映画作家・想田和弘の観察する日々

『選挙』『精神』などの「観察映画シリーズ」で知られる映画作家、
想田和弘さんによるコラム連載です。
ニューヨーク在住の想田さんが日々「観察」する、
社会のこと、日本のこと、そして映画や芸術のこと…。
月1回の連載でお届けします。

第26回

沈みゆく船

 NHKが3月9日に公表した世論調査で、安倍内閣の支持率が前月比8ポイント減の46%、自民党の支持率も4.5ポイント減の36.7%と低下した。

 「毎日新聞」の報道によれば、自民党の谷垣禎一幹事長は「政治とカネの問題が予算委でも取り上げられ、少しボディーブローみたいに効いている」と分析し、高村正彦副総裁も「そうだな」と同調。高村氏は「内閣、政党支持率が若干下がっているが、反省すべきは反省し、謙虚に対応することがまず大切だ」と述べたという。
 
 これまでに繰り返し述べている通り、僕は安倍政権を極めて危険な存在だと考えている。だからその支持率が低下することは歓迎する。

 しかし、もしその理由が谷垣氏らが言うように「政治とカネ」の問題に起因するのだとしたら、複雑な気分にならざるを得ない。これまで国会や報道で明らかにされつつある「政治とカネ」の問題は、安倍政権の本質的な問題と比較すれば小さなものであり、そんなものが「ボディーブローみたいに効いている」などということには、どうにも納得できないからである。
 
 いや、もっと正確に言うと、僕の気分を複雑にさせるのは、「政治とカネ」の問題が「ボディーブローみたいに効いている」ことではなく、それ以外の大きな問題が「ボディーブローみたいに効いていない」ことなのかもしれない。

 実際、本来ならば政権をノックアウトしてもよいほど大問題なのに、「ボディーブローみたいに効いていない」問題は、ここに列挙しきれないほど存在する。
 
 例えば、福島第一原発であれほど深刻な事故が起きたにもかかわらず、国内の原発を再稼働し外国にも売ろうとしている問題。あるいは、民主主義を事実上否定した「自民党改憲草案」を今でも堅持し、それに沿った改憲を望んでいる問題。あるいは、集団的自衛権の解釈改憲。あるいは、第二次世界大戦の歴史の改ざん主義。あるいは、事実上の公約違反を犯してのTPP交渉参加。あるいは、沖縄県民や知事の意思を無視した辺野古基地移設。あるいは、報道や市民運動の自由を脅かす秘密保護法の強行採決…。

 これらの問題は、どれもそれだけで政権基盤を根本から揺るがすべき、大問題である。にもかかわらず、こうした問題が持ち上がっても、政権の支持率の低下には結びつかない。一時的に結びついたとしても、すぐに回復してしまう。それどころか、国政選挙で何度も圧勝してしまう。

 この事実がいったい何を指し示しているのか。

 そのことを考えると、僕は半ば絶望的になってしまう。なぜならその事実は、「日本の主権者はこれらの問題を重大だとは思っていない」ということを指し示しているとしか、考えられないからである。

 だとしたら、日本という名の船は沈没していくしかないのではないだろうか。船体に大きな穴が空いているのに、それには気づかない努力を乗組員みんなでして、代わりに小さな穴の処置に大騒ぎする。大騒ぎが過熱してきたら、担当者の首を切ることでその場を収め、つかの間の満足を得る。その傍らで、大きな穴からはものすごい勢いで水が侵入してきている。そのことに警鐘を鳴らす者は、「国賊」だの「売国奴」などと呼ばれて切って捨てられる。

 僕にはいまの日本の政治状況が、そんな光景に見えて仕方がない。

 

  

※コメントは承認制です。
第26回 沈みゆく船」 に6件のコメント

  1. magazine9 より:

    日本は沈みゆく船なのではないか…と、なんとも暗い気持ちになる指摘です。このNHKの世論調査で、安倍政権を支持する理由でいちばん多かったのは「ほかよりよさそう」。一方で、安保法制の議論について「あまり知らない/まったく知らない」と答えた人は半数以上にのぼります。なんとかこの状況に希望を見出そうとするなら、この知らない層にどう伝えるかが鍵となるのかもしれません。そして、他に言葉がないために、いろいろなことが「景気」という言葉に集約されてしまっているものの、本当は給料の額そのものよりも、いまの社会や暮らしに希望や喜びがもてないことのほうが大きな影響を与えているような気がするのです。

