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2010-03-09up
伊藤塾・明日の法律家講座レポート
2011年2月26日@伊藤塾本校
「けんぽう手習い塾」でおなじみの伊藤真さんが主宰する、資格試験学校の伊藤塾では、
法律家・行政官を目指す塾生向けの公開講演会を定期的に実施しています。
弁護士、裁判官、ジャーナリスト、NGO活動家など
さまざまな分野で活躍中の人を講師に招いて行われている
「明日の法律家講座」を、随時レポートしていきます。
なおこの講演会は、一般にも無料で公開されています。
国歌の起立斉唱の強制は許されるか
―日の丸・君が代訴訟の現在―
講演者:
平松真二郎弁護士(東京「君が代」訴訟弁護・「城北法律事務所」所属)
S先生(原告・都立高校教員)
M先生(原告・都立高校教員)
都立高校の入学式や卒業式などの式典で、「国旗に向かって起立し、国歌を斉唱すること」を義務付け、従わなければ懲戒処分とするとした東京都教育委員会の通達が出された2003年末以降、懲戒処分が科された教職員は400名以上にのぼります。処分を受けた教職員は、国歌の起立斉唱の義務付けが、憲法19条の掲げる「思想・良心の自由」に違反し、通達及び職務命令による義務付けが(改定前)教育基本法10条が禁じる「不当な支配」に当たり違法であると訴え、懲戒処分の取り消しを求めて提訴しています。
この訴訟で何が問われているのか、そして現在、都立学校の現場で何が起きているのかについて、東京「君が代」訴訟弁護団の平松真二郎弁護士と、原告である都立高校の教員お二人に講演していただきました。
*
●職務命令には必ず従わなければならないのか?
(平松真二郎弁護士)
2003年10月23日、東京都教育委員会は、卒業式等において、「国旗に向かって起立し、国歌を斉唱すること」を求める通達を発出しました。そして、校長に対し、この通達を実施するよう様々なプレッシャーがかけられた結果、卒業式や入学式のたびに、全ての都立学校で教職員一人ひとりに対して職務命令書が手渡されるようになりました。この通達及び職務命令による国歌の起立斉唱の義務付けをめぐって、のべ800名に近い教職員が原告になっていろいろな訴訟を起こしています。
一見すると、公務員であれば職務命令に従うのは当たり前だと思われます。しかし、どんな場合でも従うべきなのかがこの勝訴のメインテーマになると考えています。
どんな場合でも無条件に上司の命令に従うことが求められるものではない、少なくとも上司の命令が適法かどうか、また命ぜられる者がその命令を実行可能かどうか、が問われなければならないと考えられます。違憲・違法な命令に従って自らが違法な行為に手を染めるべきではないですし、命令された内容を実行することが、自らの人格的存在を脅かすものであるとき、それは実行可能な命令ということはできないからです。
個人の「思想」と矛盾抵触する行為を命じるものであるとき、それは個人の思想良心の自由を侵害するものとして憲法19条によって、命令が無効とされることになるはずです。憲法19条は、内心におけるものの見方あるいは考え方を保護する規定ですから「私は起立できない」という考えも憲法19条で保障されるべき「思想」と解されなければなりません。
また、教育内容についてどこまで教育行政機関である教育委員会の通達によって定めることができるのか。教育委員会が定め得る限度をこえていれば教育基本法10条が禁じる「不当な支配」に該当し違法な通達及び職務命令ということになるはずです。
我々は、まず、国歌の起立斉唱の義務付けは、国家シンボルとどう向き合うか、ひいては一人の個人として国家とどう向き合うか、の問題に結びつくものであって、本来個々人の自律的判断にゆだねられるべき事柄についての義務付けであるから憲法19条に違反すると主張してきました。もちろん、一人ひとりの原告の「起立斉唱できないという考え」と国歌の起立斉唱の義務付けは内心と真っ向から衝突する行為の義務付けですから、教職員の人格的存在を損なうものであって、憲法19条によって、当該原告に義務付けることは違憲であるから、原告は当該義務を免除されるとも主張してきました。
なぜ、国旗や国歌という国家シンボルが問題となるのでしょうか。
「国旗に向かって起立する」とき、ただ布切れに向かって起立しているのではなく、国旗の背後にそれが表象している国家を意識しているはずです。国歌を歌うとき、やはり国歌の背後にある国家を意識せざるを得ないはずです。国旗や国歌は政治性や思想性が捨象された無色透明の存在ではありません。国旗に向かって起立して正対することは、単に立っているのではなく、国に対して敬意を示す態度をとることです。
「たかが起立斉唱」なのかもしれません。それでも、「国歌の起立斉唱」がもつ客観的な意味合いを無視することはできないのです。国家が自らに対して敬意を示すことを強制することは、民主主義国家としてあってはならないことです。国家が個人を凌駕する価値をもつことはおよそ立憲主義国家ではありえません。国家シンボルに対する義務付けによって、個人の人格的尊厳そして人権が損なわれるようなことがあってはならないのです。
今年に入ってこの問題に関する高裁判決が続きます。関心を持って頂ければと思っています。
●通達を出す必要はどこにあるのか?
