女性が動けば変わる!

子どもの時から競争社会に巻き込まれ、社会人になったらコスト重視のハードワーク、非正規雇用や長時間労働、最悪の場合は過労死や自殺など。この社会環境には男女差はなく、「男だってつらいよ」という声もあちこちで聞きます。
そこで、今回は番外編として「男性学」を研究する、田中俊之さんにお話をうかがいました。男性学とは、“男性だからこそ抱える問題”をテーマにした学問のこと。いまの社会、政治、経済、生活における「ジェンダーのアンバランス」について、男性学の視点からはどのように映っているのでしょうか? また、田中先生が考える「豊かな社会」とはどのような社会なのでしょうか? 

◆「男性だから抱えてしまう問題」を考える

――まずは、ご専門である「男性学」について簡単に教えてください。

 男性学はもともと女性学から派生して出来たものです。70年代にウーマン・リブ運動が起こりましたが、社会は女性にとって不利なことが多い。そこで、“女性が女性だから抱えてしまう問題”に、学問的に取り組もうという流れから生まれたのが女性学でした。
 それに対して、「でも “男性だから抱えてしまう問題”もあるんじゃない?」ということで始まったのが男性学です。光を当てる地点は男性と女性で違いますけど、「性別にとらわれない多様な生き方」を目指しているのは同じです。

◆生きづらさに直面している、いまの男性

――「男性だから抱えてしまう問題」にはどういうものがあるのですか。

 いまの男性は非常に生きづらさを感じていると言われます。そこには日本の男性には、生き方のモデルが1種類しかないという問題があると思うんです。卒業したら正社員で働いて結婚して、妻と子どもを養ってこそ一人前と認められる。それ以外のモデルは、これまでありませんでした。でも実際には、男性の非正規雇用が増えていますよね。現実は変化しているのに「男性なら正社員が当然」という雰囲気は変わらない。これって、結構つらいこと。
 結婚についても同じで、20代や30代では、男性の数の方が女性よりも圧倒的に多いんです。構造的に男性の結婚難がある。さらに、男性には稼ぎ手としての期待がかけられていますので、一定程度の年収がないと配偶者として選ばれないという問題も出てきます。
 つまり「普通の男性はこうだ」と思っていた生き方に、はまれない人たちがかなり出ていて、それが生きづらさを生み出している気がします。

――いま、妻が専業主婦で子どもが二人いるというような家族を探すほうが難しいと思いますが、まだそれが“標準”という雰囲気がどこかありますね。

 90年代にはすでにパートも含めると共働き世帯の方が多いんですよね。そこから20年も経っているのにイメージが全然変わっていない。だから、働いている女性が大変になるんだと思います。女性が家事とか育児をやるものだというイメージが強く残っているなかで働くことには、過剰な負担があるはずです。
 男性、女性のどちらの性も、いわゆる「標準世帯」のイメージにダメージを受けているんだろうな、という気はすごくします。

――「女性がもっと働ける社会に」といわれますが、イメージが変わらないなかで、男性と同じ働き方を女性が強いられるのだとしたら大変です。

 そうなんですよ。だから、女性が社会で活躍できるようになるためには、男性の働き方の見直しもセットじゃなくてはいけない。日本の男性は、長時間労働が当たり前です。2011年の統計でいうと、週50時間以上働いている男性が、日本では38.8%なのに対して、オランダでは1.1%しかいない。アメリカでも10%くらい。ノルウェーとかフィンランドでもひと桁です。
 通勤時間もいれたら、一日の半分が仕事に使われてしまう。それと同じように女性も働けとなったら、生活が成り立たないですよね。男性が過剰に働いている分をまず減らして、男性が家事育児を分担できる時間をつくっていかないと、男性も女性も、みんなが過剰な働き方をすることになってしまう。だから、多様な生き方を認めるという点でも、男性の働き方の見直しを、まずしなくてはいけないのです。

――なぜ日本ではそんなに働かないといけないのかわからないですね。

 「サラリーマン的生き方ってもう無理だよね」って話が出るのは、少なくても3回目なのです。80年代後半に、過労死が社会問題になった時と、90年代の後半から2000年にかけて、リストラが社会問題になった時にも、会社中心の生き方はマズいんじゃないのかって話になった。でも、かき消されてきた。それだけ、「男は仕事だけしていればいいの」という考え方は強いんです。
 そして、いま生きづらさの問題がでてきて、いよいよ3回目。もう前のような経済成長はなさそうだし、人口も減っていく。だから、生き方も必然的に変わっていかざるを得ない。「普通はこう」とかいう固定観念にずっと縛られていると、変化についていけなくなる。現実の変化に合わせて、男性の生き方も多様化していかざるを得ない時がきています。

