経済も政治もアメリカ追随と言われた日本ですが、
市民の置かれている状況も、驚くほどアメリカと似通っています。
そのアメリカから学ぶことは? そして気になるオバマ政権になってからの、安全保障政策は?
お二人に語っていただきました。
堤未果●つつみ・みか著作家・ジャーナリスト。国連婦人開発基金、アムネスティインターナショナルを経て、米国野村證券に勤務中9.11に遭遇。帰国後は、アメリカー東京を行き来しながら執筆・講演活動を行う。著書に「グラウンド・ゼロがくれた希望」(ポプラ社)、2006年に「報道が教えてくれないアメリカ弱者革命」(海鳴社)で日本ジャーナリスト会議新人賞を受賞。2008年「ルポ 貧困大国アメリカ」(岩波新書)で、日本エッセイスト・クラブ賞を受賞。30万部を超すベストセラーに。韓国・台湾でも翻訳、出版され大きな話題になる。
森永卓郎●もりなが・たくろう経済アナリスト、獨協大学経済学部教授。1957年東京都生まれ。東京大学経済学部を卒業後、日本専売公社、日本経済研究センター(出向)、経済企画庁総合計画局(出向)、三和総合研究所(現UFJ総合研究所)を経て2007年4月独立。テレビ番組のコメンテーター、ラジオのパーソナリティーとしても幅広く活躍中。近著に『平和に暮らす、戦争しない経済学』(アスペクト)、『萌え経済学』(講談社)、『年収120万円時代』(あ・うん)、「こんなニッポンに誰がした」(大月書店)など多数。「マガジン9条」発起人の一人。
金融市場主義の崩壊、日本の政治や社会はどうなる?
編集部
戦国時代のような弱肉強食の金融資本時代が、終焉を迎えているのだとすれば、自分さえ良ければという社会、自己責任論を言う社会は、変わっていくのでしょうか? しかし目の前にある現実は、日本もアメリカと同じように、中間層が突然下層に落ちていくという状況になっていて、そうなるとやはり政治の出番だと思います。弱者救済のためのNPOがもっと頑張ればいいということではないと思いますが。
森永
結局、麻生総理は反省していないんですよ。この新自由主義、金融資本主義が音を立てて瓦解していっているのに、全くそれを認識していない。昨年の11月に行われた金融サミットのときに、フランスのサルコジ大統領は「弱肉強食資本主義は終わった」と明言しているのに、麻生さんだけが、アメリカやイギリス、あと何カ国かの首脳を回って、「ドル基軸体制と新自由主義を守るんだ」と、共闘を呼びかけるんですね。基本的な事実認識能力に大きく欠けているんだと思うんですよ。だからハローワークへ視察に行って、窓口に来た人に「好きな仕事を見つけなきゃだめだよ」と言ったりする。今は、そういう状況じゃないでしょう、とあの時、みんなあきれたでしょう?
編集部
なんだか出来の悪いコントみたいでしたね。麻生さん自身には、まったく想像ができないんだと思います。しかしさすがに、この貧困問題、格差を拡大させたのは、構造改革をはじめとするこれまでの政策が間違っていたという認識が、与党や政府の中で、出てきてるんではないですか? 言えなくても内心は「間違った!」と思っているとか。
森永
そこが一番問題なんです。例えばグリーンスパン(*)は、「私は間違えていた」と謝りましたよね。イラク戦争についても、あのブッシュでさえ最後は、ちょっと謝罪っぽいことは言ったわけですよ。だけど小泉純一郎元総理が謝ったかって言えば、一度も謝ってないですよね。イラク戦争を支持したことも、構造改革を推し進めたことについても。そして、竹中平蔵氏は、今の日本の経済危機は、構造改革が足りないからだと未だに言い続けているんですよ。
先日、中谷巌さんという竹中平蔵さんの「師匠」で、構造改革の急先鋒であった人が『資本主義はなぜ自壊したのか』(集英社インターナショナル)という本を出しました。そこで中谷さんは、「私はアメリカにかぶれていて、全く間違えていた。新自由主義と金融資本主義というのは人々を幸せにしないシステムだ」と述べているんです。これまで、さんざんやっておいて、何を今さら・・・とも思うんですけど。しかし、郵政民営化と不良債権処理は正しかったというふうにまだ言っているので、中途半端な懺悔ではあるんですけど、それでも一応は謝っているんです。
でも、まだ謝ってない人はいっぱいいます。今でも構造改革だ!と言っている旧小泉政策を引きずるグループ、例えば渡辺喜美氏とか中川秀直氏、武部勤氏、そして小泉チルドレンの皆さんとか、いっぱいいますし、彼らにその反省はないんです。
*グリーンスパン:アラン・グリーンスパン。レーガン政権の1987年から、ブッシュ政権の2006年まで、連邦準備制度理事会(FRB:アメリカの中央銀行)議長を務めた。2008年10月23日のアメリカ下院政府改革委員会の公聴会で、「金融機関が自己利益を追求すれば、株主を最大限に守ることになると考えていた。私は過ちを犯した」と発言した。メディアは、「これは規制や政府介入を緩め市場の自由に任せるという、自身と1980年代以降の米国が信望してきた経済理念の「欠陥」をも認めたに等しい発言だ」と書き、アメリカ金融資本主義の崩壊を決定づけた。
構造改革と小泉氏を支持し続ける人たち
編集部
しかし最も驚くべきは、その小泉氏をまだ支持している国民がたくさんいるということです。最新の(1月末から2月にかけての)読売新聞の調査で、総理になって欲しい政治家の1位は小泉さんだったという結果を見て、ほんとうにびっくりしました。
森永
もうあれは一種のカルトなんじゃないかな。宗教かもしれないですけど。
編集部
構造改革の痛みが直接自分に関わってこないと、実感できないということでしょうか?
