映画作家・想田和弘の観察する日々

『選挙』『精神』などの「観察映画シリーズ」で知られる映画作家、
想田和弘さんによるコラム連載です。
ニューヨーク在住の想田さんが日々「観察」する、
社会のこと、日本のこと、そして映画や芸術のこと…。
月1回の連載でお届けします。

第50回

まな板の上の鹿:観察者が観察されるとき

 人さまを観察させてもらってドキュメンタリーを作る僕が、逆に誰かに観察されドキュメントされたなら、いったいどんな気持ちになるのだろうか。

 そういう疑問を、好奇心とも恐れともつかぬ感情とともに、長いあいだ抱いてきた。だが、本腰を入れて僕の仕事を観察しようという人は、なかなか現れなかった。

 去年の暮れまでは。

 いや、今までにもそういう申し出は何度かあった。しかし僕はドキュメンタリー映画を作る際に、予定を作らない。何が撮れるのかも、いつ映画が完成するのかもわからないまま、行き当たりばったりで撮影を進めていく。だからそんな僕を撮る方も、予定が立たない。それでだいたいは及び腰になって、企画自体が立ち消えになる。その繰り返しであった。

 ところが、今回撮影を申し入れてきた日本電波ニュース社の櫻木まゆみディレクターは、そういう「予測不可能性」にひるまないタイプの人であった。

 彼女は昨年12月の初め、藪から棒に次のようなメールを送ってきた。

 お元気でお過ごしでしょうか。今日はテレビのドキュメンタリーの企画についてご相談申し上げたく、ご連絡させていただきました次第です。
 現在、想田さんがミシガン大学の授業で、学生たちとミシガンスタジアムについての長編ドキュメンタリーを製作されていると、記事などで拝見しております。
 このところ、私はフジテレビのNONFIXという番組を製作しておりまして、可能であればそこに今回、想田さんと学生たちの製作過程を追うドキュメンタリーの企画を提案できないかと考えております。

 以前本欄にも書いたが、「ミシガンスタジアム」とは、ミシガン大学が所有する全米最大のアメフト場だ。10万人以上を収容できるので、「ビッグハウス」という愛称がついている。大学があるアナーバー市の人口は11万人なのに、毎回チケットが完売になるほど、アメフトの人気は高い。そして僕は去年の9月から、学生13人と先生2人とともに、アメリカ文化の象徴的存在ともいえる「ビッグハウス」についての観察映画を作っているのである。

 つまり櫻木さんは、その制作過程をテレビ・ドキュメンタリーとして撮りたいようである。僕が言うのもなんだが、目のつけどころはとてもよい。学生たちと観察映画を撮る作業は、実にダイナミックかつ興味深いプロセスだったからである。

 しかし幸か不幸か、タイミング的には少し遅かった。彼女からメールをいただいたときにはすでに、映画『ザ・ビッグハウス(仮)』は撮影を終えていて、編集作業に入っていた。

 いくらなんでも、編集するだけの僕らをはるばる日本から撮りに来たりはしないだろう。テレビ局がボツにするに決まっている。テレビの現場をよく知る僕はそう考えた。そして次のような返事を出した。少し残念なような、ほっとするような、やや複雑な気分で。

 ミシガンスタジアムを撮る企画、すでに撮影は完了し、編集段階に入っております。授業も来週で終わりです。来学期は僕が編集作業をし、3、4人の学生がアシストに入る予定です。4月下旬には完成させます。そのため、絵にはなりにくいのではないでしょうか。

 ところが僕の予想は外れた。フジテレビはなんと、櫻木さんの企画にゴーサインを出したのである。メールの文面から察するに、櫻木さんも撮る気まんまんのようである。

 お忙しい中、お返事どうもありがとうございました。
 NONFIXに企画提案しましたところ、正式に採択されました。
 どうぞよろしくお願いいたします!
 想田さんと同僚の先生方、学生さんたちによるミシガンスタジアムの観察映画の製作過程を軸に、アメリカの今を見つめる—そういう企画です。

 えっ、マジで来るのか……!

