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2013-03-27up
伊藤塾・明日の法律家講座レポート
2013年2月2日@渋谷校
「けんぽう手習い塾」でおなじみの伊藤真さんが主宰する、資格試験学校の伊藤塾では、
法律家・行政官を目指す塾生向けの公開講演会を定期的に実施しています。
弁護士、裁判官、ジャーナリスト、NGO活動家など
さまざまな分野で活躍中の人を講師に招いて行われている
「明日の法律家講座」を、随時レポートしていきます。
なおこの講演会は、一般にも無料で公開されています。
日本の真実とアメリカの真実
講演者:
堀田 力 氏(弁護士、さわやか福祉財団理事長、元検事)
講師プロフィール:
1958年京大法学部卒業、1961年検事任官(札幌・旭川・大津各地検に順次勤務)。1966年には大阪地検特捜部検事として大阪タクシー汚職事件を摘発。1972年、在アメリカ合衆国日本大使館一等書記官としてウォーターゲート事件をフォロー。1976年、東京地検特捜部検事としてロッキード事件を担当。その後、法務大臣官房人事課長などを歴任しながら司法改革に着手。1991年に退職し、弁護士登録。さわやか法律事務所及びさわやか福祉推進センター(現在、公益財団法人さわやか福祉財団)を開設。
ロッキード事件(※)など、日米にまたがる歴史的な事件を担当してきた堀田先生は、「日本の刑事訴訟法は、今60余年ぶりに、大きく変わろうとしている」と語ります。日本の「取調べ」中心の捜査が行き詰り、それにつれて日本の裁判も、真実の発見と人権の擁護という根本的な役割を、果たせなくなってきているというのがその理由です。刑事訴訟改革の目指している方向性は、アメリカやイギリス流の捜査と裁判になってきます。法務省の審議会で、取調べの全面可視化と合わせて、司法取引、刑事免責、盗聴の拡大などが論じられるようになってきているのはその表れです。そのため、日米の刑事訴訟についての考え方の違いを理解する必要があります。今回はそうした観点から、日米の訴訟制度について語っていただきました。
※ロッキード事件…全日空の新機種選定に絡み、アメリカのロッキード社が前内閣総理大臣の田中角栄氏らに賄賂を支払っていたことが判明し、田中ら複数の政財界の大物が逮捕された戦後最大の疑獄事件。
■日米の刑事司法制度の考え方の違い
いま日本は刑事司法制度について改革を進めており、その基本思想が明らかになってきています。その方向性は、概ねアメリカの制度を取り入れていこうとするものです。
なぜわたしがアメリカの司法についてお話しするかといいますと、大阪地検特捜部にいたころ、ニューヨーク地検でアメリカの捜査のやり方を学んだ経験があるからです。アメリカでは検察の特捜部にさまざまな分野の専門家がいて、汚職事件について徹底的に捜査をしていました。例えばどんな難しい鍵でも3分で開けられるという技術を持ったスタッフもいました。盗聴器を仕掛けるためです。おとり捜査で高検検事をひっかけて、地検の特捜部検事が捕まえたということもありました。こんな捜査をするのかと驚いたことを覚えています。
日本とアメリカでは刑事司法制度の基本的な考え方に大きな違いがあります。日本の刑事司法制度では、「実体的真実」(*)の発見に重きをおいています。でも訴訟によって真実は発見できるんですか? ということについては疑問があるわけです。「物事は見方によってまったく異なって見える」と言われるように、限界があるのです。
アメリカの刑事司法制度の場合は、そうした疑問に立脚しています。そのため、「適正手続きで発見された事実を、真実とみなしましょう」ということになっています。アメリカでは、「神にしかわからないようなほんとうの真実を、人間の訴訟手続きで発見するのは無理」だとしているわけです。いわゆる「手続き絶対主義」をとっています。
(*)実体的真実: 刑事訴訟における、過去の出来事について、訴訟法などの法律に基づいて認定するほかないという点で神の目から見た「絶対的真実」そのものとは違うものの、可能な限り真相に近い事実を追求するという原則。
もちろん、アメリカでも冤罪事件があります。でも、それは人間がやっていることなのだから当然起こりうるという発想です。冤罪だと証明されると、検察官は「私は、私の仕事をきちんとやって、それで冤罪ということになったのなら、それは良かった」ということで堂々としています。無罪判決が出た後に、検察官は、相手を祝福して弁護人と握手します。一方、日本で冤罪が証明されたら、担当した検察官は世間からも組織からも非難されて、出世もできません。また検察官は無罪を出したら、「何をやっていたんだお前は」と検察の上司から怒られてしまう。このように、日米では刑事司法をとりまく社会や組織の考え方そのものが違うということなのです。