森永
ちょっと話がそれますが、この間、「TVタックル」で元幕僚長の田母神俊雄氏とけんかしたんですよ。簡単に言うとね、彼は、集団的自衛権の行使が禁止されているから攻撃しないけど、もしそれが認められていたら、アメリカがやられたときは仕返しに行く、と言いました。それでその話の間中、「自衛隊は軍なんだから」と、「軍だ、軍だ」と何度も言うから、「あなた、間違えてますよ、軍でなくて自衛隊でしょう」と言ったら、「いや、軍だ」と言って聞かないんです。「あなた、何言ってるんですか。憲法に軍は持たないと書いてるでしょ」と責めたら、勝谷誠彦氏が、「自衛隊なんて、そんな偽善者のようなことを言うのは、やめろ」と。自衛隊を自衛隊と言うことがなぜ偽善者なんだか、私は全然わからないんですけど。
堤
う~ん、わかりませんね。
森永
それでも、番組が放映された後、私の家に脅迫メールがいっぱい来るんですよ。「おまえが間違っている」と。そして世論調査だと、あの田母神氏のむちゃくちゃな理論の支持率が、6割超えているんですから。
堤
国民の不安指数が高まる程に、強い事、勇ましい事を言うリーダーが求められるのはどこでも同じですね。オバマさんの支持率が89.7%という報道で、史上最低人気のブッシュ大統領と比較されていますが、9・11直後「強いアメリカ」を掲げたブッシュ大統領の支持率は92%でした。
森永
小泉構造改革のときにすごくはっきりしていたのは、低所得者で改革の痛みを一番受けている非正規社員の大部分が小泉純一郎氏を支持し、自民党を支持し、フジテレビを見ていたんです。だから、痛みを感じると目が覚める人と、痛みを感じるほど現実を見ないようにして、ますます遠い方にいっちゃう人がいると思います。
堤
それ、とてもよくわかります。今は経済危機でテロよりも失業不安が大きいんですが、そういう時はキリスト教に入信する人が増えるんですね。絶望的な状況の中、政治家よりもっと想像を超える力にすがりたくなる。苦しい現実から逃げる術を持たない最貧困層ほどその傾向が強いのだと、サンフランシスコのある牧師さんが言っていました。今ですと、神様か、でなければ全てを夢のようにチェンジしてくれるオバマさんというリーダーに向かって盲目的に救いを求める人々が目立ちますね。
森永
そうなんです。人間って、弱れば弱るほど自分を救ってくれると勘違いして、強いリーダーを求めちゃうんですよ。
編集部
対談の冒頭で森永さんが、一番最悪のシナリオは、この4年の間に、アメリカが新しい戦争をまた始めることだ、とおっしゃいました。それも、アメリカ国民が苦しいことを乗り切るがために、ということでしょうか?