 正直焦った。櫻木さんは1月末から単身渡米し、1カ月間、ご自身でカメラを回す予定だという。「NONFIX」といえば、かつて是枝裕和監督や森達也監督なども作品を発表したことのある、エッジの効いたドキュメンタリー番組である。深夜放送だが根強いファンがいる。番組の尺は1時間。僕にとっても、櫻木さんにとっても、日本電波ニュース社やテレビ局にとっても、かなり大きなコミットメントだ。

 僕が最も焦りを感じたのは、「編集する僕らに密着したところで、退屈な絵しか撮れないのではないだろうか。櫻木さんやテレビ局を落胆させてしまう結果になるのではないか」という点である。

 これは結構、意外であった。なんで僕がいわば「他人の企画」の心配をしているのだろう。不思議な感覚だった。

 一方、僕自身がドキュメンタリーを撮らせてもらっているときに、被写体の方々が頻繁に口にした言葉を思い出してもいた。彼らはたいてい、「私たちの日常生活ばかり撮って、本当にそれで映画になるんですか」と怪訝な顔で僕に聞く。妻・柏木規与子の両親らを撮った『Peace』(2010年)のときなど、義理の父は繰り返しこう言ったものである。

 「想田さん、わしが猫にエサをやったり、車椅子の人を運んだりするんを撮って、ほんまに映画になるん? わしにはこれがどうすりゃあ映画になるんか、いっこも想像できんわ」

 こうした反応を僕は、本人にとっては自分の生活は平凡で当たり前に思えるもので、だからこそ映画になることが想像しにくいのだろうと解釈していた。

 しかし自分が撮られることになってはじめて、彼らの言葉にはそれとは別の意味もあったのかもしれないと、遅まきながら気づかされた。

 というのも、自分が被写体になる以上、その映像作品はある意味で「自分の作品」である。その作品が退屈であるならば、視聴者に自分や自分が大事にしている世界のことまでつまらなく見えてしまう恐れがある。逆にその作品が面白ければ、自分や自分が大事にしている世界も面白く見えるだろう。それに自分を被写体にした作品が面白くなければ、理屈抜きに残念だし、作り手にも申し訳ない気がしてしまうではないか。

 つまりドキュメンタリーの被写体は、作品が面白くなることを切望し、駄作になることを恐れるものなのではないか。作り手がそうであるのと同じように。

 要は義理の父をはじめとした僕の被写体たちは、「自分の作品」が駄作になることを懸念して、ああした言葉を発していた面もあったのではなかろうか。逆に言うと、彼らのイメージを預かることになる僕が、どこか頼りなく見えていたのだと思う。

 そう思い至って、僕は彼らになんだか申し訳ない気持ちになった。同時に、彼らが撮影中、僕にあれこれ協力してくださったのは、「自分の作品」が少しでも面白くなるようにと願ってのことだったのではないかと想像した。

 実際、櫻木さんがアナーバーに到着して以来、僕も知らず知らずのうちに、そういう気持ちになって行動していた。撮影に対して可能な限りの協力を惜しまない自分に、内心驚かされた。

 例えば僕は、自宅で撮影されることには、最初はかなり消極的だった。自宅では人の目やカメラを気にせず、くつろいでいたい気持ちが強かった。しかし学校の編集室で学生たちと行う編集作業を延々と撮ってもらうだけでは、絵にバラエティがない。それでは僕ら被写体にとっての「自分らの作品」が面白くなくなる。だから結局、自宅での撮影にも同意した。

ビッグハウスにて。映画のプロダクションチームとセルフィー

 また、櫻木さんが到着してから、僕と柏木は『ザ・ビッグハウス』とは別のドキュメンタリーをデトロイトで撮り始めることになった。1967年、17歳のときに殺人罪で「仮釈放の可能性のない絶対的終身刑」を受けたジョン・ホール氏(67歳)が、最高裁の「ミラー判決(*注)」を受けて、50年ぶりに刑務所から仮釈放される。僕らはホール氏を支援する人々とひょんなことから知り合い、氏が刑務所から出てくる瞬間からカメラを回せることになった。

 細心の注意を要する、とても繊細な題材である。僕のカメラが向けられるだけでもホール氏には精神的負担が大きいだろうし、そこに櫻木さんのカメラが加わると、さらに不確定要素が増えてリスクが大きすぎると感じた。「何がどうなるかわからない」という不安が僕自身の中にあった。だから櫻木さんから「想田さんの新作の撮影の様子を撮りたい」と頼まれても、とりあえずはお断りせざるをえなかった。

 しかしホール氏の撮影が進むにつれ、「もしかしたら、この撮影の様子を櫻木さんに撮ってもらった方がよいのではないか」と僕は考え始めた。幸い、ホール氏はカメラの存在をそれほどストレスには感じていないようだ。むしろ自分の「ストーリー」を世間に知らしめる良い機会だと考えているようである。それにせっかく櫻木さんが観察映画の制作過程を撮りに来られているのに、肝心の撮影の様子を撮ってもらえないのは、あまりにも残念なことではないか。

