憲法24条を考える

戦後「日本国憲法」によって、新しく保障されることになった「個」の尊重と男女平等。戦前の家父長制度にあった、家庭内の理不尽な序列や差別も、憲法上否定され、それに伴い多くの民法が変わりました。女性が自己決定できる立場になり、個人として財産や親権、選挙権を持てるなど、真の人権を得たのは、それ以来のことです。
しかし、自民党の改憲草案は、これらを保障する条文のひとつ、憲法24条の改訂も視野に入れています。私たちは、「平和」「自由」そして、「権利」は、あるのが当たり前として生きてきましたが、それらが当たり前でなくなったらどうなるのか? この「憲法24条を考える」シリーズでは、改憲の動きについて、憲法24条はいかにして生まれたのかについて、また旧憲法下の実体験などを知ることを通じて、身近なテーマである「結婚」「家族」と憲法、そして個人や国家との関係について考えます。

知ってる? 右派と自民党が目指す
改憲の最重要項目は、「憲法24条」!

赤い袈裟を着た坊主のアイコンが印象的なツイッターアカウントをご存知ですか? 発信者は、米国北部のモンタナ州立大学で教鞭をとる、山口智美さん。日本で起きているジェンダー周りの不可思議な動きや、アメリカまで進出(?)しようとする右派・歴史修正主義者たちの動向を捉えた鋭い発信や著作で注目を集めています。山口さんの専門は文化人類学・フェミニズム。調査の中で右派の人たちのありように直接触れてきた経験から、今、強く警告しています。
「自民党が中心となって進めている改憲では、『24条』が実は、たいへん重要視されています。特にこの24条に『家族条項』を加えることは、右派にとって、とても大きな意味を持つからです」
知られざるその実態、ぜひ教えてください!

●冊子、カフェ、DVD……。あらゆるところで、
「24条改憲」をアピールする日本会議の関連団体

——改憲を支持する右派といえば、昨今にわかに注目を集めているのが「日本会議」。 大きな集会を開いたり、 “1000万人署名”を呼びかけたり、といった「改憲推進」行動に深く関わる、 伝統的な右派団体や複数の宗教団体が結集した団体と言われています。彼らを中心とした右派が強く支持しているのは、「自民党日本国憲法改正草案」(以下「自民草案」)。安倍首相は彼らの集会に熱く連帯の声を寄せ、内閣のメンバーもほとんどが同会の「懇談会」に所属。ブレーンも共通しており、草案自体の作成にも同会の意向が色濃く反映されている、と言われていますね。中でも彼らがとても強く意識しているのは「24条の改正」というのが山口さんのご指摘ですが、それはどんなところからわかるのでしょうか?

山口 右派の動きを見ていると、さまざまなところにそれは表れています。
 「日本会議」というのは、改憲を最大の目標とする団体なんですが、そこには女性組織、「日本女性の会」というのがあって、その組織では全国各地で「憲法おしゃべりカフェ」というのを開いています。名称は、自民党改憲草案に反対する明日の自由を守る若手弁護士の会(あすわか)主催の「憲法カフェ」と似ていますが、それとは真逆の、「自民草案に沿った改憲を求める」というスタンスのイベントで、主に熊本大学の高原朗子さんという教授や、日本会議のブックレットなどを出版する明成社社員の諫山仁美さんがあちこちに行かれて勉強会やキャラバンをされています。
 そこでテキストとして使われているのが、その名も『女子の集まる憲法おしゃべりカフェ』(明成社)(※以降『女子の集まる…』と表記)という小冊子。これは日本会議イチ押しの冊子なんです。62歳の「マスター」が、20代2人、40代2人の女性たちに、「今の憲法を改正しないと、こんなに大変なんだよ」と諭すもの。 「女性向け」と言いながら女性をバカにしているとしか思えない設定のテキストです(苦笑)。荒唐無稽な説明も多いのですが、そこにはしっかりと、24条の変更が必要だと書かれています。