  2. 島憲治 より:

     民主主義の前提である「自立心」が育つ土壌が痩せてしまっている。「みんなが」という言葉が好きな国民性。平穏に生きる為「脱個性」で身を包む国民性。空気で動く国民性。全て民主主義の成熟を阻害するものばかりだ。そして、経済格差により厳しい生活を余儀なくされている多くの国民は、権力者に靡くことで自らの立ち位置を支えているのかも知れない。「国賊」だの「売国奴」などと叫んでいる人達はその典型例かも知れないのだ。
    こんな時世であるからこそ後世の人達の為に闘わねばならないと考えている。私は言葉に「なまり」がある。「なまり」を「粘り」に変えて闘う積もりだ。そして、子、孫たちに闘った姿を形にして残したいと考えている。想田さんからはいつも勇気を貰っている。

  3. umaimai より:

    政治のことを考えるとき、斉藤和義の「わすれもの」という歌がいつも頭に浮かびます。そこに「沈み行く船」というフレーズも出てきます。

    『沈み行く船を漕ぐのは僕等 向こう見ずな奴が現れて すべてひっくり返す前に
     死んだ振りはもうやめにしよう 君も社会 僕も社会』

    10年以上前に作られた歌ですが、今もまさにこういう状況だと思います。
    船が沈む前に、ひっくり返される前に・・「僕等」の責任を感じます。

  4. 確かに「政治と金」は陰謀かもしれないな〜。内閣にエサとして辞任要員3〜4人入れとけばイタいところつかれずに1年ぐらい乗り切れる。民主党や共産党は「こんなに仕事してます〜!」って国民にアピールできるし。

  5. countcrayon より:

    一字一句同感です……。
    結局この国のマジョリティは「他人が自分よりトクしてるのが気に食わない」みたいな動機でしか動かないのかと思って見たり。
    甘利元経産相が取材者に逆切れなさっておっしゃったというセリフ、(原発全廃なら)「もう日本は終わりだ。落ちる所まで落ちればいい。もう私の知った事ではない」に理由は真逆だけど妙に同感だったりもするのですが。
    一方で、イシューごとの世論調査では集団的自衛権も9条改悪も再稼動も景気回復も「反対」「実感しない」が多い場合が多いみたいで(媒体により例外あり)、諸手を挙げての支持でもない。
    ほんのちょっと、本当にちょっとのことのような気もするのですよね、というのをキボーに生きていきます。マガ9の記事と皆さんのコメントももちろんキボーです。

  6. shigeko kurihara より:

    本当に、想田さんの沈みゆく船の例え、そのものです。大穴のことを言っているのに、だれもきずかぬふりをしているのか、きいても
    そんな穴は、あなたの思い過ごしよ。と言われるか、無視されて、「命の事は、一番先に考えなければ、何も成り立たないと思うのですが」沈んだ後で行動してもなんにもならないのですから。今、行動しましょう❗️!

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想田和弘

想田和弘(そうだ かずひろ): 映画作家。ニューヨーク在住。東京大学文学部卒。テレビ用ドキュメンタリー番組を手がけた後、台本やナレーションを使わないドキュメンタリーの手法「観察映画シリーズ」を作り始める。『選挙』(観察映画第1弾、07年)で米ピーボディ賞を受賞。『精神』(同第2弾、08年)では釜山国際映画祭最優秀ドキュメンタリー賞を、『Peace』(同番外編、11年)では香港国際映画祭最優秀ドキュメンタリー賞などを受賞。『演劇1』『演劇2』(同第3弾、第4弾、12年)はナント三大陸映画祭で「若い審査員賞」を受賞した。2013年夏、『選挙2』(同第5弾)を日本全国で劇場公開。最新作『牡蠣工場』(同第6弾)はロカルノ国際映画祭に正式招待された。主な著書に『なぜ僕はドキュメンタリーを撮るのか』(講談社現代新書)、『演劇 vs.映画』(岩波書店)、『日本人は民主主義を捨てたがっているのか?』(岩波ブックレット)、『熱狂なきファシズム』(河出書房)、『カメラを持て、町へ出よう ──「観察映画」論』(集英社インターナショナル)などがある。
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