渡部建具店の日々

東京での暮らしを後にして、故郷である滋賀県米原市にUターンした渡部秀夫さんと優さんのご夫婦。自分たちの足もとを見つめながら、地域での新しい交友関係を作り、場づくりに挑戦しています。そんな暮らしの日々から考えたことを綴ったり、またそこで知り合った人たちや面白い試みについても紹介していくコラムです。不定期掲載でお送りします。

第11回

たねがとぶ

 ご無沙汰しています。
 春もすぐそこまでと思う日々が続いていたのですが、今朝は起きると雪が積もっていました。

家族でオランダへ

 一年前、私たち一家は一ヶ月間オランダへ旅に出かけました。
 教育、エネルギー、政治、ワークシェアリング、移住等々、気になるテーマで調べごとをしていると必ずと言っていいほどオランダが取り上げられていたからです。
 遊び心も感じる魅力的な取り組みの数々が可能となるオランダ社会とは一体どういった構造なのか、そこに暮らす人々の日常を体験したいと思いました。そこで滞在先はホテル等ではなく民家にしました。限られた期間内で国内をあちこち回ってみても表面的なことにしかならないので、カウチサーフィンHelpXWWOOF(*)の中から気になったホストにメッセージを送り、泊まってもいいよと返事をくれた方の家に出来るだけ長く滞在させてもらうことにしました。

 当時はIS/ISILによる邦人殺害があって日本人を標的にする等の声明が出されたり、パリでもテロが起き、日本中が疑心暗鬼に包まれたような感じになっていた頃です。ナショナリズムの気配は強まっていました。ヨーロッパは危ないんじゃないか? と短絡的な見当違いに陥ることも容易でした。普段、大きな声や大文字の意見に惑わされることなく、対象をつぶさに見るようにしなければならないと思っているにもかかわらず、自分自身それらに気持ちが侵食され、情報に踊らされつつある感じがしていました。だからこそサービス業としての宿泊施設ではなく、お互いの信頼から始まる滞在の手段を選択したのです。そうすることによって肌身で他人の親切を感じることができました。それは無意識下に生まれていた排外主義の芽を払拭するに十分でした。
 ちなみにこの旅で宿泊費はかかっていません。食費もごく僅かな出費です。でも、これは目的ではなくオマケのようなものです。
 今後もこの旅が私たち家族に与えてくれたものを、じっくりと育てていきたいです。

*カウチサーフィンは「泊まりたい人」と「泊めてもいい人」をマッチングするネットサービス。HelpXはホストの仕事などを手伝うことで寝床・食事を提供してもらうというもの、WWOOFはその有機農家版。

一年経ち、やっと旅の報告会ができました

 私たちはカウチサーフィンで旅人の受け入れもしているのですが、旅人の選択肢を増やすためにAirbnb(世界中の個性的な宿泊施設をネットで掲載・発見・予約できるコミュニティ・マーケットプレイス)も登録しました。旅人はその時々で宿泊方法を使い分けるからです。しかし、間もなくすると保健所から「旅館業の許可を取得しなさい」と待ったがかかってしまいました。
 国においてもシェアリングエコノミーについての法整備中ということで致し方ないのかもしれませんが、目的が違うものを十把一絡げに規制されるのはたまったものではありません。現在は許可取得に向けて市が全面的に支援くださっています。

 シェアリングエコノミー・半市場経済と呼ばれるものは、日本の田舎に暮らす私たちとフランス在住の女性ジャーナリストPascale Suryをつなげてくれました。こちらは、彼女が渡部建具店について書いてくれた記事です。
 彼女がテーマにするのはpositive。以前、我が家に泊まってくれたベルギーから来たゲストが、彼女に私たちのことを紹介してくれました。
 半市場経済やシェアリングエコノミーが資本主義の足らない部分を補い、顔の見える関係性の修繕に一役買ってくれることと、一連の動きが単に経済的合理性からだけではなく、経済哲学や倫理を大切にしたいという意志の広がりの反映であることを願うと同時に、分析だけして批評で終わるのではなく積極的に活用していきたいです。

 私たちは、海外からゲストが来る度に母国のこと、日本におけるその国の印象、そして外から見た日本の印象等を聞いています。人生において何を大切にしているか? とかそういったことを話します。知識、経験、料理や文化、価値観のシェアは、メディアから受け取る一方向的で大衆迎合的な受け身の情報と違い、生々しく温かで豊かです。

