グリーン・ウイメンズ・ネットワークとのコラボ企画でお送りする《女性が動けば変わる!》シリーズは、「エネルギー×地域×食と農×女性」をキーワードに、「ジェンダー平等」実現のためのコンテンツをお送りしていきます。具体的には、自然エネルギー、食、農そして子育てなど命の問題に直結する現場などで、女性がリーダーシップをとり、活き活きと取り組んでいる具体的な事例を中心に紹介していく予定です。企画意図についてはこちら。
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今回は、〈自然エネルギー編〉として熊本県南阿蘇市と静岡県静岡市の事例を紹介します。全国各地の地域エネルギー事業に詳しい、ノンフィクションライターの高橋真樹さんのレポートでお届けします。
「ご当地電力」のプロジェクトは、
生活者の視点が必須
いま全国各地で、地域が主体になった自然エネルギーの取り組みが盛んになっています。いわゆる「ご当地電力」と呼ばれるそうした事業を本格的にすすめていく会社も続々と誕生しました。これまでエネルギーは、遠くから運ばれてきたものを買うシステムだったので、人々にとって身近な存在ではありませんでした。でも、誰もがエネルギーを生み出せる「ご当地電力」の活動を通じて、それが変わっていこうとしているように感じています。
「ご当地電力」では、女性リーダーの活躍が目立つようになってきました。これまでエネルギーといえば、どうしても男性が専門の分野になっていました。しかし、ぼくはこうした動きに女性たちが中心的な役割を果たしていくことが欠かせないと考えています。なぜなら、地域のエネルギーをどうするかという問題は、まさに日々生活そのものを考えることで、生活者としての目線が非常に大切になってくるからです。そこには当然、子育てや教育、食や医療など、暮らしのあらゆることが絡んできます。そして、例えば医療機関が停電したときどうするかなど、命の問題とも深く関わっています。「脱原発で日本の電力はまかなえるか」という実感しにくい大きな話や、「太陽光発電」「蓄電池」といった技術論が飛び交う話など、どうしても身近でない印象があるかもしれませんが、本来は命や暮らしと、毎日使っているエネルギーは、切っても切れない関係にあるのです。
だからこそ、いま女性たちが地域の未来を真剣に考え、これからのエネルギーを創ろうと立ち上がりつつあるのではないでしょうか。
今回取り上げるのは、熊本県の南阿蘇でバイオマス利用をめざす大津愛梨(えり)さんと、静岡で太陽光発電事業をはじめた服部乃利子さんです。女性がエネルギーに関わることで、どんなワクワクする未来を創ることができるのでしょうか? 2人が進めているような、自然エネルギーを人々の暮らしにもっと身近にするようなアプローチが、ヒントになるかもしれません。
◆農家の人たちが格好よかった!
大草原が広がる熊本県南阿蘇村。名水の産地として知られるこの土地で、3人の男の子を育てながら、自然エネルギー活用をめざして奮闘する女性がいます。コメ農家の大津愛梨さんは、ドイツ生まれの東京育ち。大学卒業後、夫とともにドイツのミュンヘン工科大学に留学します。
そして今から11年前の2003年に、夫の故郷である南阿蘇村に移住して就農。合鴨やコイなどを使った無農薬米を栽培しながら、農村の魅力を発信しています。最近も「田舎のヒロインズ」というグループを引き継ぎ、「農家の嫁」ではなく女性の職業として農業を選べる時代をつくるための行動を起こしています。また、「NPO法人九州バイオマスフォーラム」副理事長として、南阿蘇でバイオマス利用※をすすめる方法を地域の人々ともに探っています。
愛梨さんの活動の転機となったのは、ドイツ留学でした。ドイツ生まれと言っても、生後8ヶ月で日本に来たため何も覚えていません。「だからちゃんと向き合いたい」と思いドイツを選びました。大学でランドスケープ・プランニングという、農村と都市の景観を保全していく手法について学びます。
さらに2年半の奨学金の期間が切れ、帰国しようかと思っていた頃、夫が所属していた草野球チームが大会で優勝し、もう1年ドイツに残りたくなってしまったのだそう。愛梨さんは、「夫が野球をやっていなかったら、そのまま帰国して、今ごろ東京で働いていたかもしれませんね!」と笑います。
仕事を探しはじめたちょうどそのとき、日本から来るバイオマスの視察団のアテンドをお願いされました。当時ドイツの農家は、菜の花を育ててバイオディーゼル燃料をつくっていたのです。
「作物を作りすぎて生産調整が必要になっている畑を利用していました。単に土地を休ませるのではなく、そこでエネルギーを“栽培”していることが面白かったですね。何より、出会う農家の人たちがみんな、景観を守り、食とエネルギーをつくって、胸を張って生きている姿が格好いいなって思ったんです!」
このとき、愛梨さんの中で別々だった景観保全と農業、そしてエネルギーが、密接につながりました。彼女は、「農村を利用してエネルギーを作る取り組み」が広まったのは、決して農家一人一人の環境意識が高かったからではなく、業界や国が価格を保障し、安定した収入、安定した経営につながる仕組みをつくったからできていました。そういう意味では、日本でもやればできるはずです」と語ります。