(原告の都立高校教員S先生)
今ではどこの公立学校でも日の丸を掲げ、君が代を斉唱しているという状態ですが、私が教員になった1985年当時はそういうものはありませんでした。実は学習指導要領には1970年改訂版から、『日の丸を掲揚し、「君が代」を斉唱させることが望ましい』」と書かれるようになっていました。これは戦前やっていたことのリニューアル版として出てきたようです。ただ実際にはこの文言の頭に「祝日などにおいて」と書かれてあったため問題にはなりませんでした。祝日に学校で行事を行なう学校はなかったからです。
それが変わるのは1989年です。この年に「入学式や卒業式においては」という文言が入れられます。文部省や教育委員会による指導も強くなります。その結果、「君が代」はともかく、「日の丸」掲揚を実施する学校が増えていきました。そして、1999年には東京都教育委員会が「校長の権限で強引にやりなさい」という通達を出します。そこから東京の公立学校では「日の丸・君が代」ともに100%実施されるようになりました。私はこのとき、「日の丸・君が代問題の議論は終わったな」と思ったのです。話し合いではなく力関係で決着させられたからです。
ところがなぜかその3年後の2003年に通達が出て、職務命令が個別に全員に出されて、「立って歌え」となる。そしてそこから大量処分が始まります。校長には「この通達は職務命令だ」と明言して、細かに「指導」が繰り返されました。たとえば、どういう職務命令書を出すかは事前に指示されて、チェックされました。これは行為の意味などは飛び越えて、とても危険な状況だと思いました。私はこの状況を認めたら大変なことになると思って従えませんでした。
日の丸・君が代についてはいろいろな考え方があります。原告にもいろいろいて、「日の丸、君が代そのものを絶対受け入れられない」という人もいますが、「教育委員会のやり方が納得できない」という人もいます。私ももともと「日の丸、君が代」にはそれほどこだわりはなかった。問題は、現場の教員が必要だとは思っていないことを、内容の是非を問わず無理やりやらせようとする状態です。生徒たちのこのことで人格形成に直接影響を及ぼす教員たちがウソをついて生徒の前に立つことになるのです。それは教育としても正しいやり方だとは思いません。こんな通達を出す必要がどこにあるのかと思います。
●国歌の起立斉唱がもたらしたもの
(原告の都立高校教員M先生)
通達の文面を読んだとき、重い鉛を飲み込まされたような嫌な感じがしました。当時は教員になって25年目でしたが、学校現場で職務命令を出されたのは初めてのことです。校長も苦渋に満ちた顔をしていました。私は卒業式当日の朝まで悩んで、体調を崩しました。
今では卒業式で教員が全員、日の丸に向かって座るようになっています。また、式の当日は都の教育庁の職員がチェックしにやってきます。教頭は教員の不起立を確認する係りにさせられて、立っていない教員がいれば注意しに行かないといけない。教頭が行かないときには監視の都教委職員が行くように促します。一体誰のための卒業式なのかと思います。今は歌の流れる40秒間のためにある式のようになっているからです。
不起立による処分は、回を重ねるにつれて戒告から減給、停職へと重くなっていきます。だからかなりの決意がないと何度も命令に背くことができません。また、処分者が出た学校の教員は全員で研修を受けさせられます。「お前のせいでこんな研修を受けなくてはいけない」と同僚から文句を言われる人もいます。当人にとっては針のムシロです。教育委員会が学校の現場を仕切っているというのは問題です。何を言っても無駄なので、現場には熱気もありません。すべての都立校では「挙手採決」が禁じられています。
通達がはじまった年に処分を受けたのは240人ですが、最近は一桁前後です。教育委員会は「職場を平伏させた」と言っていますが、実際にはストレスから体調を崩している教員も多いのです。
そして問題は教員だけで終わりません。次は生徒です。生徒が立つまで、立つように促せという指導もされています。これから教育委員会の管理が生徒や保護者に及んでくるのは確実です。教員の報告書では、生徒や保護者の起立状況も報告しなければならないことになっています。また、憲法19条のことをホームルームで話してはならないとされています。
教育委員会はどんどん上の政治家の意向を忖度(そんたく)して、先走ってしまう傾向があるように思います。それはナチスの隊員が上司に気に入られるために、どんどん行為をエスカレートさせていった精神状態と重なります。
※原告の関わる『「日の丸・君が代」不当処分撤回を求める被処分者の会』のホームページをご覧になり、ご協力ください。
*
日の丸・君が代訴訟の存在は知っていても、
実際に原告の先生方のお話を聞いてみると、
ここまでひどい状況になっていたとは! と、
驚かされることばかりでした。
国旗国歌をどう思うかにかかわらず、
思想や良心の自由を無視した強制が行われていること。
そこにこそ、問題の本質があるのです。
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