■冤罪を防ぎながら真実を出していくためには
「真実」を証明しようとするときに、もっとも有用な証拠は、犯罪者本人です。本人が一番よくわかっているわけですから当然です。そのため取り調べる側としては、何としても自白させようという態度になります。本来は被疑者段階では、犯罪者かどうかわからないのですが、自白させれば手っ取り早いということで、強引な取調べがまかり通ってきました。客観的証拠を集めるには、お金も時間も労力もたいへんかかります。だから「安くつく」自白で済まそうとするわけです。
日本は適正手続きの範囲が寛大なので、日本で行われている取調べは厳しすぎて、冤罪が出やすいという危険性が指摘されています。犯罪者でなくても拷問によって自白させられてしまう可能性があるのです。これは難しいところなのですが、ちょっとした誘導でやっていないことを自白してしまう人がいる一方で、その程度では自白しない真犯人もたくさんいます。これにはかなり個人差があります。
強引な取調べはやめようと決めた場合、その程度では自白しない真犯人が罪をのがれることも確かです。そうすると、「何をたもたしてるんだ」とマスコミが騒ぎ立てます。適正に調べているうちに真犯人が逃げてしまうかもしれない、というのが取調べの難しい問題です。危ない取調べを排除しながら、真実はしっかり出す。人権も守らないといけない。それらの折り合いをつけながらつくられてきたのが刑事訴訟法(刑事手続きについて定めた法律)です。
冤罪を防ぐためにあるのが、黙秘権や供述拒否権です。これはもともと人間が誰でも持っている「権利」のひとつではありません。一般的には、悪いことをしたのに黙っているのは人倫の基本に反すると考えられます。しかし取調官が激しい取調べで冤罪の自白をさせる可能性もあるから、刑事手続き上認めているのです。この権利があるおかげで、冤罪の人はとにかく黙ることで救われるケースもあります。また、検察官の取調べは最長20日間のみで起訴したら取調べできないという取調べ期間の制限や、自白による証拠能力の制限もあることを付け加えておきます。最近は弁護人の立会いが要求されれば従う必要が出てきました。さらに取調べを可視化しようという話になってきていて、大きな議論を生んでいます。これらが冤罪を防ぐための方法なのですが、そんな方法ばかりでは真犯人が逃げてしまうという人もいます。
アメリカでもかつてはひどい取調べ(サードディグリー)がたくさんありました。それで、取調べによる供述に弁護人を立ち会わせる権利を盛り込んだミランダ警告(※)が作られたのです。それ以降、アメリカは取調べで自白を出させるという手法を諦めました。司法取引か客観的証拠で勝負するということになったのです。そのバックグラウンドにあるのが、手続き絶対主義ということになります。
※ミランダ警告
アメリカ合衆国で、警察官が容疑者を逮捕するときに言い渡すことが義務づけられている告知。誘拐・強姦の罪に問われたアーネスト・ミランダが、逮捕の際に弁護人を同席させる権利があることなどを知らされないまま、強要された自白内容を根拠にアリゾナ州裁判で有罪判決を言い渡された事件に端を発するもの。ミランダ警告の内容は以下の通り。
・あなたには黙秘する権利がある。
・あなたの言ったことは、何であれ、法廷で不利に扱われるおそれがある。
・あなたには弁護士と話し合い、また、尋問中、弁護士を同席させる権利がある。
・もしあなたが弁護士を雇うことができなくても、希望するならば、尋問の前に国選弁護士を任命し、あなたの代理にすることができる。
■取調べなしに事実をどう解明するのか
日本でも今後の導入対象になってくるのが、取り調べに頼らずに事実を解明していく方法です。ここでは、4つほど紹介します。これらを全て日本にも入れるべきだというわけではありませんが、日本も参考にすべきことはあります。
1つ目は司法取引です。これには「真実の擬制」が伴います。取調べる側からしたら今ある証拠では足りないという場合がよくあります。殺人事件でも殺意を示す客観的証拠が足りないといったケースです。アメリカではそういうときに司法取引を堂々たる制度でやっています。例えば検事は一級殺人で起訴すると言う。弁護人は過失致死、つまり三級殺人だと言う。どちらかが持ちかけて二級殺人にしてくれたら認めますよ、という話でまとめる。その合意ができたら、適正手続きになるので、検察は証拠を開示する必要はなくなります。つまり本人が認めて手続きが済んだから、真実はどうでもいいという立場です。