森永
ブッシュ前大統領はめちゃくちゃだったんだと思うんですよ。でも、そのブッシュがなぜ支持を得続けたかというと、やっぱり9.11の影響ってすごく大きかったんだと思うんですね。だってアメリカ本土が初めて戦争に巻き込まれたわけです、内戦を除けば。そこで、強いリーダーをアメリカ人は求めちゃったんですね。
だから、小泉政権のときも北朝鮮と仲よくするふりをして、北朝鮮の脅威を唱えながら、日本国民を引っ張っていこうとする部分がたくさんあったし、日本やアジア、世界の平和のために、本当はどうしたらいいんだろうという本質的な議論がなされないまま、ただ強くなればいいんだ、軍備を増強すればいいんだというふうに、右傾化していきました。
ここのところタクシー強盗が続いて、橋下大阪府知事が警察予算をふやすと言ったのと、これは一脈通じるものがあります。橋下知事の言っていることは、何かすごく格好よくってまともなことに聞こえるんですけど、じゃあ、警察をふやしてタクシー強盗がなくなるかというと、なくならないんですよ。貧困をなくさないといけないんです。だって、タクシーの運転手さんを襲ったって、取れてせいぜい数万円ですよ。大阪なんて、下手したら1万円もないかもしれない。でも、なぜそれを襲うのかといったら、そんな小さな金にも困っている人が、大阪ですごく増えているというのが背景としてあるからでしょう。だからやらなきゃいけないのは貧困対策のほうです。
アメリカの戦争政策はどうなる?
編集部
(その1)で、堤さんから、アフガンへの増派をすることと、社会保障費が不足していることと、アメリカの貧困で暮らしている人たちは、そこがつながっているということを理解していないというふうな話がありました。4年の間に戦争があるかどうかというのはまだわかりませんが、アフガニスタンには増派をしますよね。
森永
はい。
編集部
でもあれは、1つには戦争を終わらせるための出口政策ということではないのでしょうか?
堤
確かにオバマさんは、イラクよりアフガニスタンを重視しています。ただ私はオバマさんを平和主義者のように描く報道には、とても違和感を覚えるんですね。就任演説で彼が宣言したテロとの戦いの継続は、ブッシュ政権路線がそのまま続くことを意味しています。イラクからの撤退も帰国させるのは戦闘要員だけで、それ以外の兵士は引き続き駐留する。イラク戦争は軍と民間会社が半々で支えていますが、オバマさんは民間請負会社との契約についても推進派。アフガニスタンに今後六年間で9万人の地上部隊を派兵するには一千億ドルかかると言われていますが、これに加えてパキスタンへの戦力拡大とイランに対する強硬姿勢を打ち出している所をみると、戦争経済政策についてはブッシュ政権よりむしろ加速していきますよ。
問題は、そこにつけられる年間60兆円の軍事予算と国内の貧困が国民の中でつながらないことです。国の予算の配分は自分たちの未来の青写真なのに、そこには関心を向けないで、今の苦しい生活に「チェンジ」を期待しても・・・。
森永先生が言うように、不況になるほど人は強いリーダーを求め、目をつぶり耳をふさぐことで辛い現実から逃げようとするのかもしれません。
編集部
軍需産業を抱えているアメリカとしては、戦争については、国内の社会保障費を圧迫しても、引き続きやっていきたいというか、あったほうが都合いいという考えなんでしょうか?
森永
ブッシュ大統領は完全に軍需産業を支持基盤としていたのに対し、オバマはそうではないはずだったんですけど、結局そうなんですかね?
堤
残念ながらそのようです・・・。確かに森永先生のおっしゃるように軍需産業はブッシュの共和党にとっての支持基盤だったんですが、今回選挙キャンペーンの途中から献金先を民主党に移したんですね。オバマさんがイラク戦争反対についてあまり口にしなくなって、アフガニスタンとパキスタンへの戦線拡大や軍事予算増加を主張し始めた頃です。需要と供給が一致してリターンが得られると確信したのでしょう。結局今回の選挙で軍需産業は、マケイン候補よりオバマ候補へ34%多く献金をしています。アメリカ史上、多くの戦争が民主党政権下で始まっている事を考えると不思議じゃないんですが、戦争に関しては前政権が余りにも批判されたせいで、そのイメージが薄まっているのかも知れません。
森永
ブッシュよりはましになるとは思うんですけど・・・。
堤
オバマさんは又、親イスラエルでも有名です。選挙キャンペーン中はアメリカ・イスラエル公共問題委員会 (Aipac)*の会議で、国際都市であるエルサレムが分断されないまま、イスラエルの首都になる事を支持しています。対話外交を掲げる彼によってアメリカの中東政策にもチェンジが訪れるかもしれないという世界の期待は、彼の就任直前に起きたガザ空爆に対する沈黙と、就任直後のイスラエル支持表明をみても難しいように思います。さわやかなイメージからは想像しにくいですが、戦争政策に関してはブッシュ氏よりもむしろタカ派ですね。
*Aipac:アメリカ合衆国において、アメリカとイスラエルの強固な関係を維持することを目的とした、ロビイスト団体、利益団体。
森永
でも、イラク戦争のとき、彼は最初から一貫して反対していました。だから、私はそこだけは裏切らないでほしいなと思っているんです。
堤
本当にそう思います・・・でもオバマさんは戦争開始には反対したけれどその後は一貫しておよそ3千億ドルの戦争予算に賛成票を投じているんです。イラク戦争については、戦争そのものではなくあくまでもブッシュ前大統領の戦術が間違っていたと繰り返していました。反戦主義者では決してない。オバマさんによってアメリカの軍国主義がチェンジすると期待した人は少なくないですが、そこに関してはこれから失望することになると思うんです。
編集部
うーん。そうなんですね。そこが、すぐには変えることができない、アメリカが脈々と続けてきた「戦争政策」があるのでしょうね。
選挙後にもウオッチし続けることが大事
編集部
ところで、「戦争はいけない。軍事力で物事を解決することはやめよう」と思っているアメリカの政治家、ってそんなに少ないのでしょうか?