その後夫と共に帰国した愛梨さんは、東京に住みながらそういった取り組みについて語るのではなく、自分たち自らが就農し、農村における食とエネルギーの生産を手がけようと南阿蘇村に移住します。ここから、ドイツを手本にしたチャレンジがはじまりました。
※バイオマス利用とは、木材や草などの植物、畜糞やゴミなどの有機物を燃やしてエネルギーとすること。世界的には、発電よりも熱利用やバイオ燃料としての活用が主流になっている。
◆育児と農業とエネルギーのつながり — 南阿蘇
南阿蘇地域には、森林や草原など、バイオマス資源が豊富にあります。特に草原は、人間がきちんと手入れをしないと育ちすぎ、雑木林になります。そうなると、元の美しい草原に戻すのが難しくなってしまいます。そのため、草をエネルギーとして活用できれば、草原の保全にも役立つというわけです。また、畜産業が盛んなため、大量に出る家畜の糞尿や生ゴミなどもエネルギーとして使えないかと検討中です。
そうした地域資源を、地域のために利用するためには、愛梨さんたち一部のエネルギーに関心のある人だけでなく、地域の住人が主体的に関わる必要があります。彼女たちは、日頃から人の集まる公民館での集会を何度も行い、そもそも自然エネルギーとは何か、地域にどんなポテンシャルがあるかについて話し合いを続けました。
当初は一部の人たちから「よそもの」で「高学歴」の若い女性が語るバイオエネルギーの活用を不審がられ、誤解を受けて悩んだこともありました。一方で、温かく応援してくれる人たちもいて、そのお陰で活動を軌道に乗せることができました。愛梨さんたちが南阿蘇村で自然エネルギー利用を考える協議会を立ち上げて2年半、ようやく村の人たちが主体になって進めようという機運が生まれています。
「3人の育児をしながら、農業にバイオマスにと、大変じゃないですか?」。そう尋ねると、「いいえ、大自然の中で子どもが元気に育っていくのが楽しくって! もう一人欲しいくらいです。男の子3人なので、次は女の子が欲しいですね(笑)」と答えてくれました。愛梨さんは、都会で子育てする大変さとは比較にならないと言います。
「私も東京に子どもを連れて来たときは、ずっとあれしちゃダメ、これしちゃダメって言っているので、本当にお母さんたちは大変だと思います。でも阿蘇はたくさん遊び場があって、好きなように泥んこになれるから、子どもたちも喜んでいるんです」
田んぼの中で泥だらけになって遊ぶことは、確かに東京ではできません。そんな子どもたちは、家にある薪ストーブや堆肥がつくられる過程などを見ているので、自然エネルギーのことも肌で感じ取っているようです。
「バイオマスの話が出てくると『知ってる! ウンチ発電所でしょ!』とか言うんです。特に教えてるわけじゃないのに、子どもの学ぶ力ってすごいなと思います」
愛梨さんは最後に、エネルギーに女性が関わることの大切さについて語りました。
「エネルギー需要の半分が暮らしに直結しています。暮らしをつくるのが女性だとすれば、女性がエネルギーについて考えたり、関わることは本当に大切になってきます。また、それくらいの影響力もあると思っています。それから、子どもたちによりリスクの少ないエネルギーを選ぶという責任もあるはずです」
南阿蘇の愛梨さんたちの取り組みは、暮らしと景観、食、そしてエネルギー…それぞれがバラバラではなく、結びつきの中で新しい地域の形を模索する試みになっているように思います。
◆消費者目線の太陽光 — 静岡
次に紹介する服部乃利子さんは、静岡市に拠点をおく「しずおか未来エネルギー」という会社の社長さんです。静岡市と協定を結び、2013年度中に市内5カ所に設置した太陽光設備が稼働をはじめています。合計出力は約230キロワットで、一般家庭にすると約70世帯分の電力を生み出しています。3・11の震災がきっかけとなって誕生した数ある「ご当地電力」の中では、かなり進んでいる事業と言えるでしょう。
服部さんは震災以前から、温暖化防止の活動をすすめる「NPO法人アースライフネットワーク」※1での行動を続けてきました。2012年末には、その幅広いネットワークを活かして、太陽光発電などの事業を手がける地元企業「鈴与商事」とともに、事業会社「しずおか未来エネルギー」を設立。そして、静岡市と協定を結び、市内の公共施設に自然エネルギー設備を設置することになりました。
この取り組みのユニークさは、服部さんの「自然エネルギーを市民の身近な存在にしたい」という想いがふんだんに詰まっていることです。
そのひとつが、「人が集まる身近な施設への設置」でした。動物園や、Jリーグ清水エスパルスのスタジアムなどに設置した結果、多くの市民がその活動に触れることになりました。
服部さんは言います。「設立したばかりの会社を軌道に乗せるため、もっと規模の大きな設備をつくろうと検討したこともあります。でも、何度も議論を重ねるうちに、なぜ地域でエネルギー事業をやるかという原点に立ち返りました。山の中にメガソーラー※2をつくっても誰も気づかない。小さくてもいいから市民に身近な施設にしようと決めたのです」