田畑

 2016年3月、徒歩圏に借りることができた農地の開墾作業からこの年の農作業は始まりました。10年近く放置され、雑排水の混じっていない山水が直接取り込める理想とした場所です。自分の背丈よりも高い草を刈り、群生したホタルイを掘り起こし、獣に潰された畦を直して、なんとか田畑の形になりました。

 人里から少し離れ獣の住処になっていた場所なので、当然獣害にあいます。毎晩夜回りしたところで獣たちが止まるわけはありません。田んぼで寝たこともあります。豊かな水を恵んでくれている山は戦後の植林で杉ばかりです。例のごとく、金にならないと放置されていることで山が荒れ、獣たちも住みにくくなっている状態です。
 ニュースでは獣害による農作物への被害状況が読まれ、コメンテーターが深刻そうな顔で獣害対策云々と言っていたりもしますが、どうせ言うならわかりきったことの再生産と拡大ではなく、獣たちの営みが獣害とならない対策への喚起であってほしいですが期待はしていません。
 獣害の状況は、その地域のコミュニティー力を表しているようにも見えます。なんとなく「人の役にたちたいから国際協力関係の仕事がしたい」と言っている若者が国内の現状に目を向けてくれるよう、市と市民、要するに大人がすべきことは沢山あると思います。学校づくりにおいても思うのですが、子どもを変えようとすることよりも、大人(自分自身)を変えることが先決です。

開墾前の田んぼ

暮らしをデザインする

 去年から友人たちとマルシェを始めました。近代的合理主義によって希薄になった他者との関係性を取り戻していく機会の提供が目的です。なので、食材がオーガニックであること、手仕事であることが出店の条件になっています。
 例えば次のような方々に出店していただいています。皆さん、オーガニック・地産地消・自家菜園が基本です。

・山のごはん よもぎ
山の奥。食を通して生きていることの素晴らしさを伝えようとされています。ただ美味しいだけじゃない食の職人さん。
・Shop K’oa
ボリビアの文化と日本文化の融合。現在は古民家の改修に大忙し。
・うぐら食堂
田んぼの横で美味しい料理が食べられます。
・ハッピー太郎
発酵食品を究めんと日々精進されています。
・木下実験室
生テンペを製造販売されています。至極のテンペ!
・ショップマドレ
びっくりするくらい何もかもが美味しいです。デザインも素敵です。
・暮らシフト研究所
行列のできるおにぎりを販売。最近、道の駅でも売り始められました。集落内の買い物難民になっているおじいちゃん、おばあちゃんのために自然食品の移動販売を始められる予定です。
・BASE FOR REST
ヨガしたり、こども英会話したり、大勢で米育てたり、アフリカンドラムしたり。台風の目のようです。
・株式会社ファームズ
「フェアトレードデイ垂井」のスタッフもされています。
・エノコロ自然農園
新規就自然農。
・ナチュラルファームCocoro
理想と生計を両立されています。
・おたからふぁーむ
ツッコミどころ満載の愛嬌あるユニットですが、びっくりするくらい綺麗な葉物を育てられます。
・はんのき農園
毎月私たちの営む小さな暮らしのお店でも販売させていただいています。美しくて、美味しくて、幸せになる野菜です。
・半月舎
デザイン屋+古本屋。最近は美味しいオーガニックワインも飲めます。
・アトリエumitete
『ザ・トゥルー・コスト』上映会を共催させてもらいました。子どもたちが集まる美しい場所。
・ピネル工房
美しくあたたかい木工作品を創られる作家さんです。
・佐々木文具店
出会った当初は架空の文房具屋でした。古民家を改装して実店舗化。とっても美味しいランチも食べられます!

 現在、滋賀県では毎週のようにどこかしらで、こうしたマルシェが開催されています。そしてこれが滋賀県だけのことではないことはご存知の通りです。
 そういった現実が物語るのは、私たちが欲しているのは大きな声で叫ばれている地方創生よりも、顔の見える等身大で拡がってゆくつながりだということではないかと感じます。

去年から友人たちと始めたオーガニックマルシェ。米原市との協働事業です

子どもが育つ環境作りにも変化の兆し

 学校の在り方、何よりもまず学びとは何かと真剣に向き合う大人たちの輪が拡がっています。保育、学校に限らず子どものための環境づくりは、子どものためだけにあらず、親や周囲の大人、地域を巻き込んで皆が学び合う場づくりへと近づいていっています。日本版オルタナティブ・スクールの草創期のように感じています。