堤
そんなことないですよ! 沢山います。ただ、オバマさんが選んだ人事の中枢には、イラク戦争に反対してきた人はいませんね
。一度オバマが選挙キャンペーンの演説の中で「戦争をする方向性を一度全部リセットしなきゃいけない」というようなことを、ちらっと言ったことがあったんです。「それだ!」と、一瞬ものすごく興奮しましたよ!
ところが、その方向性を作ってきた中枢にいた人が、今ずらりとオバマ政権の主要ポストに・・・。百歩譲ってオバマ自身は、「戦争はやめよう」と思っていたとしても、周りは全部囲まれちゃってる。いくら大統領にカリスマがあっても、政策をつくるのはチームでやるわけなので、戦争ラインの転向に関してはかなりハードル高いと思いますね。
編集部
それを聞くとすごく残念ですね。「戦争するラインを断ち切りたい」という、そういう気持ちが強く彼自身に本当にあれば、大統領はすごい権限を持っているから、「戦争をしないアメリカ」が実現しそうな気がしますが。
堤
本当ですね・・でもね、海外の私たちも、メディアも、アメリカの国民も、オバマさん1人に期待をかけすぎていると思いますよ。それは考えたらおかしな話で、オバマさんの選挙キャンペーン中にでも、政策について納得がいかなければ問いかけるチャンスがあったはずなんですね。でも、「チェンジ」という言葉にみんな高揚してしまった。どうして金融破綻しているのに、70兆円も防衛費を出すのか? ということも追求しなかった。
今回の大統領選挙を取材していてつくづく考えさせられた事があります。それは、有権者やメディアというのは権力の監視役で、決して単なるファンになってはいけないんじゃないか、選んで当選したらあとは丸投げしてお任せねっていうのは、民主主義の機能を麻痺させてしまうということです。
これは日本のこれから行われる総選挙にも言えることですね。政権交代からメリットが得られるとしたら、対立軸が明快であることが条件ですが、第一野党の具体的な政策が見えないうちは慎重にしなければなりません。雇用対策や経済政策、エネルギー問題を、日米関係をどうするのか、官僚や経団連との距離感をどうしていくつもりなのか、そしてもちろん安全保障についても。方針が具体的に差し出される前に「とにかく政権交代」「選挙を早く」と言っているうちは、私達有権者の側が立ち止まる余裕を持たないといけないと思うんです。ちゃんと政策を見て納得して、じゃあこの党に任せようというふうに決めないと、政権交代の方が目的になってしまう。
とくに今民主党内部では、大事な政策ほど党内で真っ二つに割れてしまっているでしょう? 一国の政権を任せるには、まず統一してほしいという声を伝えて行くのは有権者の責任ですね。
アメリカにとってオバマさんの「チェンジ」が万能薬ではないように、日本の私達にとっても「政権交代」はそれだけでは魔法の杖にならない事を、今回のアメリカ選挙取材に教えられました。有権者は選挙前も選挙後も、手綱をしっかり握ってないと。丸投げして、期待が外れたら失望して叩いて終わりじゃなくて、引き続きリーダーの政策を見て、支えていかなくてはなりません。
編集部
見れば見るほど、アメリカの状況と日本はよく似てますね。
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私たちが目指すべき社会とは、どんな世の中でしょうか?
次回は、日本における社会不安の現実を見つめつつ、
これからの希望と理想をお聞きしました。