人間には限界があり、実体的真実を発見するなんてできるわけがない、ということをわかっているのです。でも日本で同じことをしたら、マスコミも遺族も、刑が軽いとか、甘いと批判するはずです。ここにも真実というものへの考え方の違いが表れています。
2つ目は、供述証拠に関するもので、具体的には「黙秘権の剥奪」「黙秘権の正当な運用」「厳格な偽証罪の適用」「大陪審」などがこれに当たります。黙秘権の剥奪は、刑事免責です。これは組織犯罪で軽い方の人に適用されるのが通常の姿です。ロッキード事件のときに適用しました。ロッキード社の社長に「しゃべってくれたら、起訴しない」という約束をアメリカの司法省にしてもらった。するとその人の黙秘権が消滅します。ロッキード社の社長も日本で贈賄の罪を犯しているわけですが、彼はどうせ日本には来ないだろうし、それにガードの固い日本の政治家を裁くにはそれしか方法がないだろう、という判断でした。
黙秘権というのは、処罰される恐れがあるから適用されるのだから、起訴されないことが確約されてその恐れがなくなれば、処罰される恐れは消滅するのです。その反面、正しいことを答えないと証言拒否罪という罪に問われます。また、ウソをつくと偽証罪になります。だから正しく答えないといけなくなります。
アメリカ連邦法では、偽証罪は懲役5年です。矛盾したことを言えば偽証罪になります。一方で、そうしたことが罪に問われない日本の法廷では、ウソを勧めるような傾向があるのは大問題です。
また、アメリカでは取調官は取調べしなくなりましたが、大陪審では取調べをしています。大陪審は取調べて起訴、不起訴を決める機関ですが、裁判官が手続きを主催し、陪審員が判断するのだから、ひどい調べはしません。だから、被疑者や証人の取調べをどんどんやります。そこでは、嘘をつけば被疑者でも偽証罪で処罰されます。
取調べに頼らず事実を解明する方法の3つ目は、「非供述証拠関係」です。例えば盗聴。アメリカでは盗聴は普通に行われています。これは取調べの結果ではありませんから、有力な証拠になります。また、「提出命令」を出す場合もあります。これが出ると、有力証拠を提出していないことがあとでわかると、法廷侮辱罪として処罰されます。ロッキード社は、これによって全部証拠を提出しました。
最後の4つ目は「犯意の確認」です。これにはいわゆる「おとり捜査」も含まれています。例えば、先ほどあげた高検検事が逮捕された話だと、ある検事が賄賂をもらっているらしいという情報があるとする。その証拠を探すのは大変だから、新しくおとりを立てて証拠をつくります。このケースの時は、検察庁がワイロのドル紙幣を準備しておとりである贈賄者に渡し、贈賄者がそのお金を高検検事に渡すときの会話を全部録音し、これを証拠に高検検事を逮捕しました。
■変化の激しい時代で司法をどうしていくのか
以上あげてきた方法は、取調べがなくても真実が発見できる方法です。日本では、こういう手続きは「汚い手」だという認識がありますが、果たしてどうでしょうか?
日本では、「神様だけが知っているようなものすごい真実を暴き出すのが捜査」だと考えられているところがあります。しかし捜査のための権限はあまりありません。そのあたりのことを総合的にどうしていくのかについて、きちんと考えていかなくてはいけないと思います。
一方で、アメリカやヨーロッパで、厳しい取調べがまったく無くなっているかというと、そうではないこともお伝えしておきます。法廷に出てこないような部分ではやはり拷問に近いようなことがあるわけです。例えばウォーターゲート事件のときも、部下たちを全部免責して、彼らにしゃべらせることで、ニクソン大統領までたどり着いたのです。「しゃべったら起訴しないよ」と部下たちと裏で交渉するわけですが、しゃべる側はいろいろなものを犠牲にしなければならないわけです。そういう事前の取引は精神的な拷問に近いものがあるでしょう。確かにクールで静かではありますが、実質拷問です。まったくのきれいな刑事司法というのは存在しません。法律の教科書はきれいです。でも現実の運用というのはそういうものではありません。そういうあたりの問題意識を持ちながら、訴訟について勉強していただくのが大事かと思います。
今は変化の激しい時代です。価値観もどんどん変わっていっています。しかし日本の法律にはまだ、お爺さんやお婆さん世代の価値観が残っていることが多いのです。それを変えようとしない頭の固い政治家も少なくないのですが、みなさんには今ある法律を鵜呑みにするのではなく、今の時代の市民の気持ちに合う適切な形に変えていってほしいと思います。
(構成・写真/高橋真樹)
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