◆自分のこととして「ジェンダー」を考える

――そうした考えを広める活動もされているのですか。

 定年退職者向けに市民講座もしているのですが、男性は仕事だけしていればいいという価値観は、明らかに年配の男性を苦しめています。定年後の人生が20年もあるわけです。なのに、やることがない。家には居場所がないし、地域に友達もいない。だから、僕みたいな年下の話にも必死に耳を傾けてくれます。
 あとは、公務員向けに男女参画についての研修で男性学をやることもあります。これまでは、女性の講師が女性問題を話すことが多かったそうですが、男性にしてみると、なんだか怒られるような気がするらしいんですね(笑)。男性学の視点から、男性の僕が話をすると、自分のこととして当事者意識を持てるので、ジェンダー問題についても考えやすいみたいです。

――男性である田中さんが、ジェンダーについて話すことの意義は大きいですね。

 話す内容は当たり前のことだったりするのですが、こういう問題について考えたことがなかったし、知ることができてよかったと言う人は多い。たとえば、男女別姓の問題にしても、結婚して名字を変える側が女性というのが「常識」のようになっていますが、名字を変えることで生じるさまざまな事務手続きはもちろん、なぜ慣れ親しんできた名前を捨てなくてはならないのか、ということで悩む女性は少なくありません。でも、そのことに比較的リベラルな男性でも気づいていなかったりします。単に考えたことがないんです。女性のほうが不利な立場にある分、気づきが多いということもあるんだと思います。

◆性別だけでなく、考え方の多様性が大事

――仕事以外の、たとえば政治の場でも、決定権のあるところに男性ばかりがいるという状況がありますよね。そうしたことについてはどう考えますか?

 性別もそうですが、世代もあります。若い人がすごく少ない。それも含めて、偏りがあるのは問題です。性別だけじゃなくて、いろいろなものを混ぜた方がいいと思う。そうでないと、変化する時代や状況に対応できる視点の柔軟さみたいなものが出てこないと思います。それは政治だけでなく、企業でも同じです。
 ただ、難しいのは、じゃあ単純に性別を混ぜればいいかっていうと、そうでもないってことです。女性であることと、政治的なスタンスが関連しないこともありますよね。政治に女性や若者がもっと参加するべきだと思いますが、そこに考え方の多様性があることがいちばん大事だと思います。

――女性が大臣に起用されても、多様性が反映されないなら、表面的な数合わせにすぎないですね。

 そうなんです。あと、「多様性」の話をするときに、たとえば女性とか障がい者とかセクシャル・マイノリティの人とかもいることを認めましょう、というのがよく語られる内容だと思うのですが、僕はそれだけでは不十分だと思っています。ただ単に混ぜればいいという話で済ましてしまうと、そんなに社会は変わっていかない。かえって、女性はこういうもの、セクシャル・マイノリティはこういうもの、という固定観念を助長してしまう気がするんです。もっとひとりの中にある多様性についても、認めていける社会にならないといけないと思っています。
 たとえば、同じ人の働き方だって、仕事一辺倒に集中する時期と、仕事を辞めて育児に専念する時期と、どちらもあっていい。自分の人生の中でも、価値観の変換は必ず起こってくるものです。仕事ばかりしてきた年配の世代が、孫の育児を頑張る「イクジイ」になると、「自分の子どもは全然面倒見なかったのに」と批判されてしまう。でも、その人は変わったんだと、そこは認めてあげればいいと思う。
 日本人って「あいつ急に変わったよね」と後ろ指さすようなところがありますよね。でも、人間の価値観とか生き方って、その都度変わっていくもの。自分自身にもそれを認めてあげる必要があるし、他人に対しても「男性ってこういうもの」「あの人ってこういう人」とレッテルを貼らずに、敬意をもって受け容れていく必要があるんじゃないのかなと思う。そういう社会じゃないと、非常に苦しいことになる。

――「男性」といっても、そこにもまた多様さがあるということでしょうか。

 もちろんです。欧米の男性学では、男性性を、複数形の「マスキュリニティーズ」として表現するのが当たり前。男性の中にある多様性を説明しないと、これからのジェンダー論はダメなんだと、90年代の半ばくらいから言われていました。でも、日本ではまだそういう認識は広まっていません。だから「男性ってこういうもの」という硬さがあるんですよね。それをどうほぐしていくかは非常に重要。一枚岩に見える男性性の中にも、実は多様性がある。そういうところに、社会を変えていける要素があるかもしれない。

