはしっかりと体得し、その後の人生に教訓として活かしてきた。

 今思えば、教師たちは私たちの行いを、かなりの部分でお見通しだったようだ。それでも、ほとんど何も言わなかったのは「本人が気づかなければ実にならない」と教えたかったからだろう。決して教師の怠慢なのではなく、たぶんに意図的であったと、ある程度の齢を重ねた私には確信できる。そして、その土台に職員室の「自由」があったであろうことも。

 都立三鷹高校は、そんな「自由」な高校の一つだったそうだ。この高校の名前、最近、よく耳にする。一つは、08年正月の全国高校サッカーでベスト8に入ったこと。もう一つは、校長が「職員会議での挙手や採決の禁止」という都教育委員会の通知を批判したところ、退職後の非常勤教員への採用を拒まれたことを巡って、である。

 昨年3月まで校長だった土肥信雄さんは、退職後、非常勤への不採用は「裁量権の乱用による報復」として都を相手に損害賠償を求める訴訟を起こし、係争中だ。東京で開かれた支援集会に参加し、話を聞いた。

 それにしても、自分たちが校長にまで登用した土肥さんに対する都教委の評価には驚かされる。非常勤教員の選考にあたって、「仕事の成果」「職務遂行能力」「組織支援力」「職務の理解・実践力」のいずれもが最低ランクの「C」。総合評定(絶対評価)も「C」だ。その結果、790人が応募し768人が合格した非常勤採用(合格率97.2%)に、不合格にされた。都教委を批判したにしても、そのことで懲戒処分は受けていないにもかかわらずだ。

 土肥さんは、校長として最後の卒業式で生徒たちから手作りの「卒業証書」をもらったことなどを挙げて、「都教委を批判したことだけで評価し、教育活動については一切評価していない」と強調した。確かに、集会には多数の教え子や保護者が駆けつけ、土肥さんへの思いを語った。慕われている様子が伝わってきた。弁護士は「不採用は、土肥さんを現場に置いておきたくないのと、見せしめのため」と指摘した。

 土肥さんは裁判で、不採用や挙手・採決禁止だけでなく、都教委の「人権侵害」の数々を不法行為の対象にしている。例えば、卒業式での教職員の君が代斉唱について、土肥さんが口頭で職務命令を出したにもかかわらず文書で出すよう再三強要されたこと。絶対評価とされている教職員の業績評価について、相対評価をするよう干渉されたこと。文化祭での「考え方が一方的」な生徒の掲示物を事実上禁止する指導によって、検閲を強要された、なんて項目もある。それらが校長の裁量権や教育の自由を侵害した、との主張である。都教委の強権ぶりが、よくわかる。

 挙手・採決禁止の時も、土肥さんは都教委に公開討論を求め、拒否された経緯がある。だから「都教委のおかしさそのものを裁判で明らかにして、司法に、国民に、判断してもらいたい」と考えたそうだ。しかし、裁判での都教委の主張は「うそばかり」と憤っていた。指導に理念があるのなら、都教委は裁判に真摯な姿勢で臨み、自信をもって主張を展開してほしいものだ。

 校長の、教師の「自由」が失われることで、生徒の行動や言論が萎縮することを私は憂える。日の丸・君が代が代表例だろうが、教職員への強制が意図することは、生徒への指導だ。でも、高校時代って、いろんなことをやって、いろんな主張に触れて、自分の考えを培っていく時だろう。酒を飲んだりタバコを吸ったりする自由はともかくとしても、そうした機会を奪い、上から押しつけた枠の中で教育することが、本当に若者たちのためになるのか、甚だ疑問である。

 もう一つ。土肥さんは「言論統制の実態を明らかにしたい」と話していた。「言論の自由だけは、あらゆるところで守っていく」との決意も。言論が危機にさらされているのは、教育の現場だけではない。言論機関たるマスコミの中でも言論統制は深刻なのに(拙稿参照)、問題意識はあまりに希薄だ。おかしいことには、おかしいと言う。そんな土肥さんの姿勢に学ぶところは多い。自戒したい。

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「教育の現場がおかしい」という声が
あちこちから聞こえてくる昨今ですが、
結局すべてのしわ寄せは、子どもたちに向かっているのです。
校長や教師たちへの締め付けや「言論統制」が、
子どもたちへの影響に出ないはずはありません。

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どん・わんたろうさんプロフィール

どん・わんたろう約20年間、現場一筋で幅広いジャンルを地道に取材し、「B級記者」を自認する。
派手なスクープや社内の出世には縁がないが、どんな原稿にも、きっちり気持ちを込めるのを身上にしている。関心のあるテーマは、憲法を中心に、基地問題や地方自治、冤罪など。
「犬になること」にあこがれ、ペンネームは仲良しだった犬の名にちなむ。「しごと」募集中。

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