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2010-06-09up
B級記者どん・わんたろうが「ちょっと吼えてみました」
【第5回】
「人を裁く」ということ
映画「BOX 袴田事件 命とは」を見た。袴田事件は、44年前の1966年、静岡県で起きた一家4人殺害事件である。死刑が確定した元プロボクサー袴田巌死刑囚(74)は冤罪を訴え続け、現在、第2次再審請求をしている。
映画の主人公は、一審・静岡地裁の担当裁判官だった熊本典道さん(72)だ。「私は無罪を主張した」と3年前に告白したのを、覚えている方がいるかもしれない。
袴田死刑囚は、1日平均12時間にも及んだ警察の取り調べで自白を取られている。犯行時の着衣とされたズボンは、本人には小さくてはけない。刃渡り13センチの小刀で、4人も殺害できるのだろうか。
多くの疑問に直面しながら、ほかの2人の裁判官に押し切られる形で「有罪=死刑」が決まり、完成していた無罪判決を書き直す。そんな過程を、映画は描いている。実際の事件に、かなり忠実にアプローチしているので、ご覧になっていただきたい。
熊本さんの話を聞いたことがある。「1人の青年が一生を棒に振った。『ごめん』というほかにない」と声を詰まらせていた。袴田事件がきっかけで裁判官を辞めたが、それでも、今日までずっとトラウマになっているという。
いま、同様の事件が起きたら、裁判員制度の対象になる。つまり、熊本さんと同じ役割を、私たち市民が担わなければならない。
裁判員制度に、私は賛成だ。この映画でも取り上げているが、「職業裁判官」が容疑者の人権や幾多の理不尽なことに目をそむけ、どんなにひどい感覚で判決を出してきたのか。熊本さんは「これだけ長時間、取り調べを受けたということだけで、普通の人ならおかしいと思うはずだ」と語っていた。もはや、そんな「常識」さえ裁判官に期待できないのであれば、「おかしい」と感じる市民の司法参加が増えた方がマシになる、と思うからだ。
もう一つ。内閣府の世論調査(2009年)では、死刑を「やむを得ない」と容認する人は85.6%で過去最高だった。被害者や遺族の感情、凶悪犯罪への抑止といった理由が、多く選ばれるという。誤判があると取り返しがつかないことは、ほとんど顧みられていない。
前回のコラムで取り上げた沖縄の基地問題にも通じることだが、死刑が自分の問題として受けとめられていないからでは、と感じられてならない。
裁判員に選ばれて、死刑が求刑された事件に向き合う。自分の関与によって被告の命を奪うことにもなるのだから、どうすべきかを真剣に考えれば考えるほど、悩み、苦しむだろう。袴田事件のように、被告が否認していればなおさらである。そういうプロセスを市民が共有することによってこそ、死刑の是非は真の意味での国民的な議論になるのではないか。
もちろん、裁判員制度には、たくさんの課題がある。私の立場からすると、裁判員が予断を持たないような報道が不可欠だ。例えば、容疑者が刑事に連れられて警察署の裏口を出入りする「引き回し」は、一時はテレビでも新聞でも放映・掲載をやめていたはずなのに、最近は堂々と流されている。逮捕段階でこんな報道を見せられた裁判員が、記憶を完全に払拭して審理に臨むのは難しい。熊本さんも袴田事件について「ほかの2人の裁判官は、あれだけの報道に接したら無罪とは言えなかったのでは」と振り返っていた。
ところで、長期間の拘留で精神障害を患った袴田死刑囚への支援の輪は政界にも広がり、4月に国会議員による「救援議員連盟」が発足した。5月には千葉法相に、刑の執行停止と適切な医療を要請した。政権交代前は、支援団体の要望に法務省の課長クラスしか対応しなかったから、隔世の感がある。44年の歳月は限りなく重いが、しなければならないことをするのに、今からでも遅いということはない。
「BOX 袴田事件 命とは」は、
現在、東京・渋谷のユーロスペース、銀座シネパトスで上映中。
今後、全国で順次公開が始まります。
「人が人を裁く」とは? 死刑とは?
改めて考える機会にしたい映画です。
どん・わんたろうさんプロフィール
どん・わんたろう約20年間、現場一筋で幅広いジャンルを地道に取材し、「B級記者」を自認する。
派手なスクープや社内の出世には縁がないが、どんな原稿にも、きっちり気持ちを込めるのを身上にしている。関心のあるテーマは、憲法を中心に、基地問題や地方自治、冤罪など。
「犬になること」にあこがれ、ペンネームは仲良しだった犬の名にちなむ。「しごと」募集中。
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