また、「一口5万円で、配当をつけて5年で返済」という参加しやすい額で募集をした市民出資は、自然エネルギーの専門家たちを驚かせました。市民出資とは、地域に自然エネルギーなどを広める際、市民が小額のお金を投資するものです。これまでは、もっとも小額でも一口10万円で、10年で返済というものが一般的でした。服部さんは、ここでも消費者目線にこだわりました。
「関心があっても、10万円や50万円という従来の市民出資の額だと、参加をためらってしまう気持ちがわかるんです。プロジェクトの第一弾は、エネルギーを考えるきっかけにしてもらいたかったので、誰もが参加しやすいことを重視しました。返済期間についても、あまり長いと興味が薄れてしまうので、5年で返すことにしたのです」
この新しいタイプの市民出資は、募集開始から10日間で約半分の枠が埋まるほどの反響を呼び、目標とした2000万円はすぐに集まりました。プロジェクトの資金のおよそ半分は、地元金融機関からの融資でまかなわれましたが、ここでも服部さんのこだわりが実現しています。
「設備が小規模だったこともあるのですが、ありがたいことに、静清信用金庫さんが、無担保かつ無保証という破格の条件で融資してくれました。私自身が借金を背負うのはまだいいとして、背負わないとこのようなプロジェクトができないというのでは、後に続く人が現れません。そのためにも、何とか実現したいと思っていました」
※1 アースライフネットワークは、県知事より指定を受けて静岡県地球温暖化防止活動推進センターの運営を行っている。服部さんはセンターの事務局長も長年つとめてきた。
※2 メガソーラーとは、出力1000キロワット以上の太陽光発電設備のこと。
◆「みんなの一歩」のために
画期的なアイデアを次々と実現した服部さんの原点は、「しずおか市消費者協会」での活動です。子どもにアレルギーが起きて、食や環境の問題に関心を持ったことが参加のきっかけでした。行動力のある服部さんは、もともと一人で動くタイプでしたが、消費者協会の先輩から言われた「世の中が動くのは、一人の100歩より、100人が一歩動いたとき」という言葉が、彼女を変えました。
「それを聞いた当時は、いろんな差がある人たちと一緒にやるより、私がやっちゃった方が早いわよくらいに思っていました。でも、15年くらい前にスーパーのレジ袋をなくそうというキャンペーンをやったとき、その言葉の意味を実感したんです」
服部さんたちは、マイバッグを持ち歩こうという運動を10年間続けました。雨の日も風の日も、地域のスーパー全てを回ったといいます。それにより徐々に反応してくれるスーパーが現れ、最終的には行政がレジ袋有料化の方針を決めたのです。「みんながいろんなお店で、10年間啓発活動を続けてきた成果が出たとき、あぁ一人じゃなくて、みんなと一緒に動くことが大事なんだなと納得しました」。以来「みんなの一歩のために何ができるか」と、いつも考えるようになったのです。
服部さんが、長年の消費者運動と温暖化防止の地域活動で培った豊富なネットワークは、現在の自然エネルギー事業に活かされています。無担保で融資することを決めた静清信用金庫は、以前からアースライフネットワークと共同でプロジェクトを進めてきた経験がありました。そのため、信金の担当者は融資に担保は取らなくても、「これまで積み上げてきた信頼関係こそ、最大の担保です」と言ってくれたのです。
地域にこだわって行動してきた服部さんは、いま全国で地域に根ざした自然エネルギープロジェクトが生まれていることについてこう語ります。
「こうして頑張れるのは、ここが〈わたしの故郷〉だからです。いま各地でご当地電力が立ち上がっていますが、関わっている人たちはみんな熱いですよね。自分が生まれ育ち、共に暮らし、子どもを育て、それが未来へとつづいていく…それをこの地域からやっていく。そうした思いを持った人たちそれぞれが動くことで、最後は国を動かしていくんじゃないかと思っています」
しずおか未来エネルギーの活動は、単に地元で太陽光発電をやるというだけではなく、「地域に暮らすみんなのためのプロジェクト」というコンセプトを徹底しています。だからこそ、大勢を巻き込んだユニークな活動になっているように思うのです。
高橋真樹 ノンフィクションライター
全国をめぐって地域や市民による自然エネルギーの取り組みを伝える。著書に『自然エネルギー革命をはじめよう−地域でつくるみんなの電力』(大月書店)など。ブログ「高橋真樹のご当地電力リポート!」で各地の地域エネルギー事業の紹介を続けている。
国際環境NGOグリーンピース・ジャパンは、
「女性たちのネットワークをつなげ広げることが、
原発など環境問題の解決への大きなパワーとなる」とし、
「グリーン・ウイメンズ・ネットワーク」をスタートさせました。
お二人の活躍素晴らしいです。
「世の中が動くのは、一人の100歩より、100人が一歩動いたとき」良い言葉です。原発反対運動にも言えることですね。心にとどめておきます。