伊良部氏の死から考えたこと
千葉ロッテ・マリーンズやニューヨーク・ヤンキースなどで速球投手として活躍した伊良部秀輝氏の訃報は、日本各地で繰り広げられている夏の全国高校野球予選の時期と重なったせいか、彼が香川県代表・尽誠学園高校のエースとして甲子園に出場したときのことを思い出させた。
恵まれた体格から投げ下ろす低めのストレートは、ホームベース上でホップするように見えた。高校生離れした球だった。
すごいピッチャーが現れたものだ。実家が香川県にある私は、卓越した才能に目を奪われたが、あまり応援する気持ちは起こらなかった。彼がわが県代表とは思えなかったからである。
沖縄県生まれ、兵庫県育ちの伊良部氏が香川で過ごしたのは高校3年間の寮生活だった。卒業後、在校生や地元の野球少年と交流したということは聞いていない。尽誠学園は伊良部氏のほか、佐伯貴弘選手(現中日ドラゴンズ)、谷佳知選手(読売ジャイアンツ)といったプロ野球選手を輩出しているが、彼らも県外(大阪府)出身であり、卒業後、桑田真澄氏や清原和博氏とPL学園のような母校との密なつながりはもっていないようだ。
野球の才能がある中学生が高校に越境入学するケースは珍しくない。たとえば北海道日本ハムファイタースのダルビッシュ有(宮城県・東北高校)、読売ジャイアンツの坂本勇人(青森県・光星学院)、楽天イーグルスの田中将大(北海道・駒大苫小牧)も全員、関西出身である。高校側には、全国から有力な中学生を集めて甲子園に出場すれば校名が全国に知れ渡るというメリットがある。選手にしてみれば、出場校の多い都市部の激戦区よりも出場校の少ない県でプレーした方が甲子園に出る可能性は高い。私は野球のための越境入学を全否定するつもりはないが、彼らには高校時代を過ごした土地にもう少し愛着をもってもらいたいと思うのである。
こういうと、次のような反論を受けるかもしれない。「Jリーグのチームは地元選手を集めているわけではないが、たとえば浦和レッズに広島県出身のストライカーが入団したら、レッズサポーターはそのフォワードを熱烈に応援するではないか。『埼玉出身ではない』ことを理由に、声援のトーンが下がることはありえないだろう」と。
そのとおりである。なぜなら浦和レッズは地域の人々のためのクラブチームだからだ。高校野球は違う。チームの所有者はあくまで学校であって、地域のそれではない。学校の部活動の全国大会を公共放送たるNHKが全試合放映するから、おらが町のチームのように見えるだけである。
話がそれた。伊良部氏に戻ろう。伊良部は2009年8月、プロ野球独立リーグ、四国アイランドリーグ(現、四国アイランドリーグプラス)の高知ファイティングドッグスに入団した。私はそれをアイランドリーグにとってだけでなく、伊良部選手にとってもよいことだと思った。
シアトル・マリナーズのイチロー選手はオフになると、日本で所属していたオリックス・ブルーウェーブ(現オリックス・バファローズ)の本拠地だったグリーンスタジアム神戸(現在はほっともっとフィールド神戸)で自主トレを行っている。阪神タイガースの捕手、城島健司選手は新年には必ず地元九州の海に釣りに出かける。伊良部氏にも高校時代を過ごした四国が「地元」になるのではないか。
しかし彼は入団して数試合に登板しただけで、退団した。アイランドリーグのファンや関係者の失望は深かっただろう。伊良部氏は再び流浪の生活を始めた。
それが彼の死を早めたと言うつもりはない。ただ、彼が地域と結びついた野球人生を歩んでいたらと思うと、残念でならないのである。
(芳地隆之)