マガ9スポーツコラム

ぼくがアンチ巨人をやめた理由

 なぜテレビはジャイアンツ戦ばかり放映するのだろう? 1970年代前半、プロ野球を見始めたころに抱いた疑問だった。

 読売ジャイアンツがON(王貞治、長嶋茂雄)というスター選手を擁して、セ・リーグならびに日本シリーズを連覇していた。でも、夏に開催されるオールスターゲームを見て驚いた。小柄ながら俊足で次々と盗塁を決める福本豊(阪急ブレーブス)、どっしりとした構えからスタンドへホームランを叩きこむ大杉勝男(東映フライヤーズ)、ダイナミックなフォームから速球を投げ込む鈴木啓示(近鉄バファローズ)ら、パ・リーグの不敵な面構えの男たちがセ・リーグの選手を圧倒していたのである。

 どうしてこういう選手たちの試合を見ることができないのか。小学生だったぼくは不満だった。セ・リーグの一球団の試合ばっかり放映するのは不公平じゃないか、大人はそれを疑問に思わないのか、と。

 その反動で、ぼくは当時のジャイアンツに比較的強かった中日ドラゴンズのファンになった(このチームの親会社である中日新聞が読売新聞に強いライバル心をもっていた)。東京都下の小学校では男の子の多くが黒いジャイアンツの野球帽をかぶっていた。ぼくは青い野球帽を買って、そこに白いアップリケを切り抜いて作ったドラゴンズのロゴを貼った。

 ぼくのアンチ巨人歴は筋金入りだ。でも、同時に居心地の悪さのようなものも感じていた。特定のチームが負けて喜ぶなんて、心が歪んでいるのではないか。性格も悪くなりそうだ。ぼくは何度かアンチ巨人をやめようとした。

 でも、できなかった。ONの時代が過ぎてもジャイアンツの一極集中が変わらないどころか、12球団の戦力均衡のために設けられたドラフト制度で、社会人や大学野球の選手は希望する球団を「逆指名」できるようにしたり、フリーエンジェント制度を導入させて他球団の4番打者やエース、抑えの切り札をかき集めたり、とジャイアンツのやり放題が続いたからだ。

 ぼくのアンチな気持ちが引いていったのは、2004年に清武英利氏が読売ジャイアンツの球団代表に就任して以降である。この年、ジャイアンツが「栄養費」という名の裏金をドラフト候補選手に渡していたことが発覚し、その責任をとって、上記の「逆指名」や「フリーエージェント」の導入を主導したジャイアンツのオーナー、渡邉恒雄氏が辞任した。

 ジェネラル・マネージャーを兼ねた清武氏は球団強化策として、従来のような外部からの補強よりも、内部で選手を育てることに重点を置いた。結果、ジャイアンツにはリーグを代表するセットアッパーとなった山口鉄也、バットを担ぐ独特のフォームでヒットを量産する松本哲也(最近はけがで出番が減っているが)など、ドラフト外の「育成枠」出身選手が台頭した。ドラフトでの入団でも、左の好打者、亀井義行は4巡目、気合を前面に出して速球を投げ込む東野峻は7巡目の指名である。彼らには、鳴り物入りで入団する新人や法外な年俸で移籍してくる他球団のスター選手にはない、ハングリーさとひたむきさが感じられた。

 いままで目立たなかった選手が頭角を現すのを見るのは、野球ファンの楽しみのひとつである。ジャイアンツはいいチームになったなあと思った。

 かつてのプロ野球界は、全国区の人気を誇る読売巨人軍が引っ張っていった。強いチーム(お金持ちのチーム)が全体を底上げしていたわけだ。渡邉氏は過去の栄光をもう一度と、各球団のスター選手を集めたのだろう。
しかし、時代は変わった。ジャイアンツのテレビ中継はもはや視聴率を稼げる存在ではなくなった。「野球は巨人!」なんて誰も言わない。これからのジャイアンツは、自ら育て上げた選手が活躍し、それを地元東京のファンが支持する球団に代わるべき――清武氏はGMの経験を通じてそう感じたのではないか。だからこそ即席な発想で球団人事に介入しようとする渡邉氏に我慢がならなかったのだと思う。11月11日、同氏は記者会見の場で渡邉氏を厳しく批判した。そしてその1週間後、清武氏は解任された。

 この間、読売新聞社は傘下のメディア(報知新聞)を通して、長嶋茂雄・読売巨人軍終身名誉監督の「清武氏の言動はあまりにもひどい。戦前、戦後を通じて巨人軍の歴史でこのようなことはなかった。解任は妥当だと思います」とのコメントを報じた。自社の商品(新聞)を使い、グループ傘下の著名人に、子会社の経営者の批判をさせる。プロパガンダと化すマスメディアは恐ろしいと思った。

 本来、清武氏と二人三脚で球団を運営してきたはずの桃井恒和・球団オーナーも、清武氏解任の記者会見において同氏を強く非難した。内部事情を知る由もないが、身近な部下(清武氏)よりも、遠くの親会社の会長(渡邉氏)に仕えるような姿は、サラリーマン・オーナーの悲哀も感じさせるものだった。

 ちなみにこの間、ぼくの周りのスポーツ好きの関心は、サッカー日本代表のアジア3次予選やバレーボール女子世界選手権に向いていた。プロ野球のクライマックスである日本シリーズ期間中に、一球団の内紛を見せつける、組織上権限をもたない人物がフィクサー的な動きする、そんな業界の先は長くないのではないか。

 プロ野球界の未来のために、取り急ぎできることがある。チーム名から企業名を外すことだ。渡邉氏は2002年にジャイアンツのビジター用ユニフォームから「TOKYO」の文字を外して、「YOMIURI」にしたが、その反対をやるのである。「北海道日本ハム」とか「東京ヤクルト」など中途半端はやめて、「北海道ファイターズ」「東京スワローズ」にする。TBSが売却を予定している「横浜ベイスターズ」の新しいチーム名は「横浜DeNAベイスターズ」となるらしい。ハマっ子に愛されるネーミングだろうか。

 プロ野球の最高責任者であるコミッショナーも、フィクサーの眼鏡にかなうような人選ではなく、かつてプロ野球の再編(1リーグ化)構想に反対し、初のストライキを決断した選手会長だった古田敦也氏(同氏は当時、1リーグ化を目指した渡邉氏から「たかが選手が」と吐き捨てられた)のような人物を検討してほしい。
いま現在であれば、梨田昌孝前北海道日本ハムファイターズ監督が、現役時代の実績、野球界への愛情、指導力や人徳の面からいって適任だと思うのだが、どうだろう?

(芳地隆之)

 

  

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