――世代によっても、意識の違いは大きいでしょうね。

 そうですね。たとえば、今の大学生に「妻の所得のほうが自分より高いことについてどう思うか?」と質問すると、「ラッキー」って言いますからね。昔とは違う。景気が悪い時代しか知らないから、世帯に収入があることの大切さをわかっているんですよ。
 「デートの支払いをどうしているか」について調査したら、「それぞれが食べた分だけ払う」という回答がいちばん多かったんです。割り勘だって不平等で、自分が700円食べて、向こうが800円食べたのに、750円払うなんていうのはおかしいと。これには僕も驚きましたが、すごく地に足のついた考え方だなと思います。

◆いまも、男性に求められていること

――「男はこうあるべき」みたいな意識が変わっていても、やはり生きづらさがあるんでしょうか。

 実は、そうは言っても若い世代においても「男性に必ずやってほしいこと」があるんです。調査のなかで、男女問わず「これは男子がしなくては」と答えたこと。それは、プロポーズです。いざという時は男性に決断してほしいという気持ちは、いまもあるわけです。モテる男子は、「普段は優しいけど、いざという時は頼れる」タイプなんですよね。つまり、男がリードして女がリードされるという図式が変わっていない。

――大事なことを決めるのは男性で、それを女性の側も任せたいと思っている。

 その図式が残っていることが、僕はジェンダーの根本問題だと思うんですね。男性もやっぱりリードしなきゃいけないと思っているんですよ。そうなると、政治だって、会社だって、男性が主流で女性はサポート側、ということになっちゃう。だから、変化しているように見えて、根本が変わっていないってところには注意する必要がある。
 「普段は平等だけど、いざという時は責任とって」なんて、男性にしてみたら困りますよ(笑)。そこは、女性にも変わってもらわないと。それを解消しないとフェアにはなれません。

――「決断して責任をとる」のは、というのは、確かに大変なことですから、それを男性に押し付けることは、抑圧になりますね。社会や自分のなかに無意識のうちにある性別に対する価値観を、もう一度考えてみる必要がありそうです。

 性別が、僕たちの足かせになりすぎているんですよね。それは、やっぱり取ったほうがいい。自分の力にブレーキをかけている側面もあるんじゃないかと思う。だから、目指すべきなのは、「性別にとらわれない多様な生き方」ができる社会なんだろうと思うんです。それが僕の考える、未来の豊かな社会の姿です。

田中俊之(たなか・としゆき)
武蔵大学社会学部助教、博士(社会学)。専門は男性学・キャリア教育論。単著に『男性学の新展開』(青弓社)、共著に『大学生と語る性』(晃洋書房)、『ソシオロジカル・スタディーズ』(世界思想社)、『揺らぐ性・変わる医療』(明石書店)などがある。

 国際環境NGOグリーンピース・ジャパンは、
「女性たちのネットワークをつなげ広げることが、
原発など環境問題の解決への大きなパワーとなる」とし、
「グリーン・ウイメンズ・ネットワーク」をスタートさせました。
グリーン・ウイメンズ・ネットワーク

 

  

※コメントは承認制です。
〈番外編〉男性の「生きづらさ」から考える、 性別の固定観念にとらわれない、これからの多様な生き方。~田中俊之さん(武蔵大学社会学部助教)~」 に2件のコメント

  1. magazine9 より:

    日本では今だに、長時間労働を美徳のようにとらえる風習がありますが、労働生産性でみると、日本は低いということが、データからもわかります。(「OECD加盟諸国の時間当たり実質労働生産性」国際比較p.33参照)体力勝負の疲弊する働き方は、男性にとってももう限界。多様で効果の出しやすい働き方を実行するべきではないでしょうか?

  2. 長時間労働を解消しないといけないのはもちろんだし、男女ともに性別にとらわれない考え方をするようになるのにも賛成。ただ、男女ともに性別に囚われない考え方をするようになったとき、はたして恋愛とか結婚、次世代を作るという行いがどういう風に変容するのか、その変容は許容できるのかにも踏み込んでほしい。

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グリーン・ウィメンズ・ネットワークとは
国際環境NGOグリーンピース・ジャパンの女性スタッフの呼びかけで2013年9月よりスタートしたプロジェクト。各地に点々とちらばっている同じ想いの女性たちがつながって、線となり束になって大きな声を政府、企業に届け、環境問題を解決に導くことを目指しています。
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