 滋賀県内で広がる子どもが育つ環境づくりの一部をご紹介します。

・びわ湖の森のようちえん〈滋賀森のようちえんネットワーク〉
沢山の森のようちえんが産声をあげています。
・青空自主保育サークル
サイトに載っていない活動もあります。米原地域には「ねっこっこ」という集まりがあります。
・ひとつぶてんとう園
ただの集まりではなく、しっかりと料金をとって活動されています。学校をつくるプロジェクトも開始!
・わっか
こども食堂も開催されています。
・Manabiya
米原地域でもオルタナティブ・スクール作りが始まっています。渡部建具店も企画運営に参加しています。

ハノイにあるカフェ、an nam parlourで販売される商品のプロモーションイラストを描かせていただきました

魅力的な人々

 以下、渡部建具店と付き合いのある人たちから一部をご紹介。

・poca poca
化学薬品を使わない美容室。美容界に革命をおこそうとされています。
・shibata ground music
湖北のオーガニックファームさん。小麦と大豆とお米を農薬を使わずに栽培。絶品の無農薬全粒粉は渡部建具店にも置かせてもらっています。店主はたまにblues guitarist。
・天然酵母パンKomame
もう他のパンは食べられません。
・The Good Luck Store
素敵な物が揃い、素敵な催しがいつもあります。
・愛のまちエコ倶楽部
販売だけでなく愛用もしている菜種油「菜ばかり」を製造されています。
・碧いびわ湖
滋賀の大御所環境NPO。
・どっぽ村
素敵なコミュニティー。
・VOID A PART
渡部建具店にあったガラスとガラス棚はいまここに。
・自由空間ナマステ
自由人が集まる面白い場所。
・ゆとり
実は、今回紹介した中で唯一つながりがありません。でもどうしても紹介したくて書きました。最近、存在を教えてもらった行きたい場所ナンバーワン!

 最後に1人の友人が始めた素敵な活動をご紹介いたします。
 滋賀は先ほども触れたように、獣害が深刻な地域です。殺した証拠を届ければ市からお金がもらえます。当然それをおこなうための取り決めはあります。
 その友人は、この当たり前を変えようとしています。

「One Hunt makes Little Forest」

一つの生命をいただいたら、一つの果樹を山に植える。

 殺したらお金になるという価値観を、生命をいただいているんだという感謝に変えて次世代に伝えるこの活動は、SHARE WILD PROJECT と名付けられました。ぜひ、彼の想いを読んでみてください。

 テレビのニュースをはじめとしたメディアがもたらすのは相も変わらず均質と麻痺とも言えるような思考停止ですが、私たちの周りでは雪の下で春を待つ無数の草花のように、沢山のワクワクするようなことが存在しています。
 そうそう、私たちの周りは出産ラッシュなんです!
 新しい生命の誕生ってなんでこんなにも嬉しいんでしょうか。パーッと明るくなりますね! 世の中そんなに悪いことばかりじゃないと思えます。暗いニュースで作られた暗澹たる気持ちは、作られたハリボテかもしれません。
 情報の渦に巻き込まれて、本当に大事なものを見失いたくはありません。

 『渡部建具店の日々』は今回でひとまず最終回となります。自分たちのweb siteに投稿するのとは違った感覚でものを書くことは新鮮で良い経験となりました。
 お読みくださった皆様ありがとうございました。

渡部建具店
watanabetateguten.wix.com/tateguya

地元の友人、フランスから来たカウチサーファーと一緒に

 

  

※コメントは承認制です。
第11回 たねがとぶ」 に1件のコメント

  1. magazine9 より:

    渡部さんが滋賀にUターンされ、連載がはじまってから3年以上。その間、小さな種が風に飛び、根付いて芽吹いていくように、着々とネットワークはつながり、広がり、しっかりと根を張ってきたのだなあと実感します(写真に写っている小さな娘さんも、連載当初はまだ生まれていなかったのでした…)。
    滋賀に行くときにはぜひ、このコラムをたよりに、紹介していただいたお店や場所を訪ねてみたいと思います。ありがとうございました!

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渡部建具店

渡部建具店: 2013年6月から活動開始。琵琶湖の近くで暮らす秀夫と優の夫婦で、秀夫の先代までの屋号を用いて「間」と称した場づくりを主におこなっている。現在までに「上映会の間」「対談の間」など、その時々で自分たちが向き合いたいモノゴトを取り上げ、ヒトが集い対話することに重きを置き、目の届く範囲を大切にしながら自分たちの歩幅で活動している。他にデザインや車椅子利用者の旅のお供なども。建具はつくれません。 ホームページ

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