 「憲法おしゃべりカフェ」だけではなく、日本会議や右派の集会などでも、この冊子と改憲アピールのDVDと、エコバッグがついたセットがせっせと売られていたりします。それくらい、特に女性向きに改憲の意義を広めようとしています。女性はもともと憲法に関心が薄いと思われているとか、9条の改変に抵抗が強いとか、いろいろな理由があると思いますが、すごく重要なターゲットにされていますね。
 そうした集会では、どこであっても必ず話題に上るのが、9条と緊急事態条項と、この「24条」なんです。
 日本会議と中心メンバーが多く重なる「美しい日本の憲法をつくる国民の会」という組織があるのですが、そこでは作家の百田尚樹氏らが作った、憲法改正ドキュメンタリーDVD『「世界は変わった 日本の憲法は?」~憲法改正の国民的議論を~』というものを盛んに広めようとしています。それにも同じく、9条、緊急事態条項、24条。この3つは出てきます。ほぼ全編をテレビのドキュメンタリー風に作ってある中で、24条の箇所だけは、日本会議御用達の憲法学者でこのDVDの監修者、百地章氏(※編集部註・日本で3人だけ“安保法制は「合憲」”と言った憲法学者のひとり)が、みずから解説するという力の入れようです。
 そして、「9条からの改憲提案だと反発も大きいだろうから、緊急事態条項と24条から改憲を始めるのがいい」、と集会や勉強会では話されることもあります。

●家族とは何か? 右派はそれを定義したい

——その24条の改変について、山口さんから見て彼らがこだわっている部分はどこでしょうか?

山口 今回の草案中にある、憲法24条の改憲、パッと見は何が変わったのかよくわからないような条文です。例えば現行憲法の一項は、「婚姻は両性の合意のみに基づいて成立し…」という条文なのですが、自民草案では微妙に変えられていて、「婚姻は両性の合意に基づいて成立し…」と、「のみ」を取ってあるんですね。
 「『のみ』ぐらいなくても、あんまり変わらないんじゃない?」と思いがちですよね。
 ところが先述の冊子、『女子の集まる…』を読むと、この変更にちゃんと意味があることがわかります。ここに出てくる『憲法の時間です!』と題されたマンガでは、登場人物の「菊池さん」は、レストランを手伝う孫の「桃子ちゃん」が何よりの宝。
 常連の女性の、
 「十六歳ということは憲法二十四条に『婚姻は両性の合意のみに基づいて成立し』とあるから高校生の桃子ちゃんが変な男と結婚したいって言っても菊池さんは止められないのよ!」
 (未成年の婚姻に)「『親の同意が必要』という民法の規定も将来改正されてしまうかもしれないわよ? だって『両性の合意のみ』っていう憲法の規定と一致してないもん!」
 という指摘におびえますが、「少なくとも『両性の合意のみ』の『のみ』は取ったほうがいいわね…」と説明されて安堵する…、という展開です。解説の文章にも「残念ながら両性の『合意のみ』によって成立した結婚は『合意のみ』によって気軽に破局を迎えやすいものです」とあります。安易な結婚を防ぐために、当人以外の人の同意が必要だと。では誰の合意が必要だというのか。この場合は多分「親」ということになるのでしょうね。

——未成年者だけでなく、すべての人の結婚に「親」の同意が必要になるかもしれない?

山口 そうです。24条が変えられたら、結婚したい人、あるいは離婚したい人に、当人以外の誰かの同意が必要だと決められる可能性があります。その「誰か」は親ですらないかもしれない。 もしかしたら国家かもしれない。「のみ」を除くことで、あらゆる可能性が生まれてくる。そういう大きな変更です。

——たった2文字で大きな違いですね。

山口 はい。さらにとても重要なのが、自民草案では24条の最初に突然加えられている、「家族条項」と呼ばれる項です。
 その文は「家族は社会の自然かつ基礎的な単位として尊重される。家族は互いに助け合わなければならない」というもの。
 そもそも「家族は社会の自然かつ基礎的な単位として…」とありますが、本来の日本国憲法の主旨では「個人」が基本であったはずです。なのに、突然「家族」が社会の基本の単位とされている。要するに、個人より家族が基本なのだから、それぞれの個人のことよりも「家族=家」を重視しろということになる。もうこれは明治民法の世界、明治の世界に戻ってしまうわけです。
 さらに続けて読むと「……家族は互いに助け合わなければならない」とあります。これによって市民に「家族同士は助け合う」という新たな「義務」が課されるわけです。これも、権力の側に義務を課すという、もともとの日本国憲法のあり方ともずれてしまっているし、これが入るとたとえば会ったこともない親戚が突然出てきて経済的な援助を求められたり、親に暴力を振るわれていたような場合でも、「家族」なので助けなければならない、ということが起こりえるでしょうね。

——憲法の表現が変わることで、そんなに変わってしまうのでしょうか?