 というわけで、僕はホール氏や彼の弁護士、支援者などに恐る恐る聞いてみた。

 「日本のテレビが僕の撮影の様子を撮りたいそうなんですが、いかがでしょう?」

 彼らはあっさり「オーケー」をくれた。カメラが2台に増えようと、何が変わるのかという感じの反応だ。それで僕は、櫻木さんの撮影を受け入れることにした。そして受け入れた自分に少しびっくりした。その根底にはやはり、「自分の作品」が見応えのあるものになってほしいという欲求があったのだと思う。そんなことに今ごろ気づかされた僕は、実にうかつだと思う。

ホール氏の弁護士事務所で撮影する僕を撮影する櫻木さん
写真:柏木規与子

 さて、櫻木さんは予定通り1カ月間の撮影を終え、日本に帰って行った。

 櫻木さんは、口数の少ないにこやかな人で、とにかく何も言わずにずーっとカメラを回し続けるカメラウーマンである。僕らがたわいもない世間話をしたり、ビールを飲んだりしているときにも、ニコニコしながら永遠にカメラを回している。あんなに長回しをする撮影者は、世界広しといえど櫻木さんと僕くらいしか知らない。

ミシガン大の編集室にて櫻木さんとセルフィー

 聞けば、櫻木さんは大学では鹿の生態を観察するのが専門で、博士号まで持っているのだそうだ。正真正銘の「鹿博士」なのである。つまり僕らは鹿だったのか…。

 今ごろ彼女は、編集室で100時間を超える映像素材と悪戦苦闘していることであろう。オンエアは3月25日の深夜(26日)だそうだ。その番組は僕ら被写体にとっても「自分らの作品」になるはずだが、もはや僕らにできることはない。いわば「まな板の上の鹿」である。

 「鹿」としての味には自信がないが、なんとかおいしく料理してほしい。そう願いながら、オンエアを楽しみにしています、櫻木さん(プレッシャーかけてごめん!)。

(*注)「ミラー判決」…2012年、殺人を犯した未成年者に対して「仮釈放の可能性のない絶対的終身刑」を科すのは、「残酷で異常な刑罰」を禁じた合衆国憲法違反だと結論づけた連邦最高裁判決。この判決を受けて、少年時に絶対的終身刑を受けた人々が、次々に仮釈放の権利を得て社会に復帰し始めている。

想田さんが「被写体」となるドキュメンタリーは、以下で放送予定です。
フジテレビ『NONFIX』(※関東ローカル放送)
2017年3月26日(日) 2時15分~3時15分(=3月25日(土)26時15分~27時15分)

 

  

※コメントは承認制です。
第50回 まな板の上の鹿:観察者が観察されるとき」 に3件のコメント

  1. magazine9 より:

    「観察される」想田さん、想像しただけでなんだかおかしくって、笑えてきてしまいました。「被写体」となる人の心理状況の推察も、とっても興味深いところです。残念ながら関東ローカルのみの放送のようですが、見られる方はぜひ!

  2. L より:

     意外ですね~。
     想田さんはどこかで参与観察についてお書きであったと思います。被写体側が撮影されることで振る舞いが変わるのは仕方がないしそこも含めての彼であり自分の映画なんだと。また、最初は撮影と編集で撮影している自分の存在を映画から消していたけれど、それも不自然に思うようになってやめたともお書きであったかと思います。
     色々と勉強し考え文章に纏めていても、実際に観察される側に回らないと実感できないものなのですね。

     撮影なさった櫻木さんも想田さんを撮ることで相互作用として逆の影響を受けたかもしれません。その部分も含めて作品が楽しみです。

  3. 想田和弘 より:

    コメントをありがとうございます。本当にその立場になってみないと分からないことがあるものですね〜!

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想田和弘

想田和弘(そうだ かずひろ): 映画作家。ニューヨーク在住。東京大学文学部卒。テレビ用ドキュメンタリー番組を手がけた後、台本やナレーションを使わないドキュメンタリーの手法「観察映画シリーズ」を作り始める。『選挙』(観察映画第1弾、07年)で米ピーボディ賞を受賞。『精神』(同第2弾、08年)では釜山国際映画祭最優秀ドキュメンタリー賞を、『Peace』(同番外編、11年)では香港国際映画祭最優秀ドキュメンタリー賞などを受賞。『演劇1』『演劇2』(同第3弾、第4弾、12年)はナント三大陸映画祭で「若い審査員賞」を受賞した。2013年夏、『選挙2』(同第5弾)を日本全国で劇場公開。最新作『牡蠣工場』(同第6弾)はロカルノ国際映画祭に正式招待された。主な著書に『なぜ僕はドキュメンタリーを撮るのか』(講談社現代新書)、『演劇 vs.映画』(岩波書店)、『日本人は民主主義を捨てたがっているのか?』(岩波ブックレット)、『熱狂なきファシズム』(河出書房)、『カメラを持て、町へ出よう ──「観察映画」論』(集英社インターナショナル)などがある。
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