山口 憲法が変わるとそれに沿って新しい法律ができるかもしれません。そして、すでに「家族基本法」を作りたいと言う右派の論者もいます。今の社会では「家族は多様でいい」、と考える人が少なくないと思いますが、右派はそうではなく、家族とは何か、きっちり定義したい。そして右派が考える「家族の価値」、みたいなものを主張したい。そういう方向に向けて、24条改憲というのは非常に大きいんだと思います。

——「家族のかたち」をどう決めるというのでしょうか?

山口 「法律婚をしている夫婦と、嫡出の未婚の子」としたいと思っているようですね。なので、ひとり親であるなど、この定義から外れる家族は「家族として保護はされない」となる恐れがあります。またこうした「家族保護条項」が導入されることで、単身世帯がどういう扱いになるのかも気になります。
 それに加えて、「縦の関係」の強化という意図もありますね。
 現行憲法の2項では

 「配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻および家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない」

 と決められているものが、自民草案では3項になり、出てくる言葉が変わる。
 「家族、扶養、後見、婚姻及び離婚、財産権、相続並びに親族に関する…」と、新たに加わっているのが「扶養」「後見」や「相続ならびに親族」とかなんです。

——一親や親族の介護とか、遺産などとの関連を思わせる言葉が並びますね。

山口 現行の24条は、婚姻する当人たちだけのものだったのが、自民草案ではそこに縦の関係性を持ち込んで、広くカバーしようとしています。そのうえで「家族は互いに助け合わなければならない」と。
 「家族が助け合うっていいことだよね」と思いがちですが、縦に広げられたらどうでしょうか?
 たとえば、「一億総活躍」ということで、先の国会では「三世代同居」を推進する法律ができるなどして、与党は非常に同居を推していますが、そこにも縦の関係を強化している意図が見えます。
 個人より家が大事、「家族」だからと助け合わなければならない、縦の関係で介護や育児を担わされる、結婚や離婚でさえも当事者だけではできない…。
 果たしてそれは、今の日本の人たちが望むあり方なのか、この内容をちゃんと知ったら、「この憲法がいい!」とは思えないんじゃないかと私は思います。

(その2につづきます)

山口智美(やまぐち・ともみ)1967年東京都生まれ。ミシガン大学人類学部大学院博士課程修了、Ph.D.  2007年よりモンタナ州立大学 社会学・人類学部 准教授。専門である文化人類学、フェミニズムの研究を続ける中で、2000年代はじめの日本での「男女共同参画」に対するバッシングのフィールド調査に携わり、その一部を共同研究として『社会運動の戸惑い フェミニズムの「失われた時代」と草の根保守運動』(2012年/ 斉藤正美、荻上チキとの共著/勁草書房)にまとめる。2010年代からは、急激に勢いを増す「慰安婦」問題批判などの歴史修正主義、排外主義などの動きに注目。米国にも広がる右派や政府の「情報活動」に焦点をあてた、『海を渡る「慰安婦」問題 ――右派の「歴史戦」を問う』(岩波書店)を今年6月に発表。反響を呼んでいる。
リアルタイムの発信を行うツイッター(@yamtom)も注目を集め、『安保の次は「家族」! 自民党、右派が目論む24条改悪/「家族尊重条項」新設』『自民党の猪口邦子議員から送られてきた産経「歴史戦」英語本を、山口智美さんが読んでみた』など、Web上で数々のまとめ記事にもなっている。

 

  

※コメントは承認制です。
山口智美さんに聞く(その1)
知ってる? 右派と自民党が目指す改憲の最重要項目は、「憲法24条」!
」 に4件のコメント

  1. magazine9 より:

    憲法24条を変えたいと思っている人たちの狙いや思想は何なのか? 「家族の絆」という「美しい言葉」に隠されているのは、国や政治が行なうべき社会保障政策を、家族の中で自己責任でやりなさいという、ことに他なりません。このことについて私たちは広くちゃんと知っていく必要があります。次回はさらに詳しく山口さんに聞いていきます。お楽しみに!

  2. 針男 より:

    「互い」の部分がほぼ「違い」と誤変換されています。
    広まってほしい内容ですので、修正をお願い致します。

  3. magazine9 より:

    ご指摘、ありがとうございます。修正いたしました。

  4. AS より:

    つまり、自民党は憲法を皇室典範未満のものにしたいんですね。
    皇室典範でさえ、離婚と女性皇族の結婚については皇室会議の許可も不要と定められています。本人たちの合意が成立していればいいんです。

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